第42回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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勝者は誰か
投稿時刻 : 2017.12.16 01:39
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勝者は誰か
三和すい


 目が覚めると、ボクちんはコタツの中に足を突込んで横たわていた。
 どうやら昨日の夜はコタツで寝てしまたらしい。忘年会でちと飲み過ぎただろうか、いや、そんなことはないだろう、と結論づけたボクちんはふと気づいた。
 ――コタツ布団の柄が、いつもと違う。
 付き合ている彼女が勝手に変えたのかと思たが、コタツの場所、カーテンや壁紙の色、家具の種類や配置までボクちんの部屋と違う。
 ボクちんは首をかしげた。
(ここは、誰の部屋だ?)
 耳を澄ますと、微かな寝息が聞こえてくる。
 コタツの反対側を覗くと、そこには同僚のT氏が寝ていた。
 どうやら昨夜は自分の部屋ではなく、T氏の部屋で二次会をやてそのまま寝てしまたらしい。コタツの上には缶ビールの空き缶が数本転がている。そして「婚姻届受理証(仮)」と書かれた紙が……
「婚姻届!?」
 ボクちんには付き合ている彼女がいるが、まだ結婚していない。
 つまり、これは同僚のT氏のものか? 独身だと思ていたのに、いつの間に結婚していたんだ。
 他人のプライベートを勝手に見るのは気が引けたが、好奇心に負け、ボクちんは書類を覗き込んだ。そこにはT氏の名前とボクちんの名前が書いてあた。
…………はい?」
 書類を手にとて見返すが、そこに書いてあるのは間違いなくボクちんの名前だ。
 昨年法律が改正され、同性同士でも結婚が可能になた。ボクちんの周りにも同性のカプルはいる。しかし、ボクちんは異性愛者だ。ボクちんが好きなのは女性なのである。
「いたいどういう事なのだ?」
 昨日まではボクちんとT氏はただの同僚だた。昨日の飲み会でお互いに犬好きであることを知り、仕事の話はそちのけで犬の話題で盛り上がり、そのままT氏の部屋におじましてビールを飲みながら柴犬がいかに可愛いかを語り合い、こんなに話が合うのなら一緒に暮らしてもいいんじ、俺はヒモがいいんで養てくださいね、五千兆円を手に入れた暁には任せておけ、などと冗談を言い合……
「そうだ。そのまま深夜の役所に行て婚姻届を出したんだ……
 ボクちんは頭を抱えた。恐るべき酒の力。このボクちんの判断力を鈍らせ、勢いで婚姻届まで出させるとは……いや、たいてい飲んだ後は記憶がないので、いつも負けている気がしなくもないのだが。いや、そんなことよりも今大事なのは、
「ささと起きるんだ! 役所に行くぞ!」
 ボクちんはT氏を無理矢理起こした。
 夜の役所に職員はいない。いるのは警備員だ。
 それでも出した婚姻届は受け取てもらえる。受け取てもらえるが、正式に受理されるのは役所の通常業務が始まてからのはず。今は朝の八時。急いで役所に行けば受理される前に婚姻を取り消せるかもしれない!
 ボクちんは寝ぼけているT氏を引張りながら、部屋の外に出た。マンシンの狭い廊下をエレベーターに向かて走ていこうとすると、
「あら、お困りのようね」
 ボクちんたちの前に立ちはだかたのは、同僚の筆野銀子だた。いつものように白衣を着た彼女は、狭い廊下をふさぐように立ている。
「どうやらあなたたちは酔た勢いで男同士なのに婚姻届を出してしまたようね」
「そうなんだ。だから、これから役所に行……
「でも、私が来たからにはもう心配いらないわ。この薬を飲めば、すべて解決よ!」
 と筆野は二つの小瓶を取り出した。
「それは?」
「一つは飲むと渋いおさんになる薬、もう片方は飲むと少女になる薬よ」
……は?」
「望まずに同性同士で結婚をしてしまたのなら、片方が異性になればいいのよ。そうすれば異性婚。世間のマジリテに属することができる!」
「いや、ボクちんは婚姻届を取り消したいのだが……
「さあ、選びなさい。どちらがおさんになて、どちらが少女になるのか」
 二つの小瓶を手にボクちんたちに迫る筆野に、話を聞いてほしいな、そこをどいてくれるだけでもいいのだが、と思ていると、
「ちと、待!」
 マンシンの狭い廊下に、新たな声が響き渡た。
 筆野銀子の背後に現れたのは、バールのようなものを持た白衣を着た女性――同僚の加茂彩子だた。
「世間のマジリテに属する? それにいたいどんな意味があるというの? この世は同性婚が認められた世界よ。それなのにわざわざ異性婚にする意味は何? 同性婚で話を進めなくてどうするのよ!」
「私は渋いおさんと少女の話が見たいのよ! だから、彼らには渋いおさんと少女になてもらうしかないの。間違て結婚してしまた二人が少しずつ心を通わせ、本当の愛を育んでいく……そういう展開が見たいのよ!」
