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暁文学
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frame by frame
(
ポキール尻ピッタン
)
投稿時刻 : 2018.05.19 12:49
字数 : 5426
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frame by frame
ポキール尻ピッタン
かつて妻は私にこう言
っ
た。
「先のことばかり考えていて足元を疎かにするタイプだから、あなたは家事に向いてないよ」
ああしたい、こうしたいと夢を語る自分への嫌味だと当時は聞き流していたが、いま思えば家庭を守
っ
ているプライドから出た言葉だ
っ
たのだろう。仕事に集中していられたのは足元に不安がなか
っ
たからだ。当たり前だと思
っ
て気が付かなか
っ
たけれど、私は君に支えられていた。
切
っ
たトマトの大きさがまちまちのサラダ。サンドイ
ッ
チは歪な長方形。テー
ブルに並んだ朝食を君が見たら不細工すぎて笑うに違いない。それでも私はし
っ
かり足元を見つめようと、一歩ずつ努力して君に近づけるよう頑張
っ
ている。
「おはよう」
一瞥さえもくれずに椅子に腰掛ける岬は中学2年生にな
っ
た。難しい年頃らしく私の問いかけにも空返事だ。会話らしい会話なんて、ずいぶんと前からしていない。悪いことをして警察や学校から呼び出されるようなことは一度もないが、友だちとはあまり遊びに行かず、部屋に閉じ籠も
っ
て好きなアニメを観ているだけなので、少し心配をしている。妻は子どもの目線で話せば仲良くなれるとアドバイスをくれたけれど、それは岬が小学生だ
っ
たころの話だし、女子の目線に自分がなれるはずもないので、私は為す術がないままお互いが空気のようなこの状況をただ歯痒く感じているだけだ
っ
た。岬はおそらく私を責めているのだろう。妻の大丈夫という言葉を鵜呑みにして、家庭を顧みることはなか
っ
た私に足元を疎かにしてきたツケが回
っ
てきた。妻に悪性リンパ腫ができたと知
っ
たときには、もう遅か
っ
た。放射線治療も虚しく癌は全身に転移していた。
「お前が、殺したんだ」
行き場のない悲しみが憎しみの渦に巻かれて、私の胸の一点へと届いた。義父も義母も、父も母も、誰も彼もが私を責めた。罪は確定している。しかし妻への償い方を、誰も私に教えてくれなか
っ
た。
眠る前に毎日、私は寝室のテレビをつける。本棚に並んだビデオテー
プを1本選び、す
っ
かり古くな
っ
たデ
ッ
キで再生する。旅行先の妻、カラオケで熱唱する妻。大切な記憶を辿り妻へ問いかける。
「私は、どうすればいい?」
記録された映像を流すことを誰が再生と名付けたのだろう。生きているなら私の問いかけに答えるはずだ。2年近く繰り返しているのに、四角いフレー
ムの中にいる妻は空返事さえしてくれない。
玄関の鍵を開けると中から戸の閉まる音が聞こえた。なるべく顔を合わせないように、インター
ホンでオー
トロ
ッ
クの解錠に気づくと岬は自分の部屋へと戻る。こんな関係ではいけないと思
っ
ている自分がいれば、また気まずさから逃げられてホ
ッ
としている自分もいる。今夜は夏期講習の申込みについて岬の意向を訊くつもりだ
っ
たのだが、仕事で疲れていることを言い訳に、明日の朝にあらためて話そうと私は先延ばしすることにした。
部屋着に着替え、昨晩の残り物を肴にリビングで水割りを飲む。アニマルプラネ
ッ
トはミー
アキ
ャ
ッ
トの子育てを流している。観葉植物は力なく幹を傾け、細かな埃が浮いたフロー
リングに影を落としている。キ
ャ
ビネ
ッ
トの上には伏せられた写真立て。構図を考えるみたいに指でフレー
ムを作り周囲を見渡す。どこを切り取
っ
ても、私が望んだ空間はない。人間の目の解像度はおよそ6億弱の画素数らしいから、ひ
ょ
っ
とすると画素と画素のほんの僅かな隙間に私が見たい景色が広が
っ
ているかもしれない。見えないものを見ようとするのは夢だ。酔
っ
ているからこそ分かる。私はなにも変わ
っ
ていない。
グラスに口をつける度、自己嫌悪が激しくなる。目の前の空間が歪み、あからさまな悪酔いのサインを送る。そろそろ寝室へ行かなければとお酒を切り上げた私は、テー
ブルに置かれた郵便物を持
っ
てふらふらと立ち上が
っ
た。
岬を本気で怒鳴りつけたのは、初めてのことだ
っ
た。
いくら引き落とされるのだろうと何の気無く携帯電話料金の請求書を開いた。私と岬の2台を合算して毎月1万円満たないはずなのに、なぜか6万円を超えた数字が印字されていた。なにかの間違いではと明細を広げ、焦点の合わない目を一生懸命に瞬かせながら項目を追
っ
た。
「デジタルコンテンツ
っ
てなんだ?」
突出した数字はiTunesを経由していた。音楽をたくさんダウンロー
ドしたのだろうか? それとも変なサイトにアクセスして違法な請求をされたのだろうか?
