てきすとぽい
X
(Twitter)
で
ログイン
X
で
シェア
「覆面作家」小説バトルロイヤル!
〔
1
〕
〔
2
〕
«
〔 作品3 〕
»
〔
4
〕
〔
5
〕
…
〔
17
〕
あしうらのきずあと
(
ゆみあ あゆみ
)
投稿時刻 : 2017.06.11 02:05
字数 : 7029
1
2
3
4
5
投票しない
感想:1
ログインして投票
あしうらのきずあと
ゆみあ あゆみ
純愛/ゴー
ストタウン
散り割れた窓枠を見つめる女の子がいます。
そこから見える景色はとても美しいと言えるものではありませんでした。ですが、女の子は清潔なベ
ッ
ドに横たわ
っ
てゆがんでいく荒廃した街を、飽きることなく見つめ続けました。
どうして生き残
っ
たんだろう。
女の子はうつむいて肩を震わせます。
女の子は昔から体が弱く立
っ
ているのもや
っ
とでしたから、大好きな人も知
っ
てる人も知らない人も。みんないなくな
っ
た世界でどうしたらいいのかわからないのです。
体の弱い子でしたから、ず
っ
と家で寝てばかりの一日でした。暗くてジメジメしている狭い押入れで、ただじ
っ
と横にな
っ
ているしかありませんでした。
外に出てみたい。
ず
っ
とそう思
っ
ていました。ですが、それを許されることはありませんでした。押入れから出ようものなら、鬼たちが女の子をいじめます。
そんなわけですから、女の子は息を殺して暮らしてきました。外の世界がどうな
っ
ているのかも女の子は知りませんでした。女の子が知
っ
ていることといえば、鬼の顔と時折押入れから出されては自分の体に起きるおかしなことを感じるばかりでした。
痛みはありませんでした。ぐるぐる回るなんだか不思議な風景をただじ
っ
と見ていました。大きな箱たちがもやもやにな
っ
て女の子に話しかけます。
心地いいね。幸せだね。
面白いことに目に映
っ
てるものが何なのか分からないのですが、それが嫌なものだとは決して思わないのです。
ですから、女の子はその時間が好きでした。チクリと最初だけ。あとは優しく語りかけてくる黒いもやもやが女の子の寂しさを暖かく抱きしめてくれます。
寂しいという気持ちも今から思えば、き
っ
と知りませんでした。ただぎ
ゅ
っ
と締めつけられる胸の痛みと、無性にかきむしりたくなる体の虫の這うようなかゆみと、ぼんやりと横たわる暗闇に手を伸ばして暖かさを思い出そうとするのです。
ああ早くこの寂しさから助け出してほしい。
女の子はいつしか鬼の顔を待つようになりました。
光が射して鬼のなんとも醜いゆがんだ笑顔を見ると、女の子は嬉しそうに頬をほころばせます。
そうして連れ出された少し明るい世界は、女の子にと
っ
て心を暖める唯一のぬくもりでした。
そんな暮らしを何十年も過ごしてきました。ですがそれでも時々思うことがありました。
外に出てみたい。
女の子は外の世界を知りません。知
っ
ていることといえば、この湿
っ
たいぼんやりとした暗闇と締め付けられる胸と体のかゆみだけでした。
ある時、鬼の寝静ま
っ
た夜の深ま
っ
た夜。そ
っ
と街に出ました。
音もなく押入れの襖を開けて、キ
ョ
ロキ
ョ
ロと真
っ
暗にな
っ
た広い視界を眺めます。耳を澄ますと鬼たちの寝息が聞こえます。
女の子はなるべく気配を消してつま先立ちですり足に歩きます。ギ
ッ
ギ
ッ
。床のきしむ音が響きわたる度に目を閉じて鬼たちの寝息を確かめます。
規則正しく胸を打つ呼吸に女の子はほ