「それこそ同性同士でやるべき話ではないの? 同性婚が認められた世界なんだから、そこは同性同士で話を進めるべきよ!」
「同性婚が認められていても、同性婚が禁止されているわけではないわ! 一般的な需要を考えて、二人のどちらかを女性にするべきよ!」
……どうやら、これ以上話し合ても無駄のようね」
「そうね……どちらが正しいのか力で決めるしかないようね……
「あの、ボクちんの意見は
 口を挟もうとするボクちんを無視して、まず加茂が手に持ていたバールのようなものを振り上げた。そのままバールのようなものを一閃、横に薙ぐ。
 すると、加茂彩子の前に葉書サイズくらいのカードが五枚、伏せられた状態で現れた。
 筆野銀子は白衣のポケトからやはり葉書サイズくらいのカードの束を取り出し、目の前に伏せた状態で五枚並べる。
「さあ、勝負よ!」
「望むところ! まずは私から!」
 と加茂がバールのようなものでカードの一枚を叩くと、カードがひくり返る。
「一枚目は水族館で撮たペンギンの写真! これでペンギン好きのあなたの目を釘付けにして行動不能にしてあげるわ!」
「ペンギンの写真ですて!」
 筆野銀子は瞳を輝かせてひくり返たカードに目を向ける。しかし、
「ぐは! こ、この写真は……!」
 その写真を目にした途端、筆野は胸を押さえてその場に片膝を付く。
「ふふふ……かかたようね。そう、これはペンギンのピンボケ写真! 背景のプールにカメラの焦点が合てしまたことにより、肝心のペンギンの姿がぼやけてしまい、見た者すべてをがかりさせる写真よ!」
「く……ペンギンのかわいらしい姿を期待した私にここまでの精神的ダメージを与えるなんて、なんて怖ろしい写真……しかし、今度はそうはいかないわ! 散歩中に撮たカモの写真でカモ好きのあなたの心を縛り、行動不能にさせる!」
 筆野は一枚の写真を加茂の前に差し出す。しかし、
「それがカモの写真ですて? よく見なさい! それはカイツブリよ! 同じ水鳥だけど、カモとカイツブリは全く別物。そんな写真で私の心を縛ることなんてできないわ! さあ、今度は私の手番! 私が撮り溜めたカモの写真を五枚オープン!」
「カモの写真を私に見せてどうするつもり? 私が好きなのはペンギンよ!」
「知ているわ。でも、見せる相手はあなたではない。私は、秘蔵のカモ写真を五枚消費! その代わりに、カモが好きを五人召喚!」
 加茂彩子の声とともに、マンシンの扉が次々と開き、中から五人の老若男女が現れる。「おお、これはきれいだ」「かわいい!」「やぱりカモはいいわね」と口々にいいながら、加茂彩子の後ろに整列する。
「これで六対一。もうあなたに勝ち目はないわ!」
「それはどうかしら。私はここで伏せていたマジクカードを一枚オープン! ピンボケの呪いを発動させる!」
「ああ、何てこと! 私の秘蔵のカモ写真が次々とピンボケに……!」
「ピンボケの効果により、カモの写真によて召喚されたカモ好きは興味を失い、次々と家に帰ていく! 勝ち目がないのはあなたの方よ!」
「け、けど、一対一に戻ただけの話……
「そうかしら? 援軍を呼べるのは、あなただけではないわ。私は散歩中に撮た野良猫の写真をオープン! 猫好きの知り合い――埼玉県に住んでいる猫好きの主婦とプログラマーを召喚!」
 ふたたびマンシンの扉が二つ開き、中からフライパンを持た女性と、半額シールが貼られたお寿司パクを持た青年が現れる。
「さあ、これで三対一よ!」
「ならば、私も伏せていたマジクカードをオープン! 真実の告知を発動!」
「真実の告知ですて? 私がペンギンが好きなことも、おさんと少女の組み合わせが好きなことも、みんなが知ていることよ! 隠すことは何もないわ!」
「そうかしら? そこの二人!」
 加茂彩子は猫好きの二人に声をかける。
「筆野銀子が持ている野良猫の写真はそれだけではないわ! もと撮ているのよ!」
『なんだて!』
 猫好きの二人はクルリと筆野銀子の方を向く。
「野良猫の写真をもと見せろー!」
「かわいい猫の写真をもと見せろー!」
「撮た写真で猫写真集を作れ!」
 と、猫好きの二人は筆野銀子に迫ていく。
「ちと、どういうことなの! 猫の写真ならもう見せたじないの! 特に埼玉県の主婦! あなたは猫を三匹も飼ているじないの! 何でそんなに猫の写真を見たがるのよ!」
……それが、猫好きの欲深さというものなのよ」
 と加茂彩子はどこか悲しげに口を開いた。
「一枚見れば、もう一枚別の写真が見たくなる。それは、猫を飼て毎日なでていても同じ。かわいい猫の姿を見たいという欲求は、カモを二十四時間毎日永遠に見ていたいという気持ちが消えることがないのと同じなのよ……
「く……だからといて、おさんと少女の展開をあきらめる気はないわ。次は私の手番……

