てきすとぽいトップページへ
第38回 てきすとぽい杯
 1  11  12 «〔 作品13 〕» 14 
triangle
 投稿時刻 : 2017.04.16 02:26
 字数 : 1134
〔集計対象外〕
5
投票しない
triangle
うらべぇすけ


三角定規には、ふたつの種類がある。ひとつは、底角が45度の二等辺三角形。もうひとつは、1:2:ルート3の直角三角形。

ひとつのものを取り合うのに、1:1の関係か、2:ルート3の関係かの違いではある。

だけども、その差は歴然としている。

たとえば、同一の人物が複数の人格に分かれたとしよう。

その人物には、共通の誰かがいるとする。

そうしたとき、ひとりの誰かを多角的な視点で見ていることに気づくだろう。

その人物に対して、いい面を見ていれば、悪い面を見ていたりする。でも、それは、僕らにとて普通のことじないだろうか。

私たちは、普段、いい面も悪い面も見ながら、取捨選別をしている。恋愛に限て言えば、自分にとて、“どれだけいい面を見せるか”というところが、ポイントになていると思われる。

誰しも、自然にそんなふうにひとを“取捨選別”しているとは思わないだろう。

だけど、よく考えてほしい。

目の前に、自分と1と2、あるいはルート3の距離感のある人間が、海に浮かんでいるとき。誰を助けますか?

自分と等距離の人間を選ぶのは当然だ。

あなたが今、思い浮かべた、親・兄弟・家族・友達・他人。誰を助けますか?

人間関係とは、究極に言えば、目の前の誰かと、目を閉じて一番最初に思い浮かぶ人間との三角関係だ。

自分の想像外の誰かを思いやるには、人間というものは熟成されていない。

それでも、僕らは誰かを選ぶことを、自然のことのように、当然の顔をして、無意識に行ている。星座をつくるように。

星座というのは、人間たちが、下界からよく見えるもの同士を結んで、僕らがよく知ている形に結んだものだ。

振り返てみてよう。僕らが何気なく聞き流して、たまたま耳についたニスを、まるで鬼の首をとたかのように、言い合い、

「君の人生にもかかわてることなんだよ!?」

と、まるで自分が真実のように言い放つ様を。

僕らはいつから上流階級になたんだろう。

いつから、神になたんだろう。

僕は、それが怖い。

神になた人間は、取捨選別を躊躇いなく行う。

人間は、人間であるからこそゆえに、誰かの上に立つのではなく、考える葦というのなら、自分の見上げる空を自覚すべきだではないだろうか。

僕らは、他人の生き死にを簡単に語れる時代に生きている。

そこに善悪を感じることなく、むしろ“神”であるようにふるまう。

それを僕らは自覚しているだろうか。

それを僕らは自身に向けられる刃として認められるだろうか。

自分の否を指摘される恐ろしさを、理解しているだろうか。

と理解できていない。

けれど、僕ら生きている。

たり、戸惑たり。それを否定できるだろうか。僕にはできない。

だからこそ、僕は言うしかない。

君が信じた“三角関係”こそ、真実だ、と——。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない