第39回 てきすとぽい杯
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猫と人形
投稿時刻 : 2017.06.17 15:58
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猫と人形
犬子蓮木


 うちには二種類の人間がいる。
 動くやつと動かないやつだ。
 動くやつは僕に餌をくれるし、僕を撫でたりする。名前を呼んだり、笑ていたり、たまに泣いていたりするので、そんな彼らに近づいて和ませてやるのが僕の猫としての仕事だた。まあ、気の向いたときにしかやてやらないけれど。
 さて、では、この動かない人間はなんなのだろうか。
 大きなお屋敷の部屋の片隅で、いつも立ちぱなしで正面を見ている。僕が近づいても僕を撫でたり、見ようとすらしない。笑顔なんて見たこともなく、ただずと立ている。僕が怒てパンチしても、一言も発さずに立ち続けていた。
 勇気のないやつのだろうか。
 仕方がないので、彼の足元を僕の昼寝ポイントとしてやることにした。ずと寝ていれば、いつか勇気も出て僕を撫でたりするだろう。

 §に§

 数年間、僕はずと動かない人間の足元で昼寝した。
 彼は、ずと動かない。
 人間のことはよくわからないけれど、どうも最近、この周りが慌ただしい。昼寝していると、動く人間が見知らぬ動く人間を連れてきて、動かない人間の前で話しているのだ。
 それでも彼はしべらないけれど。
 そんな生き方で楽しいだろうか。よくわからないけれど、僕はうるさいな、と思いながら彼の足元で眠る。


 §に§

 ある日、いつもと変わらずに動かない人間の足元で寝ているとそこにやてきた動く人間から声をかけられた。彼女はこのお屋敷の一番えらい人の娘さんだ。
「きみはこの人形が本当に好きだな」
 僕は彼女を無視してあくびする。撫でてもいいから昼寝の邪魔をしないでほしい。そんな気持ちは伝わらずに、彼女は僕を両手で持ち上げた。僕の顔が彼女の顔の高さに揃う。僕は一声、鳴いた。
「ごめんね。この人形は明日、売うんだ」
 人間はなぜわけのわからない言葉を話すのだろうか。会話にならない。
 彼女は僕の体を一度抱きかかえるとそのまま反転させて、今度は動かない人間のほうへ向けた。今までしがんでもくれなかたやつなので、彼の顔がはじめてよく見えた。なにかまぬけそうな顔のやつだ。
 僕は挨拶として声を出した。
『たまにはしべれよ、君が僕を撫でるまで、僕は毎日やてくるからな』という意味を込めた。
 動かない人間からの返答はない。失礼なやつだ。
「お別れしたね」僕を抱き上げていた彼女が言た。
 それから彼女は僕の右前足をつまんで、左右に振る。
「バイバイてね」
 なんだかよくわからないことをさせられて、それが終わるとやとおろして貰えた。僕は体を震わせてから動かない人間の足元に戻る。昼寝を再開しよう。そういうことだ。

 §に§

 翌日、お屋敷の見回りを一通り終えて、最後に動かない人間のいる部屋へと向かた。今日はいつになくお屋敷のいろいろな人間が僕を撫でようとしてきて、相手をしてやて、疲れたからささと昼寝しようと思ていた。
 だけど、部屋にはいると動かない人間がいなかた。
 どういうことだ?
 僕はこんらんしてしまう。わけもわからず前足を顔の前に持てきて舐めた。
 ついに動く勇気が出たのだろうか。
 それならいいことだけど、まず僕への挨拶が先じないのか。いたいどこに行たんだ。見回りのときは見なかた。まさかお屋敷の外へでてしまたのだろうか。外は危険だということを誰にも教わらなかたのかもしれない。
 僕は動き出した人間を探すために部屋の外へと出た。
 またく困たやつだな。
 開いている部屋の中を横目で見つつ、お屋敷の入り口の方へと向かう。
 知らない人の声がする。
 動き出した人間の声だろうか。
 いや、違た。
 知らない人間とうちの人間が話していた。
 そこで何かに包まれるような形で立ている彼がいた。
 いつも通り、何も話さず、ますぐ前を見ている。
 『なにをしていたんだ、探したじないか』
 僕は鳴いてみせる。
 返答はない。
 動きもしない。
 やぱり動かない人間なのだろうか。
 そのとき背後から抱き上げられた。
 お屋敷の娘さんだ。油断していた。
「テキトーに引き止めておいてて頼んだのに。来ちたか」
 僕はあばれてみせるがぎと抱きしめられて動けない。
「昨日、お別れしたでし。もうさよならだからさ」
 なにを言ているのかわからない。
 猫語を話せ。
「この子、この人形が好きだたんですよ」
「それはごめんね」
 見知らぬ人間が僕の頭を撫でる。
 お前じない。僕は動かない人間に撫でてもらいたいんだ。
「それじあ積んでください」
 見知らぬ人間の声で、動かない人間が取り囲まれる。持ち上げられて大きな箱に詰め込まれた。
 箱が閉じられそうになた。僕は全力であばれて彼女の腕から逃れた地面に着地して、駆け出す。動かない人間が入れられた箱の中へと飛び込んだ。
 薄暗い。
 でもなんとか見える。
 箱の奥へ、そこに動かない人間がいた。積まれた他の箱を登て、彼の肩に乗て鳴いた。
『動けるのか?』
 返事はない。
『やぱり動かないんだな』
 返事はない。
『僕のこと撫でたくないのか?』
 返事はない。
『いくじなしだな』
 返事はない。
『まあ、いいさ』
 僕から、すりよてやるよ。動かない人間の顔を体を寄せる。動かない人間はいつもどおり冷たかた。動く人間とは違ていつもどおり。
 箱が開けられて光が差し込んできた。動く人間がやてきて僕を捕まえる。鳴いて抵抗したがだめだた。
 わかた、わかたよ。
 僕は抵抗を諦める。
『君は死んでしまたんだな』
 だからあの世へ連れて行かれるんだ。
 僕はまだ死んでいないから、明るいほうへ連れ戻される。
 死んでしまたらみんな消えてしまう。
 そういうことなんだろう?

 §に§

 僕は昼寝している。
 いつもの場所だけど、いつもとは違ていた。けれど、これも明日からはいつもになる。
 いつか死んだら会えるだろうか。
 そのときはきと、今度こそ、彼に撫でさせてあげよう。
 死ねば勇気もでるものさ。
 夢の中。
 僕は動き出した人間に撫でられている。
 今は、これが、夢だとわかている。                <了>
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