「覆面作家」小説バトルロイヤル!
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僕の恋愛招待券
投稿時刻 : 2017.06.16 21:21
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僕の恋愛招待券
浅黄幻影


(お題:純愛/テーマパーク)

 先輩と僕は、観覧車に乗ていた。それは星が輝き出す夜のことだた。
 美しい広大な遊園地を、感動した気持ちで眺めていた。都市部から離れた遊園地のまばゆい光が何にも邪魔されず、眼下に広がる。夜に姿を変える数々のアトラクシンや園のイルミネーンがとても人気なのも納得できる。
「ここの観覧車はゼタイ、夜に乗るものだよ!」
 先輩がそう言てくれなかたら、この光景は見られなかただろう。


「今日もよろしくお願いします」
「がんばろうね」
 先輩とまた親しくなれたのは、ここ一年のことだ。
 高校入学以来、僕の成績は赤点ラインを上下していた。特に物理がひどかた。そのために母は先輩に家庭教師を頼んだ。この話を母は何の相談もしないで進めていた。こんなときいつも勝手に決める母に、僕は不満そうにしてみせたけれど、本心では感謝した。先輩が来るのか、と心が躍ていた。
 先輩に対するあこがれは、ずと昔からあた。同じマンシンに住み、近所の公園でもよく会たし、小さい頃は遊んでもらたりもした。
 でも、やがてほとんど先輩とは会わなくなた。年が少しだけれど離れているせいや、お互いに人間関係が広がたこともあると思う。
 たまにエレベーターで一緒になるときもあたけれど、緊張しながらも軽く挨拶をする程度だた。そんなときは、いつも決まて先輩が先に降りたあとに、うすらと残る香りに触れることができて、そのときだけ何か胸がきとなた。そしていつの頃からか、先輩を好きなんだという気持ちが自分のなかではきりと目覚めていていた。
 先輩が来ると決まてから、部屋で二人きりになることにドキドキしていた。前もて何度も掃除はしたし、先輩に見られたくないものは隠したし、消臭スプレーもしかりかけた。
 家庭教師に来てくれた最初の日、
「男の人の部屋て初めて入たなー。きれいにしているんだね、ちと意外」
 と、部屋を一望して言た。僕は先輩の嫌いなものがあたりしないかと気になりながら、その様子を見ていた。でも、机の上や本棚を見ても、
「本棚は……ぱり漫画とかゲームとか多いんだね。ま、そんなもんか」
 と言ただけだた。
 それからベドの枕元にあるキラクターものの置き時計を見て、かわいいね、と言てくれた。好印象を得られてほとしたけれど、そういう時間はちとあただけだ。僕らはすぐに本題に入た。先輩は律儀にも問題集を買てきてくれていて、基礎の問題を数問、解いてみるように言た。
 先輩と一緒に部屋にいると、そのことだけで気が散てしまて集中できなかた。そしてどの問題も半分も解けなかた。
「なるほどね……
 ほとんど埋まていない解答欄を見て、先輩は苦笑いをした。答えられずに悩んでいるときも恥ずかしくて仕方なかたけれど、それが今では悲しいまでになた。けれどこの結果、先輩は予定の週一回よりも多く来てくれることになた。週に二度だたけれど、二回だけと言わず、もと会いたかた。もちろん、勉強もセトなのはつらいけれど……
 先輩の教え方はとてもやさしいし、わかりやすかた。学校の先生とは大違いだ。
「基本に忠実にいけば、だいたいなんとかなるよ」
 先輩は何度もそう言て聞かせた。癖なのか、ペンを指の間でくるくる回しながら、僕が解いてミスた部分をチクしては、基本の法則や定理を聞き返した。徹底して基本を重視する姿勢だた。
 おかげで期末試験では、今までの自分からは想像できないまともな点数を取ることができた。
 帰てきたテスト用紙を見せると、
「結構当たてるじん! ほらね、やればできるんだよ」
 と、言てくれた。僕はうれしさと同時に照れくささも感じながら答えた。
「いや、先輩の教え方が上手いからですよ……
 すると先輩は得意げに、
「まあ、我ながらね」
 と、胸を張た。その膨らみに僕はドキとしたけれど、誇らしげな笑みについつられてしまて、二人で一緒に笑た。
 もちろんこのくらいの結果では、先輩は褒めてくれてもまだ母が納得しなかた。僕への期待、そして先輩への期待は高いようだた。
 先輩の家庭教師のおかげで、成績は少しずつだけどよくなていた。ただ、先輩には言えなかたけれど、なんで勉強なんてしなきいけないか、わからなかた。つまらないながら、点数を取れば叱られたりもと嫌な思いをしなくていいから、ただ取り繕ているだけだた。
 だから、先輩が教えてくれたにもかかわらず、しばらくあとの模擬試験でまた散々にやられたのは、当然かもしれない。出題範囲や難易度が違う試験に僕はひどく戸惑て、物理なんて、最初の数問しか解けなかた。
 母にはきつく叱られた。その後で、模擬試験での問題を先輩にも見せた。二人で問題点をあぶり出すために、どういう解き方をしたのか詳しく話した。先輩はまた、
「なるほどね……
 と言た。けれど、今度は苦笑いをせず、真顔だた。
「基礎はできてきたんだけど、応用問題になると力が出せてないみたいだね。もと基本に忠実にいこうよ」
 先輩はベドに腰掛け、膝くらいのスカートから出ている細い足を伸ばして、うーんと悩んだ。
「私も卒論があるから研究室いかなきいけないし。そろそろ見てあげられないんだよね」
 僕はつい、声に出して驚いた。僕は知らなかた。
「そうなんですね」
 肩を落とすと、先輩も残念そうな顔をしていた。
 少しの沈黙のあと、先輩はそうだ、と言た。
「今度の模試でいい点が取れたら、遊園地に一緒にいてあげるよ、ちうど招待券があるんだ」


