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- 2017/07/03 15:32:00
- 2017/07/03 15:28:56

（お題：純愛/懊悩）

自分の居場所のたよりなさ。　
不用意に発した言葉の行方への不安。
　
誰も呼ばないのに振り返る。　
 
空の灰色。　
水のぬるさ。　
荒野。

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　梅雨に入ったのに雨はあまり降らず、やたらと湿度ばかりの高い毎日が続き昨日、今日は溜めにためた水分を吐き出すようにずっと雨だ。しとしとしとしと。
細かくて大したことなさそうなのにいつの間にかずぶ濡れになるそんな雨の日にその手紙は届いた。
少し大きめの封筒に筆ペンで書かれた宛名は雨でにじんでいる。
裏を返すと金色のシールで封をしたそれはたぶん結婚式の招待状。　　
宮下 空・川島 希春
中を開けると、出欠の返信先は川島 希春あてになっていた。
ソラは……。川島さんが私に、この招待状を送ったことを知っているだろうか。

宮下 空は小学校からの同級生だ。川島 希春のことはよく知らない。中学から一緒だったが同じクラスになったことはないし、体が弱いとかで体育もあまりやらず学校にもあまり来ていなかったような気がする。

そら 空 ソラ。
私はソラの事が大嫌いで大好きだった。
今、この幸せな手紙をもらった気持ちは複雑だ。大好きだったことももうずいぶん昔の事だし、大嫌いだった事はそれこそ大昔の私だけの記憶でしかない。
ソラと再会したのは大学の3年の時で、青年海外協力隊の説明会に参加した時だ。
私は友達に誘われて無理やりの参加だったがソラはその時すでに2年間の派遣を終えていて今回は体験を語るゲストとして来ていた。
大人になったソラは子供のころのやんちゃな部分をワイルドに変えて、家庭環境の複雑さからの暗さは、ただ幸せな子供時代を過ごしたのではないという陰の部分として彼の奥行きを思わせる表情をみせていた。

私の大嫌いだった小学校の頃のソラを思う。

ソラのこと　1
前からろくなやつじゃなかったけど少し前に引っ越した。それも急に。誰にも言わずに。
なのに　このあいだ　突然戻ってきた。
やっぱり急に。誰も知らないうちに。そして、前よりパワーアップしたろくでなしぶりだ。 
毎日毎日、なにかしらやらかしている。
今日も　朝からいなかったが朝礼から帰るとちゃっかり教室にいた。
先生は怒る。
「何時に着たんですかっ」 
「9じ」 
「まだ9時になってませんよっ」 
「じゃ7じー　いや　6じー」 
「何で朝礼にこないんですっ」 
「めんどーだからぁー」 
「むか｣ 

ソラのこと　2
キン♪♪　コン♪　ケン♪　コン♪　カン　カン♪♪♪ 
「むかっ」「むかっ」「むかっ」 
　　　　「むかっ」　「むかっ」「むかっ」 
「ソラ君っ　静かにしてくださいっ」と先生が言った。今日の音楽の時間は　リコーダーのテストだった。ひとりづつ　ラバーズ・コンチェルトを吹く。 ソラはもちろん吹かないし、人のも聞かないし、座ってもいない。 
教室の中をぐるぐる歩き回って、鉄琴をならす。 
先生も思い出したように注意するけど、やっぱり座らないし、鉄琴をならす。 
ソラには　耳がないみたいだ。 
そうだ。ソラには耳がない。それで、私や先生や他の子も目や耳がなくなっていくんだ。 
ソラを見ない。ソラの音を聞かない。
今まで10回注意してたのが 7回とか6回とかになったのは、「見えない」「聞こえない」ところがあるからだ。きっと。

ソラのこと　3
なんか　静かだ。なんか先生の声が穏やかだ。……と思ったらソラがいなかった。 
遅刻はしょっちゅうだし、学校を休むのも珍しくない。
具合が悪いわけじゃないし、用事があるわけじゃない。
起きたら昼だったとか、ゲームやってて来なかったとか、そんなのだ。
おかあさんはソラよりずっと早く仕事に行っちゃうから知らない。
3時間目　図工室に移動したら
「ソラ　いつ来たんだ？」 
誰かの声が聞こえて、ソラが飛び出してきた。
「どけっ」 
そういって　かけていった。 まだランドセルしょったままだ。それでも気がつけば、図工の時間にはいた。
今日のソラは静かだ。遅刻してきたけど すごく静かだ。
でも　帰りのあいさつの時にはもういなかった。

