「おにいちゃん、すき」

　そんな言葉を、鬼のいぬ間に聞いたのは、いつだろう。鬼とはもちろん、妻のことである。

　僕は間違いなく妻を愛してる。間違いない。

　だけど、サイズのあっていない、肩ひもが落ちて、もう何もかも見えている彼女の口から、そんなことを言われたら、どんな男でもぐらつくというものだろう。

　何、このエロゲ展開。

　僕は、自分の運命を呪った。

　妻はもちろん魅力的だ。胸こそないものの、まるでモデルかと思うほどの背丈で、どんなジャンルの服も着こなしてみせるのだ。

　僕と妻は、いわゆる『大恋愛』のもとに結ばれた。それは、今も忘れてはいない。

　そこに、幼いころの妻を思わせる風貌の彼女に、甘く肩に身を寄せてきて、うるんだ瞳で見つめられれば、もはや男してやることはひとつである。

　触れ合う肌。

近づく唇。

僕らを遮るものはなにもない——

「で？」

　なんとも端正な笑顔を顔に張り付けた妻が、仁王立ちで僕の前に立っている。手には出刃包丁を持って、今、まさに、僕のナニを切り落とさんとす。

「ちょっと、まって！　言い訳を聞いて！」

「あ、そう。どうぞ」

　笑顔を崩さずに、妻が出刃包丁を振り回す。

「確かに、そんな空気にはなった！　だけど、手は出してない！　これは本当だ！」

　本当である。

　近づく唇。

　熱い吐息が互いの頬にかかるくらいに接近したのは事実だ。だけど、すんでのところで、妻の笑顔を思い出したのだ。

　殺される。

　確かな恐怖とともに、僕は妹さんの身体を引き離したのだ。だが——

「ふうん。でも、あの子は、愛し合ったって頬を染めていってたけど」

「冤罪だ！　事実無根だ！」

　妻の出刃包丁が僕の首筋を撫でる。

「本当のこと、言って？」

「僕は、君を愛してる！　それは紛れもない事実だ！」

「そう。じゃ、愛してる女に殺されても、あんたは文句はないわけだ」

「え！？」

「ふふふ。うれしい。これで、私たち、永遠になれるのね」

「ちょ、ちょっと待った！」

　だけど、妻は待たない。

　僕の首筋に立てた出刃包丁が、ひゅんと音を立てて、突き刺さる。
「ああ。あんたの血を浴びられるなんて、幸せ」

　そういって、妻は、顔にかかった僕の血を指で救い上げて、舌で丹念に舐め上げる。

　僕は声も上げられず、動くこともできないで、ただ妻の恍惚な表情を見つめるしかなかった。

　諸君。

　姉妹丼とか、わくわくしてるかもしれないけど、決してそんないいものではない。

　人間、一途であるべきだ。

　そう思ったけれど、僕の意識はブラック・アウトし、そのあとのことは知らない。

　願わくは、妻の一途さを信じるのみだ。

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