てきすとぽい
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憂鬱エスプレッソ
(
浅黄幻影
)
投稿時刻 : 2018.04.29 23:59
字数 : 1872
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憂鬱エスプレッソ
浅黄幻影
悪い夢でも見ていたのか、憂鬱な目覚めだ
っ
た。もういい時間だ
っ
たけれど、外はどこまでも続く鈍色の空だ
っ
た。
それでまた先週、彼女と喧嘩したことを思い出した。なんてことのない話から始ま
っ
たすれ違いが大きくなり、お互いに後に退けなくな
っ
てしま
っ
た。その日に行くはずのライブも一緒に行けなくな
っ
たし、それから気まずくて連絡もできなくて、まさか会いにも行けなくて
……
つい一週間が経
っ
てしま
っ
た。
気分転換に街へ出てみたものの、余計に落ち込むばかりだ
っ
た。大型連休の繁華街は人で溢れていて、すれ違う恋人たちの声が僕のなかに響いた。
「どうや
っ
て彼女と仲直りしよう? 謝る
……
なんて言
っ
て謝
っ
たらいい? だいたい、どんな顔をして会いに行けばいいんだろう。ああ、時間が経つほど、どんどんわからなくな
っ
ていく。それとも、なか
っ
たことにするとか。でも、そんなことをしてこのまま終わりにでもな
っ
たら」
彼女の笑
っ
た顔と怒
っ
た顔が交互に浮かんできて、僕は後悔していた。
考えながら歩いていると突然、すぐ目の前を車が通り過ぎてい
っ
て、僕は慌てて歩道に戻
っ
た。よく見れば信号は赤だ
っ
た。恥ずかしくな
っ
て、適当にまた違う道を歩いてい
っ
た。
少しするとアクセサリー
シ
ョ
ッ
プがあ
っ
た。店先を見ていると、朝露が葉に落ちた瞬間のようなきれいなトンボ玉の指輪が目に入
っ
た。
「そういえば、彼女は新しい指輪が欲しい
っ
て言
っ
ていた。プレゼントしてみようか、喜んでくれたらいいんだけど
……
」
けれど彼女の指のサイズを知らないことに気づいた。
今度はフラワー
シ
ョ
ッ
プの前を通りかか
っ
た。小さいけれど鮮やかなポピー
が目にとま
っ
た。
「花を贈るのはどうだろう?
……
あれ、彼女のところに花瓶なんてあ
っ
たかな。テー
ブル、窓辺、玄関の小さなスペー
ス、ま
っ
たく思い出せない。そもそも彼女は花が好きなんだろうか? 逆効果だ
っ
たら?」
結局、そのまま店の前を通り過ぎた。
ケー
キ屋の前に女の子たちが楽しそうに並んでいるのが見えた。辺りに広がる焼き菓子の香りを感じていると、彼女がチ
ョ
コミントのケー
キが好きなことを思い出した。
「彼女と一緒に食べて、おいしい
っ
て笑
っ
ていたな。いつも同じ店のケー
キを買
っ
てきていて、彼女はあのケー
キが好きなんだ。彼女のお気に入りの店は
……
あれ、覚えていない。あんなに彼女の口から聞いた店の名前が思い出せない。話もろくに聞いていないのか! ああ、なんて彼女のことを知らないんだろう!」
大好きな恋人への関心が低か
っ
た自分にあきれて、気持ちはい
っ
そう沈んだ。ま
っ
たく先は見えてこなか
っ
た。まるで永遠に夜が明けない世界にいるようだ
っ
た。
街を彷徨
っ
ていたところへ追い打ちのように激しい雨が降り出してきた。僕は近くのコー
ヒー
シ
ョ
ッ
プへ逃げ込んだ。店先でまだ染みこんでいない雨粒を払
っ
て安堵したけれど、レジカウンター
からは店員の意味ありげな視線が注がれていた。仕方なく、同じように並ばされたレジの最後尾に並んだ。なかなか列は進まず、雨はひどくなる一方だ
っ
た。外を眺めていると、真
っ
黒な水たまりがどんどん広が
っ
ていた。
なんとかカ
ッ
プを受け取
っ
たけれど、先に流れ込んでいた人で店はと
っ
くにい
っ
ぱいで、空いていた窓際に立つのが精一杯だ
っ
た。エスプレ
ッ
ソにザラメを入れてざりざり溶かして口に運んだ。甘くて
……
苦か
っ
た。
突然、すぐ近くの座席からベー
トー
ヴ
ェ
ンの「運命」が鳴り響いて、慌てる男の声が聞こえてきた。
「悪い、アラー
ムが今頃鳴
っ
たんだ」
「そんなので起きるの?」
「一発で起きるよ。それより、運命は扉を叩く
っ
て言うけど、何回か知
っ
てる? 四回なんだよ。ジ
ャ
・ジ
ャ
・ジ
ャ
・ジ
ャ
ー
ン
っ
てね」
「それ俗説だよ?」
なんてことのない男女の会話だけどそれが羨ましか
っ
た。
「運命
……
僕らの運命はここで終わ
っ
てしまうのか? それでいいのか?」
辺りが静まりかえ
っ
た。一瞬とも永遠とも感じられるような時間だ
っ
た。そして目の前が真
っ
白にな
っ
た。落雷だ
っ
た。雷は窓際にいるすべての人の目を眩ませ、同時に激しい音と衝撃で僕らを震え上がらせた。
僕の心が叩かれた。まるで「運命」のように。
「運命は四回、扉を叩くのかもしれない。ベー
トー
ヴ
ェ
ンにはそれだけ必要だ
っ
たんだ。僕の運命はいつ、叩いてくれるんだ?
……
いや、待つことはできない。それに彼女もき
っ
と待
っ
てくれない。そうだ、このまま迷
っ
ていたらどうなる? 僕が黙
っ
ていたら? それこそ扉を叩かなければ、僕らは」
嘘のように雷雨は去
っ
た。僕は残りのエスプレ
ッ
ソを一気に流し込んで、青空の映る水たまりをよけながら街へ走り出した。
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