ソラのこと　4
　一時間目、国語。漢字のテスト。
横見て 後ろ見て 逆の横も見て 斜め後ろも見て どうどうと人のを覗いて書く。 
「ソラ君　いけませんよっ」 
先生は一応注意はする。あまり　怒らない。なぜならば、ソラは覗いて書いてもどうせバツだからだ。覗いてるけど覗いてなんていない。見てない。 写してない。
そのうち　ふらふらと立ちあがって、なにげに　出て行く。
「ソラ君　ちゃんとすわってっ どこ行くの？　終わったの？」 
声は元気に、でも態度はかったるそうに振り向いて 
「トイレー」 
でもそれきり、その時間は戻ってこなかった。

ソラのこと　5
だんだん　気にならなくなる。授業中に歩き回るとか、どっか行っちゃうとか、そんなのはいつものことだから。 
「ソラ君はどこ行ったの？」 
「ソラ君座りなさいっ」 
そんなのはあいさつより頻繁だから、もう聞こえないも同じだ。
そのうちソラがいたか、いないか よくわからなくなる。 
あれ？　でも今日は、えーと、いたかな…いたかも。 
……… 
うん。いた。いたいた。
プールでみんながまだ体操してるのに更衣室から走ってきてそのまま一人で飛び込んだ。

ソラのこと　6 
給食のあと5時間目始まってすぐソラは 
「あたまがいたーいっ　あったっまっがっ　いったぁっあああっいっ」と騒ぎ出した。 
あんまり痛がる(うるさい)ので保健室に行くことになった。……でも　すぐ帰ってきた。 
保健室の先生に追い返されたらしい。 
でも休み時間にはいつも持っている変なフィギュアみたいなやつで男子でつつきあって遊んでいたから頭はもう治ったみたいだ。
6時間目は算数で算数は3つのクラスに分かれていてソラとは別のクラスだ。
ソラは休み時間の続きのまま算数の時間に騒いでそのクラスの先生はソラに慣れてなくて、先生は途中で逃げ出して、うちの算数クラスに飛び込んできた。
「もうっ　ソラ君、手に負えませんっ」
うちのクラスの算数は、担任なのでソラのそんなのは普通だ。
先生はソラに説教しに出掛けてしまったので今日の算数はプリントテストになってしまった。 
あーあ。

ソラのこと　7
昨日はふつう。
ソラのふつうは授業中も休み時間も区別なくしゃべりたくなったらしゃべって遊びたくなったら、おもちゃだして遊ぶ 。じっとしてられなくなったら 歩く。
歩いて友達の机のとこいって遊ぶ。怒られても遊ぶ。歩いて廊下に出る。　 
ふつう。

ソラのこと　8
ソラ？ えーと えーと えーと。今日はいなかった。
明日はくるよ。きっと。林間学校の班決めがあるから。
関係ないけどソラもAKB48好きなんだよ。私も好きだからさ。だれが好き？って話したんだけどさ。聞いたんだけど誰だったか忘れた。私の好きな子と違った。

ソラのこと　9
まあね。なにも変わらないよ。いつも目立ってるといえば目立ってるけど、慣れちゃえば目立ってないともいえる。最近は特別な目立つがないから忘れてたくらいだ。 
だけど今日は驚いた。 
いつからそうだったのかな……気がつかなかった。 
班の中で宿題を忘れると連帯責任とかいって放課後、班の人は居残りになる。 
そうだよ。 そんなのあったらソラの班は　毎日毎日　居残り決定だよ。
今日、居残りになってふとみたら、やっぱりソラはいた。
？？？ でも一人だ。連帯責任は？ ソラにはない？ 
「ソラの班の子は？」 
同じ班の男子がちらっと見て小声で言った。
「ソラはしばらく前から　一人班になったんだよっ」
「ひとり　はん……」 
「そー。　8班　班員　一名　ソラっ」 
……
ふりむくとソラは窓の外をみてた。それで　みながら鼻くそをほじってた。

