第42回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
〔 1 〕«〔 作品2 〕»〔 3 〕…〔 8 〕
我関せず焉
投稿時刻 : 2017.12.09 23:16
字数 : 1605
1 2 3 4 5
投票しない
我関せず焉
犬子蓮木


 争っている。
 静かに。
 言葉はなく。
 木と木のぶつかる渇いた音。
 和装の人間がふたり向かい合って座り、しかし相手の顔を見ず、難しい顔をして盤面を見つめている。
 これは将棋というものだ。
 兵隊を模した駒たちを並べ、血を出すことのない仮初の戦いを繰り広げる。そんな遊戯に、人間は人生を賭けて真剣に取り組むことができる。
 名人が歩を打った。脇に控えた人間が新しく投入された兵隊の位置を読み上げる。
 空気が重い。
 表面上は、まるで時間が止まったように。
 思考の中では、この現実ではない戦争に処理するためのシミュレーションが行われている。模擬戦の模擬戦。仮想の仮想。バーチャルの……。
 私は盤面の上に足を踏み降ろした。
 盤面の上に立ち、争う両者を見下ろす。
 誰も私には気づかない。
 争いは続いていく。駒たちは戦う。相手を倒し、仲間に引き入れ、先程までの仲間を駆逐する指示を出す。
 戦争を否定しているわけではない。
 血の出ないシミュレーションを否定するわけでもない。
 ただ、私はここに存在し(ほんとうに存在しているだろうか?)、関わることをせず、観測している。それは数十億年、否、もっと前より繰り返してきた。争いは優れた者を見出すための儀式でしかない。より優れたものが勝ち残るための過程でしかない。それを否定することは、誰かを選ぶことを否定することでしかなく、争うことのデキナイ私は誰かに選ばれることも、順位付けられることも、称賛されることもなく。
 決着がついた。
 私はただ盤面から足を下ろし、そのまま和室を後にした。ただ散歩を続ける。
 通り過ぎるだけ。
 
 街を歩いている。
 彷徨っていると言った方が正しいだろうか。
 しかし、正しさに意味もなく、誰もそれを判定してくれるわけでもない。
 私はどんな争いにも関わることできない。
 人間が二人、ケンカしていた間を通り過ぎる。
 少女たちがサッカーで競い合っている校庭を横断する。
 私の介入に気づく人はなく、どんな戦いも止まることはなく、自然に発生して、自然に終わるのを待つことしかできない。
 さあ、どうしようか。どこへ行こうか。なにを見る役目なのか。なにかを見る役目でしかないのか。
 私は誰を倒すこともできず、誰かに倒されることもない。争うことができず、それがひどく悲しくて、もてあました怒りをぶつける場所が自分しかない。
 争いたい。
 戦いたい。
 勝利を手にし、しかし負けてみたい。
 そんな願いがいつか叶うのだろうか。
 そんな願いを抱いていてはだめだろうか。
 歩いて行く。
 争いを見ている。
 みんなみんな争っている。平和を願うように、死を忌避するように、自然に争うことを選んでいる。それが生き物であれば、私は生き物ではない。
 ここはどこだろうか。
 気づけば、男性がふたり、銃を向けあっていた。
 飛び交う罵声。
 血走った目。
 どうやらある女性を巡って決闘するようだ。
 私は二人の間に立っている。
 悲しい女性。
 自ら銃を取ることは許されないのか。
 どちらも自ら銃を取って、殺してしまえばいいのだ。
 そして先に死んだほうを負けとする。
 重なった銃声が響いた。
 争いを止めようとした女性が私の目の前で二つの銃弾に貫かれたて死んだ。
 男性たちが悲しみの雄叫びをあげる。
 楽しいじゃないか。
 悲しいじゃないか。
 この二人はどうするのだろう。自らの命を賭けるほど求めた者が消えてしまった。彼女を殺したのは自分たちだ。後を追い自殺するのか、それとも悲しみに包まれながら惨めに生き延びて、だんだん忘れて、また別の争いをはじめるのか。
 ひとりが涙を浮かべて笑いながら自らの頭を撃ち抜いた。
 ひとりがその男性の死体を蹴飛ばして、倒れていた女性から引き離し、女性の死体を抱えて去っていった。
 残されたのは争うことを邪魔されて、決着を付けることが許されなかった死体。
 争うことのできなかった体が朽ちていく。
 私もせめて、そんな風に、戦えないのなら消え去りたかった。
 戦いたいのに、戦えないなら、消えてしまいたかったのだ。          <了>
← 前の作品へ
次の作品へ →
1 2 3 4 5 投票しない