っ
として歩を進めます。
そうや
っ
て女の子は気づきます。
外
っ
てどこだろう。
静かな寝息と薄暗い迷路のような世界で女の子はうんうん悩みます。ですが女の子には見えてしま
っ
たのです。月明かりが。
暗闇に慣れている女の子ですから、明かりには敏感です。月の照らす明かりを頼りに明るい方へ明るい方へ、そ
っ
と歩き出します。
外と暗闇をへだてる透明なしきりに気づかないわけがありません。
そこから見えた世界はいつも見えている世界よりもず
っ
とず
っ
と広く澄み渡
っ
ているように見えました。
女の子と月明かりを遮るしきりを、見よう見まねでカラカラ。なるべく音を立てないようにま
っ
透明にしていきます。
そうです。
時々押入れの襖を開けて同じようにしきりを開けてくれる鬼がいました。その鬼は、女の子を悲しそうに見つめたあと、決ま
っ
てそうするのでした。
女の子はその様子を覚えていました。
ひんやり。
足裏に感じる冷たさに女の子はび
っ
くりして脚を引
っ
込めます。
もう一度おそるおそる脚を下ろします。
今まで感じたこともない柔らかさに女の子は心地よさを感じます。
ああこれが外なんだ。
女の子は何度も足裏を地面に踏みつけて嬉しそうに笑います。
それから女の子は頼りない足取りでまだ見ない世界に歩き出すのでした。
歩くだけでや
っ
との体を引きず
っ
て、寝静ま
っ
た街灯が点々と照らす道を、う
っ
とりと眺めます。
こんなにたくさんの物がある!
女の子にと
っ
て全てが目新しいもので珍しいもので、気づけば自分の体の重さも忘れてどんどん押入れから遠ざか
っ
てしまいますが、このまま遠くに行
っ
てしま
っ
てもいいなんて思
っ
ていました。
鬼と暮らす毎日もそれはそれで幸せでしたが、好奇心にはどうにも逆らえませんでした。
この先には何があるんだろう。
女の子は硬い地面に足の裏が擦り切れてもなんだか体がふわふわ夢心地気分で、どんどん歩いていきます。
そこでふたりの人間に会うのです。
ひとりは男の人でした。女の人がふらふらとよく分からない言葉を口にしながら男の人の肩に担がれて、目つきもどこか遠くの世界を見ていました。時折男の人を叩いて何か。叫ぶのでしたが、女の子には何を言
っ
ているのか分かりませんでした。ただ分かるのは女の人が男の人を信じていることでした。
女の人は千鳥足でくうも地も分からない様子で左右に大きく揺れ動くたびに、男の人も困
っ
た顔で同じように動くのですが、ぐい
っ
と引
っ
張
っ
たり何かを話しかけたりします。
こんなに自分がおかしくな
っ
ているのに、自分勝手に歩ける。それは女の人が男の人を信用している証拠でした。
女の子はどうでし
ょ
う。鬼にそんな気持ちがあ
っ
たでし
ょ
うか。いいえ、ありませんでした。いつも鬼の顔を待ちチクリとする腕の痛みがなければ女の子は、自分勝手に動くことは許されませんでしたから。
不思議な気持ちで足を止めてふたりを見つめます。そのうち、男の人がその視線を感じて顔を上げます。顔には小さな笑みを浮かべて、しかし目は女の子の心を突き刺すような真
っ
直ぐな視線で少しだけ首を傾げます。
男の人の目線は下の方。鬼たちが見ているところよりも下の方。女の子の足の指でした。
男の人は女の人を地面に座らせてこちらに近づいてきます。
鬼以外の人間に会
っ
たのは初めてでした。女の子は体が固まる思いで、まるで根が生えたように立ち尽くしました。
痛くない?