ソラのこと　10
朝っぱらから教室がさわがしい。 
目の前をびゅっと　黄色いものが横切った。テニスボールだった。椅子の足につけているテニスボール。
椅子をひっくりかえし、抜いては投げ　抜いては投げしているのは…… ソラだ。
なんだ　ソラか　またか あーあ。 
みんな適当にボール拾って自分の椅子にはめ直して座る。  
そうすれば最後にはソラの分だけが残ることになる。 
すごく散らかしてとんでもない遊びに見えるけど先生が入ってきたときはすでに片付いているということだ。ソラは悔しがってるかなと思って目で追ったけど別に平気そうだった。

ソラのこと　11
　もうすぐ林間学校だから、出かけるところの由来とか有名な場所とか調べて、それぞれレイアウトしてイラストや写真も使って楽しく発表しましょう。 
締め切り後 ひとりづつファイルに入れて廊下に貼りだされたけど、ソラのファイルだけ空だ。 
もしかしたら、と思ったけど やっぱ　ソラがやるわけないか。
…… 
ソラがいないといろんなことがきれいに揃うけど、ソラがいないとみんなが揃ったことにならない。ソラはいなくちゃ駄目だけど、ソラはいると駄目だ。
そんなのって。そんなのって、へんだよね。

ソラのこと　12
　夏休みとはいえ林間学校のお楽しみ会の準備がある。
今日は「サルの耳」。みんなでサルになる。サルになって 猿芝居をするんだ。
それで集まって みんなで　サルの耳を作っていた。
そしたら急にソラの話になってソラのうちは離婚して、お母さんはどっかいっちゃって 
そしたらお父さんもどっかいっちゃって、またお母さんとこに戻ったけどお母さんは再婚して 
今はソラとソラの弟と妹は、その再婚相手の新しいお父さんが面倒見てるんだって。 
？？？ なんだ？　よくわかんないぞ。 
「何でそんなこと知ってんの？」 
「ゆうちゃんに聞いた」 
「ゆうちゃんはなんでそんなの知ってんの？」 
「それは知らない」 
ふーん。 
…… 
サルの耳は思ったよりうまく出来て ソラにつけたところを想像してみた。 
あんまり似合うんで　可笑しくなった。 

ソラのこと　13
「夏休みの自由研究を今日持ってこなかった人」 
先生がそういった時、ほんの一人かふたり、こそこそっと手をあげる。
そこに　ソラの手はなかった。
あれ？ ついに手をあげることすらしなくなったか？？ 
……ちがった。ソラの机の前には虫かごがあった。木の枝を組んで網をはった手作りの虫かご。 
ふーん ふーん ふーん。 なんだか　すごく不思議で驚いてそれからちょっと　がっかりした。 
がっかりしちゃいけないけど、でも　やっぱりがっかりした。

ソラのこと　14　
3時間目が半分くらいすぎてソラが来た。 先生は黒板に向かっていた。 
そーっとじゃないよ。教室のドアは　ガラガラって大きな音がする。だけど先生は黒板に向かっていた。こそこそも　堂々もなくて 普通に入ってきて普通に自分の席に座る。 
まだ先生は黒板に向かっていた。 
筆箱とノート。教科書はなかった。先生は知らんふりして授業を続けた。 
それでもって一度も　ソラを見なかった。

ソラのこと　15
　今日はプール納め。今日は泳ぎの記録会。個人の記録とかリレーとか。
ソラは休み。昨日のせいかな。そんなのないかな。でも、ちょっとあるかな。
来ても来なくても同じだと思ったら。来るのも来ないのも、自分だけで決めていい。

ソラのこと　16
自由研究はひとりづつ発表をする。
どうしてそれにしたかとか、どんな風に工夫したかとか、そんなことだ。
今日はソラの発表があった。 ソラの虫かご。
虫かごと思ったのは虫かごじゃなくて 鳥かごだった。ソラはうずらをたくさん飼っているらしい。このあいだ、うずらが一匹　たまごから孵ったらしい。全部で五匹になったらしい。 
「僕はうずらを飼っているので作りました」 
ちょっと小さな鳥かごは生まれたてのうずらの為に作ったのかな。 
きっとソラのうずらは幸せだ。なんとなく。
すごく　そう思った。

