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第39回 てきすとぽい杯
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つなぎたがり
 投稿時刻 : 2017.06.17 16:14
 字数 : 1782
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つなぎたがり
塩中 吉里


 擬人化サービスが世に普及してかなりの時間が経過した。かなりの、というのは、物が人格を得たことによるトラブルが落ち着いて、彼らの権利が定義され、そして彼らを規定する法律があらかた議論されつくし、判例も出尽くしたくらいの時間、という意味である。

 警察署を出た先の大通りは、ひしめき合う人と彼らでごた返していた。
 擬人化を連れ歩くときの注意点やらなんやらの義務講習を受け終わて、達子は早々に帰宅するつもりだた。が、後ろからついてきているはずのホチ男がいなかた。慌てて振り返る。ホチ男は少し離れた位置で足を止めていた。彼が何に気を取られているのか理解して、達子はぎくりとした。
「一、人は自身が所有権を持たないものに擬人化を行使することはできない」
 彼は警察署ビルの電光掲示板に映る擬人化三原則を読み上げていた。達子はホチ男の袖を引て、その行為をやめさせた。達子が手を引いて「行くよ」と先を促すと、ホチ男は素直についてきた。
「一、人が擬人化を行使できるのは二十歳までに一回、それ以降に一回、合計二回である」独り言のように続けていたホチ男が、ふいに達子の指をにぎた。「ね、達子はおれがはじめて? それとも、二回目?」
 達子は歩く速度を上げた。達子は二十歳の誕生日を迎えてすぐにホチ男をこの世に生み出した。ホチ男には、彼が二人目かどうかは伝えていなかた。
「一、擬人化されたものは、ロボト三原則に従うこと」
 どんなに人間に似ていても、彼らはロボトだた。擬人化したい物を擬人化センターに持ち込んで、人工知能がそれらの機能を分析し、分解し、人に似せて再構築したモノ、というのが擬人化の正体だた。
 二十歳で擬人化の権利を使い切ている者はまれだ。国にもよるが、ここ日本の統計では、たいていの人々が十代前半までに思い付きや衝動で一回目の権利を行使して、その半数以上が「後悔している」と回答している。百点満点のテストの解答用紙や、お気に入りの色鉛筆なんかをうかり擬人化させて、数年――あるいは数日も経たないうちに彼らの寿命を迎えさせてしまう。優しく勉強を見てくれる解答用紙は雨にぬれて溶けた。色鉛筆の描き出す美しい絵は彼自身を摩耗させて生み出しているものだた。擬人化のチンスが二回与えられているのは、一回目に失敗させて、二回目への反面教師とさせるためだと言う者さえいる。とにかく、二回目の権利はなかなか行使されない。人生の分岐点――結婚とか、死別とか、そういうときまで、大切にとておかれる。
「なあ達子」
「なに」
「地下鉄通り過ぎた」
 ホチ男の言うとおりだた。考え事をしながら歩いていたせいか、達子はいつもの降り口が目に入ていなかた。
「達子、疲れてる? 少し休む?」
 言たそばから、ホチ男は道の脇のベンチに達子をさそた。ベンチはラーメン屋の前にあた。行列待ち用に備え付けているものだた。
「こういうもののほうが、案外長持ちするのかもね」
 ホチ男に手を引かれるまま、達子はベンチに座り込んだ。隣のホチ男はベンチを愛し気になでていたが、達子は彼の意見に賛成する気にはなれなかた。人より長生きする物なんて、ほとんど存在しない。鉄はさびる。陶器は割れる。木材は腐る。プラスチクは太陽光線で劣化する。……だから達子は、交換可能なものを擬人化すればいいと思た。あの頃は、いい考えだと思た。天才だとさえ感じていた。替え芯を付け替えることでいつまでも使えるという触れ込みのボールペンを、小学五年生の達子は擬人化したのだた。それからわずか五年後、ボールペンを作ていた会社は、脱税を内部告発されて倒産した。最後の替え芯がなくなたとき、ボル男は消えて、いなくなた。
 もうあんな思いはしたくない。そのために、達子は考えて、考えて――次の擬人化に挑んだのだ。ボル男の修理は、少し達子に難しかた。だけど、ホチ男なら、いける気がするんだ。きと、ボンドと鉄くずで無限に修理できる。
 達子はようやくホチ男の顔を見た。この世のものとは思えない、パステルブルーの髪の毛が風にそよいでいる。
「ホチ男て手をつなぎたがるよね」
「ホチキスだからね」
 ホチ男は言葉の通りに手をつないできた。
 ときどき、手のひらに金属のでぱりの感触を感じるときがあるけれど、それもきと親愛の情だろう、と達子は考えた。
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