男の人が優しげに問いかけてきます。
しかし女の子にはその言葉が分かりませんでした。なぜなら鬼の言葉に慣れていて、人間の言葉が分からなか
っ
たからです。
女の子は男の人の言葉に何をどうすればいいか分からなくてうつむいてしまいます。
そんな女の子の様子に一度だけ頷いて、手をせわしなく動かします。それでも女の子には分かりませんでした。
ですが女の子にはすぐに分かりました。この男の人は鬼ではないということに。
そう思
っ
た瞬間なんだか頰が熱くなりました。
女の子は身をひるがえすと来た道を小走りに引き返していきます。その様子をじ
っ
と男の人が見つめます。
女の人を肩に担ぐと少し強引に女の子の後を追いかけてくるのが、遠く離れた女の子にもわかりました。
それからでした。
女の子は鬼の顔を真
っ
直ぐ見れなくなりました。
あれだけ幸せだ
っ
たぐるぐるの世界も今はただのいつもの風景にしか見えませんでした。女の子の頭の中にはあの男の人の優しそうな表情がいくつも宙に浮いて、女の子に笑いかけてくるのです。あの大きな箱たちはどこかに消えてい
っ
てしまいました。
女の人の顔が見えます。
眠そうな遠い目をしていてるのに、とても幸せそうな雰囲気を体中に漂わせていました。自分を見失
っ
ている。それは女の子が鬼たちの胸の中で息荒く幸せを感じているのに似ていました。
鬼じ
ゃ
なくても幸せをくれる。
大発見でした。女の子はもう今の時間が幸せだとは思いませんでした。
鬼たちは女の子の体のことなど考えもしませんでしたから、千鳥足で歩く女の人に合わせて歩く男の人に陳腐な言い方をすれば恋をしたのでした。
ですが恋という気持ちに気づくことはできませんでした。女の子にはそんな気持ちなど言葉で表すことなんてできなか
っ
たのですから。
ただ重苦しく胸をかきむしるような痛みとかゆみに、女の子は血が出ているのにも気づかずにせわしなく指を動かしていました。
そうして訪れたある夜。
押入れからは何の気配も感じませんでした。鬼たちの寝息が規則正しく月明かりに消えていきます。
足の裏のはがれた皮膚は鬼のひとりに気づかれていました。ですがその鬼は何も言いませんでした。ただ黙
っ
て女の子の足に布のようなものを巻いていました。それからしばらく鬼たちの顔を見ることはありませんでした。
布が取れた夜、女の子はひんやりとする地面を砂とともにかき鳴らされるジ
ャ
リ
っ
とした音を立てていました。
あのふたりに出会
っ
た場所へ。
女の子は一心不乱に歩き続けます。どんなに遠くても女の子にはその道が五分にも十分にも感じました。
ひときわ明るく灯
っ
た街灯の下。ポケ
ッ
トに片手を突
っ
込んで煙草をくゆらせている男の人が目に飛び込んできて、なおい
っ
そうはやる気持ちで駆け寄りました。
女の子の姿に目を丸くした男の人は煙草の火を地面に押し付けて、スー
ツの内ポケ
ッ
トから取り出した袋に吸い殻を押し込むと、またいつかの表情で笑いかけてきます。
今日は時間あるの。
もちろん女の子にはその言葉は通じません。ですが、どこにでもついて行こうと思いました。き
っ
とこの人ならたくさんのことを教えてくれる。
女の子は初めて笑うことをしたのではないでし
ょ
うか。
男の人はぽんぽんと優しく頭を叩いて街灯にもたれかかります。
女の子は何か言おうとしてしかし口をパクパクさせるだけでした。
そんな女の子を男の人はま
っ
すぐな瞳で幸せそうに眺めていました。
男の人が言いました。
この世界は滅びる。
清潔なベ
ッ
ドに横たわ
っ
て男の人の手を握りながら、女の子は首を傾げます。
あれから女の子は色々なことを覚えました。
箸の持ち方。
言葉の重さ。
笑顔の軽やかさ。
心のあり方。
女の子は、男の人の言葉に曖昧な笑顔を浮かべるのでした。
そんな女の子の表情を悲しそうに見つめて、女の子を胸に引き寄せます。
この時間が幸せでした。
全ての時間が止ま
っ
てしまうのです。些細な音の全ても全部。暖かくて心が空に昇るような心地よさ。
女の子にはとても男の人の言葉が信じられませんでした。いいえ、信じようとしなか
っ
たのかもしれません。
そのぬくもりにさえ触れていれば何もかも忘れさせてくれるように思