「あの、お取り込み中のところ、悪いのだが、そこをどいてほしいのだが

 筆野銀子と加茂彩子が動きを止めたので、ボクちんはようやく口を挟んだ。
 マンシンの狭い廊下で筆野銀子と加茂彩子と猫好きの二人がいるせいで、ボクちんは通れずにいる。このままでは役所に婚姻届を取り消しに行けないではないか
「早くそこを退くのだ。ボクちんは婚姻届を取り消しに行くのだ
……取り消す?」
 低い声が、不意に隣から聞こえてきた。
 目を向けると、T氏がボクちんを睨んでいる。
「婚姻届を取り消しに行くてどういうことなんですか? ボクをヒモにしてくれるて話はどうなたんですか!?」
「どうもこうも、ボクちんは何も覚えてないに
「だたら、裁判です! 婚約不履行ということで慰謝料を……いや、もしかして結婚してから離婚した方が慰謝料が高い?」
 ブツブツと不穏なことをつぶやき始めたT氏を置き去りにし、ボクちんは走た。エレベータに続く廊下は筆野銀子と加茂彩子たちでふさがれているが、マンシンには階段もある。この階段を下りて一階に行き、役所まで走れば……
 急いでいたボクちんは、この時、大事なことを忘れていた。
 それは、階段がとても危険な場所であること。
 多くの家や建物に必ず付いている階段は、実は危険な場所である。考え事などをしながら急いで下りようものなら足を踏み外して転落する危険性があるのである――ほら、こんな風に。


「ぼへ――!」


 ドサリと床に落ちたボクちんは、起き上がてキロキロと辺りを見まわした。
 落ちた割には体が痛くない。しかも、今いるのは見慣れた場所――そう、ボクちんの部屋だ。ボクちんは自分の部屋に置いてあるソフの前にいた。
「はて?」
 ボクちんは首をかしげた。いつの間に自分の部屋に帰てきたのだろう。ボクちんは婚姻届を取り消そうと役所に行こうとしていたはず……
……誰との?)
 思い出そうとしても、まるで頭の中で霧が深くなていくように、記憶がだんだんと薄れていく。いたい誰がボクちんの邪魔をしようとしていたのかさえ思い出せない。
(ああ、そうか)
 ボクちんはポンと手を打た。
 あれは夢だたのだ。
 そうそう。昨日は泊まりに来た彼女と酒を飲んで、そのまま寝てしまたのだ。
 耳を澄ますと、キチンから朝ご飯を作ているような音がしてくる。鼻歌まで聞こえてくるので、彼女はとても機嫌がいいようだ。はて、酒を飲んだのでよく覚えていないのだが、昨日の夜は彼女が喜ぶようなことをボクちんはしたのだろうか?
「あ、しーくん。おはよー
 キチンから彼女が顔を出す。
「朝ご飯、もうすぐできるよ。食べたら、一緒にそれを出しに行こうね」
「それ?」
 何か薄ら寒いものを感じながら、ボクちんは何気なくテーブルの上を見る。
 そこには、婚姻届と書かれた書類が……
「何――!?」
 婚姻届には彼女の名前と、そしてボクちん名前が書いてある! しかも、ボクちんの筆跡で! さらに、印鑑まで押してある!
 ひとして、ボクちんは酔た勢いで婚姻届を書いてしまたのか?
「しーくん、どうかしたの?」
 キチンから彼女がやて来る。
 近づいてくる彼女を前に、ボクちんはゴクリと唾を呑み込んだ。
 言わなければ……言わなければ! この書類は手違いなのだ。ボクちんはまだ結婚するつもりはないのだ。だから、この書類を一緒に出しに行くつもりはないのだ、と。
 ボクちんの目の前に立た彼女は、キチンで使ていた包丁を持たまま、ニコリと笑た。
「まさか、今さら結婚したくないとか言うつもりじないわよね?」
 ボクちんは、何も言えなかた。
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