 今、観覧車は静かに上ていく。
 遊園地は見せ場の夜になり、園内には美しい照明が灯ていく。観覧車の足下から奥のお城までのストリートを、灯りが順に照らす。お城そのものの灯りも夕方から変わていき、一段と美しいものになていく。そしてあちこちに散ていたキラクターたちが集まてきて、光あふれるパレードが始また。
 その光景を僕たちは眺めていた。
「知てる? 恋人たちがこの光景を観覧車から見られると二人は幸せになれるんだて。きみも今度、彼女連れてきなよ!」
『ああ、やぱり先輩は僕をそういう風には見てないんだ……!』
 それから僕は、余計なことを聞いてしまた。
「先輩は好きな人、いないんですか?」
 先輩はちと笑て、いるよ、と答えた。そしてまた足下の光の光景を見てしまた。
 僕にはそれ以上、この話題を続ける勇気がなかた。
 僕の気持ちは、やがて降りていく観覧車のように沈んでいた。


「今度はどれにしよか」
 気分は落ち込んでいたけれど、僕は先輩とのデートを楽しみたかたので、ジトコースターに乗りたいと言た。実は一緒に最後に乗りたいと密かに思ていたアトラクシンだた。
 先輩も乗り気になて、
「いいねいいね! 絶叫系は平気な方?」
 と言い、僕も、
「得意です!」
 と、笑顔に戻た。
 大勢の人が行列するなかに僕らも並んだ。周りはほとんどがカプルだ。もしかしたら、僕と先輩もそう見えているかもしれない……なんて考えた。そして順番が進むにつれて、遠くの方で機械音や水音で消されながらも聞こえてくる悲鳴を聞いていると、これから乗る絶叫マシンの怖さと楽しさへのドキドキが増していき、それが鼓動の高鳴りにまでなていた。
 僕らは話をしているけれど、つい模擬試験や勉強の話をしてしまた。
「先輩が羨ましいですよ、高校の勉強なんて、余裕だたんでしうね」
「そんなことないよ。地道に何度も繰り返しやて、覚えたんだから」
「地道にですか……僕は先輩みたいにはなれませんよ。そもそも、なんで勉強しなきいけないかもよくわからないし、きと続かないかも」
 すると先輩は軽くため息をして、複雑な顔でこちらを眺めた。僕はしまた、言葉を間違たと思た。会話はぴたりと止まてしまた。
 なんてバカなことを言てしまたんだろうと、また後悔した。教えてくれた先輩に、そんな言い方はないじないか! 何度も先輩の顔を見たけれど、なかなか目が合わなくなてしまた。失望されたのかもしれない、と不安になた。
 見放されたまま、先輩と別れなければならないのだろうか……


 ようやく順番になて、僕らはジトコースターに乗た。アトラクシンはとりわけ非日常的な雰囲気を放ていたけれど、先輩のあの顔を見たあとでは、僕の心は高揚しなかた。微妙な顔をした僕と先輩を乗せ、コースターは光の当てられた薄いミストのなかをゆくりと上ていた。
「ねえ!」
 もうすぐ始まる絶叫の時間を前に、先輩はコースターの駆動音のなかで、突然語りかけてきた。
「は、はい⁉」
「勉強は嫌いでも! ジトコースターは好きだよね!」
 先輩は何を話しているんだろう? 緊迫のなか、何のことなのかわからなかた。
 先輩は続けた。
「物理法則を理解していないとね、安全で楽しいジトコースターなんて作れないからね! 勉強は何かの役に立つからするんだよ! 物理じなくてもいいから、夢中になれる何かを見つけてね!」
 座席に固定された状態で、先輩の方を向いた。すると先輩もこちを見ていた。先輩は人差し指と中指を唇に当てて、それから腕を伸ばして僕の唇に押し当てた。
 先輩が腕を戻して、固定するアームにしがみついたのを見たとき、コースターは鈍い音を立てて止また。そして次の瞬間、僕らは急降下を始めた。
 僕らは息もできないほど、重力に身を任せたり振り回されたりして、とにかく絶叫した。そのなかで、先輩の言葉がわかたような気がした。二人で一緒に楽しめているこの瞬間は、物理学や人の好奇心が作り出した結晶なんだと思た。ジトコースターが怖かたわけではないけれど、僕の心は震えていた。
 この難問を、応用が苦手な僕がクリアできるだろうか? 正解へとたどり着けるだろうか? もしかしたら、最初から答えなんてないのかもしれない。
 コースターで自由落下しながら、そんな言葉をくれた先輩に、心は9.8メートル毎秒毎秒で落下していた。

  (終)
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