っ
ていましたから。
男の人は、あの女の人をなくしていました。病気でした。
いつものように深い夜を照らす小さな街灯にもたれかか
っ
て、彼はいつものように笑いました。ただひとつ。悲しそうに涙をい
っ
ぱいにためて。
そんな彼の顔を見て全てを察しました。
女の子は何も言いませんでした。何も言えませんでした。
寄り添
っ
ていつもは抱きしめてくれる彼の代わりに、女の子から抱きしめました。
女の子よりもず
っ
と大きいのにその日はなぜか何よりも小さく感じて、女の子も涙で頰を濡らしていました。
あんなに泣いて暗い顔は見たことありませんでした。本当に暗闇の中に落ちたようでした。
それから女の子はあの押入れを出て男の人のそばにいました。もちろんまた鬼の相手をしなければいけないこともありました。
それでも男の人は女の子を愛して、自分を投げ捨てて女の子を守りました。女の子が布団からベ
ッ
ドから起き上がれなくな
っ
ても、男の人は優しく女の子の髪を撫でて言います。
生きててくれてありがとう。
そんな言葉に女の子は首を傾げて曖昧に笑いました。
男の人にと
っ
てあの女の人が一番だとわか
っ
ていたからでした。
男の人にと
っ
て全てのぬくもりを失
っ
て、女の子をその代わりにしようとしていた気持ちなど分か
っ
ていました。
分か
っ
ているのに女の子は献身に男の人に寄り添いました。
なぜだかは分かりませんでした。ですが女の子はそうしてあげたいと思
っ
たからでした。
初めてでした。
鬼のためにと思
っ
たことはありませんでした。あの頃は自分の寂しさを埋めるためでした。この時の女の子は違いました。誰かのためにと思
っ
たのでした。
男の人は自ら死のうとしたこともありました。
あまりにも辛い表情に女の子も言います。
死にたいのなら私が殺してあげる。
言葉の通り、男の人によく眠れる薬を飲ませて首を絞めたこともありました。カミソリで男の人の手首を切
っ
たこともありました。
男の人は目が覚めた時決ま
っ
て言うのでした。
君は悪くない。僕が悪い。
ですが女の子にはそうは思えませんでした。男の人が死んだら自分も死のうとしていました。もしあの女の人のために死ぬのなら、女の子は自分のために死んで欲しいと思
っ
たのです。
周りの人が男の人に言います。
お前はバカかと。
女の子がいるのに、なぜ死のうとするのか。
女の子には分か
っ
ていました。ぬくもりを失うことの痛みを。
だから女の子は失わせたくありませんでした。自分を愛してくれた彼に同じ思いはさせたくなか
っ
たのです。
女の子も一度は失
っ
ていました。あの女の人と結婚すると聞いて今までの自分の足裏の傷はなんだ
っ
たのだと。結局この人は自分をあの押入れに戻してしまうのだと。
あまりにも恐ろしい気持ちでした。本当に死にたいと思
っ
たのはこの時を除いてありませんでした。
鬼たちに再び愛を感じていました。
何があ
っ
ても自分を求めてくれる。それがたとえ人間の作法ではないとしても。
それでも足裏を削
っ
てあの男の人に会いに行
っ
たのでした。そこにいなくても毎晩。
だからいくつかの晩のあと。男の人の表情に安心したのでした。もう誰も自分を遮るものはいないと。
今思うとなんて自分勝手な気持ちでし
ょ
う。ですがそれが本音だ
っ
たのです。
もしかしたら愛していなか
っ
たのかもしれません。もしかしたら愛してることに気づかなか
っ
たのかもしれません。
ただこの人には悲しい思いをさせたくなくて、女の子は曖昧に笑いました。
彼が去
っ
たあと、無性に寂しくな
っ
てあの頃と同じように胸をかきむしりました。
ある時彼は言いました。
僕は君に生きて欲しい。
女の子は聞こえないふりをしました。
それでも彼は女の子を抱きしめながら泣いて言います。
君を僕は守る。
その言葉通り、彼は女の子を愛して守
っ
て死んでいきました。
最後の日。彼は血まみれになりながらも、女の子を抱きかかえて暗い地下室に閉じこめました。
全ての音が止んだ時に出るんだと。
そう言い終わらないうちに彼は女の子に覆いかぶさ
っ
て、それ
っ
きり動かなくなります。
女の子は最初冗談を言
っ