ソラのカンボジア派遣の話を聞きながら、私は上の空で、ソラの昔の事を思い出せる限り思い出していた。そもそもソラを気にするようになったのは、ソラに親切にしてもらったことがあったからだ。
ソラがいなくなる前、学校近くの公園で友達と携帯ゲームで遊んでいたが家に帰るとソフトが一つなくなっていた。夕飯時で母親に怒られながら公園まで探しに行くと、ソラがいた。
すぐに気が付いて寄ってきて「どうしたのか」と聞く。私はそっぽを向いたが母親はソラにソフトを見なかったかと聞き、こんな時間まで遊んでいては危ないから少し探したら送っていくから一緒に帰ろうと話しかけた。しばらくベンチの上や遊具の周りや水飲み場、トイレの棚、ゴミ箱も覗いて、もう諦めようと思った時、噴水の方からソラが「あったー」と言いながら駆けてきた。それから母親とソラとソラの弟を送りながら一緒に帰った。
ソラの家は学区のはずれの団地だった。ソラと別れてからの帰り道で母親が「優しい子だね。弟の面倒もちゃんと見てるんだね」と言った。
たぶんそれからだったと思う。

そして私が大好きだったソラ。

再会して、懐かしさに押されて一緒にお茶をして、お茶は食事になり、お酒になった。
どんどん好きになっていって、相手も好きになってくれていると思っていて、そろそろ何か私たちの関係は違う形になるという予感がしたころ、一緒に住んでいる子がいると聞かされた。
「川島 希春、って覚えてないかな。同じ中学だったんだけど」
「話をしたことはないけど、顔は知ってる」
そこからはどんどん好きになっていった最初のころの逆をたどるように、ぶつかるほど近くに座っていたカウンター席の隙間が少し離れて触れる程度になり、そのうち意識して手を出さないと触れないほどの間が空いた。
好きだっていわなくてよかった。まだ引き返せるところにいた。
話をしただけだ、肩や手が触れただけだ、友達だ。
だけど苦しくって、苦しくってもう一緒にいられないと思うようになって、もう会わないねと口に出した。ソラは、ちょっと傷ついた顔をして「そうだよね」と言った。
それから、今更だけどと言って小学生の時の話をしてくれた。あの、公園でゲームのソフトを一緒に探してくれた時の話だ。
「あのソフトは見つけたんじゃなくて最初からもう、持ってたんだ」
「俺らは、家に帰っても誰もいないからいつも遅くまであの公園にいるんだけどみんなが帰った後、ベンチのところで見つけたんだ。それであとで売りに行こうと思った。
だけど、君が探しに来ただろ？黙っているつもりだったんだ。お金がほしかったから」
「どうして、返してくれたの」
「お母さんがさ、来てたじゃない。一緒に。それでさ俺にも優しくしてくれたじゃない。危ないから帰ろうって、それで弟の手を引いて探してたでしょ」
「そんなの、普通だよたぶん。わかんないけど。おかあさんってそういう人種じゃん。知ってる子には声かけるし怒るし……」
「そうかもしれないけど、俺らはいつもあの公園にいたけど、他のやつのお母さんにもよく会ったけど、危ないから帰ろうって言ってもらったことなんてなかったし、弟も手を引いてもらったこともなかった、だから返そうって思ったんだ」
「なんで今、そんな話するの」
「希春とは別れられない」
「……」
「中学の時も、あの公園によくいたんだ。希春も……」
「……」
「希春も帰る場所がなくて、よく二人で、朝まであの公園にいた」
「なんか、勘違いしてるみたいだけど これから就活もしなくちゃならないし最近、気になる人もできたし、だからもう会えないっていっただけだから」
「……うん。だよな。うん」
そのあとはもう、あまり話すこともなくてなんとなく帰り支度をして、駅で別れた。
いつもは私が「じゃぁ、またね」といってソラが「おう」っていう場面。
その日は、私が「じゃあ……」って言ってそのあとの言葉が見つからなくて探しているとソラが「チュムリアップ リア」って言った。
ずいぶん後で偶然知ったが、それはカンボジアの言葉で「さよなら」って意味だった。
ちょっと丁寧な「さよなら」。

招待状の出欠のはがきは出さなかった。

(了)

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