ファッションの秋!パリコレ小説大賞
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今そこにある危機(的な日常)
投稿時刻 : 2017.12.22 20:54 最終更新 : 2017.12.23 00:14
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- 2017/12/23 00:14:08
- 2017/12/22 20:54:01
今そこにある危機(的な日常)
伊守 梟(冬雨)


 そもそも幼いころからゲームとか、アニメとか、あるいはインタート掲示板の類とか、そんなふうな場所を肩までどぷりと浸かるくらい生活の中心に据えていた僕が初めて女子に「この洋服どう思う?」と訊かれたときの挙動不審ぶりは、たとえばなにもしていないのに万引きGメンに背後から声をかけられたときとか、深夜の駐輪場で自分の自転車を探していただけなのに見回りの警官にじととした目で職務質問されたときとか、放課後の教室でただぼんやりとグラウンドを見ていただけなのににクラスでもとも話好きな女子が急に入てきて不審者を見るのとよく似た視線を向けられたときとか、そんなときよりよぽど惨めだたと言わざるを得ない。臨時収入が入たらしい母親に「あなたもたまには自分が欲しい服を買いなさい」と笑顔で一万円札を渡されて迷いなく秋葉原に向かたりとか、数人で食べているお菓子の最後の一個を躊躇なく口に運ぶとか、極端に言えば厚顔無恥ともいえる僕でも、多少なりとも好意を持ている女子に根拠のない思いつきだけで構成された無責任な主張を表明することなど逆立ちをして百メートルを走破しあの桐生祥秀選手を超えるほどの優秀なタイムを記録することより無理な話なのだ。
 それにしても誘う方も誘う方だしついてくる方もついてくる方だ、と僕は天を仰いだ。いや、そんな難問を突きつけた彼女本人の前で実際に天を仰ぐわけにはいかないので、現実的には仰ぎたいような気分になた、と言うべきだろう。
「それともこちの方がいいかなあ。どう?」
 三百年眠り続けたヴンパイアさえ叩き起こしそうな言葉が矢継ぎ早に飛んでくる。なにか話さなくてはならない。なにか話さなくてはならない。
「とりあえず試着してくるね」
 彼女は僕の表情を伺うことなくそう告げて、二着の洋服を抱え、足取り軽く試着室へ向かた。
 ともかく、ともかくだ、ともかく神は僕にわずかな時間を与えた。しかし、この危機を乗り越える知恵が僕に備わているかどうか、僕自身またくもてわからない。りんごの木どころか果物屋すらそばになく、どこからともなく蛇がやてくる気配もない。それはいい。百貨店の三階に蛇が出ようものならとんでもない騒ぎになるだろうし、店員の注目を集めてまで人は洋服店でりんごを囓るべきではない。
 僕はポケトからスマートフンを取り出して検索窓をタプする。ソフトウアキーボードが画面の下側に出現したとき、僕の指は微かに震えて止また。
 なにを入力すればいいんだ。ヴルリアリテよろしく目の前に選択肢が出てくればいいのに。
 僕は「フン」と入力して検索してみる。何回か聞いたことのある洋服のネト通販サイトがトプに出てきて、少しスクロールするとフンブログランキングなるまとめがあた。これだ。これが救いなんだ。神は僕を見放していなかた。しかし直後、僕は切り立た崖から背中を押されるような感覚に陥た。
「三十代から……だと?」
 きと、またく役に立たないわけではないだろう。しかし、これを参考にして彼女の選択に影響を与えるようなことを口にしても良いのだろうか。わからない。
 知らない、ということはこれほどまでに残酷なのだ。情報の取捨選択すらできない、まるで年端もいかない子供のようだ。いやいや、子供だて取捨選択しながら生きている。それなら僕はいたい何者なんだ。
 頭を抱える僕に試着室から出てきた彼女が「着てみた」と照れ笑いをする。僕は慌ててスマートフンをポケトにしまう。どうなているんだ。時の流れはいつからこんなに早くなたのだろうか。
「に、似合う、と、思うよ」
 空色のブラウスを着て真白なスカートをはいた彼女が僕の前でくるりと一回転する。
「お、そうかい?」
 彼女はほんの少し俯いて、紺色の方のつま先を何度も「の」の字に動かす。
「次の着てくるね」
 そう言うと、彼女は小走りで試着室に戻る。
「お、おう」
 僕は彼女の背中を目で追いながら、改めてポケトのスマートフンを掴んだ。
 覗き込んだスマートフンの画面はまだ三十代からの洋服選びを僕に教示してくれていた。なになに、黄色のスカートにはチコールグレーのタイツが合うのか、なるほど、じない。
「じん、これはどうかな?」
 突然聞こえてくる彼女の声に僕は十二、三センチメートル飛び上がた。ちと待てほしい。女の子の着替えてこんなに早くできるものなのか。小学生のころ、母親と行たイオンではたしか十分や二十分は普通にかかていた気がするが。いや待て、いくらなんでも二十分はさすがに言い過ぎかもしれない。
「こちも、似合う、よ」
 赤色のリボンがついたラベンダーの花のような薄紫色のワンピースを着た彼女が古いギルゲーのデートイベントの別れ際みたいなポーズで微笑む。
「で、どちがいいと思う?」
 ビンとど真ん中ストレートな質問が飛んできた。
 さて、どう答えようか。情報はほぼゼロに近い。最初のは夏の海のイメージだ。季節的にどうだろう。秋から冬に向かう今、果たして。薄紫色のワンピースにつけられた赤色のリボンは合うようで合わないようでやぱり合うような気もする。季節的には、どうだろう。僕はこういう状態を表す四字熟語を知ている。不得……、あれ、えと、たしか存在するはずだ。
「ワンピースの方が、いい、かもしれない」
 誠実さを捨てた男の言葉だた。悔しい、という思いが頭の中を覆い尽くす。好意を持ている相手の趣味や、嗜好や、思想や、哲学や、信念や、流儀や、感性や、なにより彼女自身をもと知るべきだたのだ。少なくとも知ろうとするべきだたのだ。
 僕は泣いた。

 空がゆくりとオレンジ色から紫色に変わていく。不誠実な僕は彼女の横顔すら見ることができないまま、彼女を家まで送る道をとぼとぼ歩いていた。
「私ね、小泉くんが誘てくれて嬉しかた。ほら、付き合い始めてからずと私が誘てたじない?」
 彼女は僕の左側をスキプするように歩きながら僕の左手をそと握る。
「いや、俺、洋服とかよくわからなくて、どちも似合てるから選べなくて、なんだかあやふやなことしか言えなくて、なんというか、ごめん」
 いまさら格好よくしたところで、仕方ないと思た。
「トレンドとか、おしれとか、そんなのどうでもいいんだよ。私は、どんな理由であれ小泉くんが選んでくれた洋服が欲しかたんだから」
 彼女は僕の選んだ洋服が入た紙袋を愛おしそうに抱きしめながら、熟れたりんごのように頰を赤く染めて、照れ臭そうに俯いた。
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