「岬」
ゆ
っ
たりとした呼吸で自分を落ち着かせる。ドアを2度ノ
ッ
クしたが中から返事はなか
っ
た。あえて息を潜めているような沈黙が漂
っ
ている。この事態を岬が覚悟していたように感じた。
「携帯で、なにか買
っ
たのか?」
「知らない」
布団を頭から被
っ
ているのか消え入るようなこも
っ
た声だ
っ
た。
「開けるぞ。なにに使
っ
たのか話しなさい」
「知らないから」
開けさせまいと岬が駆け寄りドアに激しくぶつか
っ
た。丁番が軋み合板が潰れたような鈍い音が響いた。ドアは壊れなか
っ
たけれど、私の中にあるなにかは確実に壊れた。
恩着せがましく教育費がいくら掛か
っ
たとか、そんな風に育てた覚えはないというルー
ルの押し付けとか、親が言
っ
てはいけない脅しを私は次々に捲し立てた。岬が涙声にな
っ
たのも知
っ
ている。隠している間、ず
っ
と怯えていたことも分か
っ
ている。それでも、私の怒声は止まらなか
っ
た。これは自己嫌悪の延長だ
っ
た。私が駄目な父親であることを自覚するための八つ当たりだ
っ
た。啜り泣く岬に何ひとつ慰めの言葉を掛けず、言いたいこと全部吐き出した私はふらふらと寝室へ向か
っ
た。自分が情けない。夢であ
っ
て欲しい。テレビの中の無関係な映像であ
っ
て欲しい。強く噛んだ唇が少し麻痺して、痛みが遠か
っ
た。
花を散りばめた陶器のフレー
ムの中で妻と私が笑
っ
ている。入学式に緊張しているのか岬は強張
っ
た表情でスカー
トの裾を握
っ
ている。幼い頃の自分が恥ずかしか
っ
たのかもしれないが、岬がこの写真立てを伏せたのは正解だ。現在と連続していない家族のひとコマなど、夢の残滓にすぎない。ビデオの中の妻と同様に、もうこの世にはいないものだ。いつまでも存在しない夢を求めていたら妻に笑われる。望んだ通りの現実にならないから私は取り乱した。フ
ィ
クシ
ョ
ンを岬へ押し付けようとしたのが間違いだ
っ
た。夢から覚めるときが来たのだ。し
っ
かりと足元を見つめ、岬と一緒に、もう一度家族を作り直そう。
「昨日はごめん。一方的に酷いことを言
っ
たお父さんが悪か
っ
た」
腫らした瞼を隠すように俯いていた岬は、私の謝罪に応えぬまま椅子に座
っ
た。膝に手を置いたまま真
っ
直ぐ食パンに目を落とし、なにか言いたげに口元を動かしている。
「早く食べな。学校に遅れるよ」
いちごジ
ャ
ムの蓋を開けて岬の手元へ置いた。私たちはこれから四角い食パンのフレー
ム内に色をつけていかなければならない。当たり前のことを当たり前に始めるのだ。
「お父さん、ごめんなさい」
「うん」
岬の瞳に焼き付けるよう、ゆ
っ
くりと頷いた。互いの気持ちを交わした瞬間に刻まれた映像を、これからひとコマずつ積み上げていく。
ケー
ブルテレビを契約した際におまけでもら
っ
たタブレ
ッ
トPCを、岬はおずおずと差し出した。なくしたものだと思
っ
て諦めていた電子機器を岬が持
っ
ていたことには驚いたが、そのことを問い正す前に、い
っ
たい5万円以上もなにに使
っ
たのかを訊かなければならない。
「あのね、スマホのゲー
ムで、どうしても欲しいキ
ャ
ラがいたの」
タブレ
ッ
トの画面にはドレスを着たアニメの女の子が映
っ
ていた。どうやらアイドルマスター
シンデレラガー
ルズスター
ライトステー
ジという、このやたらと長い名前のアプリに岬は課金したようだ
っ
た。
「キ
ャ
ラクター
をダウンロー
ドするのに、そんなにお金が掛かるのか」
昔作
っ
たプラモデルは塗料も含めて、1台が2千円くらいで仕上が
っ
た。デジタルコンテンツがどのくらいの手間で作られているか知らないけれど、1体が数万円を超えるなんて、にわかには信じがたか
っ
た。おそらくゲー
ム自体の価格も加算されているのだろうが、それでも馬鹿馬鹿しいほどの高額だ。
「もう少しで出ると思
っ
たら、ガチ
ャ
を止められなか
っ
たの」
「ガチ
ャ
っ
てあれか、テレビで問題にな
っ
ていたやつ」
学校でも指導されていたのだろう。ニ
ュ
ー
スを観ない岬でもいけないことだとは一応理解しているようだ
っ
た。事情を訊いた上で注意はするが、もう怒るつもりはないのに、声は震え、私が言葉を発するとぴくりと肩を揺らす。妻だ
っ
たらも
っ
と岬を安心させてあげられるのだろうと、自分がもどかしく感じた。
ソー
シ
ャ
ルゲー
ムのトラブルを特集した番組を観たことがある。当選確率の低いアイテムを有料くじで入手するために、支払能力を超えた課金をしてしまう。特に後払いが可能な携帯電話の一括決済だと、手持ちのお金の心配がいらないぶん歯止めがきかなくなるらしい。まさか自分の家庭がその問題に直面するとは考えもしなか
っ
たが。
「事情は分か
っ
たよ。でもな、お金が必要なときは、まずお父さんに相談しなさい。なにからなにまで叶えてあげることは出来ないけれども、岬のやりたいことなら、少しは協力してもいい。まあ、こういうことは初めてだし、次から気をつけてくれれば、今回のことはもういいから」
「ごめんなさい」
甘いかもしれないが、頭ごなしに否定せずに歩み寄る姿勢を見せようと思
っ
ていた。このアニメの女の子のように、岬にはフレー
ムの中で笑
っ
て欲しか
っ
た。同じ歩調で進んでいけば、同じコマにき
っ
と私もいられる。
「なあ、このゲー
ム
っ
て高いのか? お父さんにも出来るのか?」
考えすぎて周りが見えなくなることは、ままあることだ。
「曲に合わせてボタンを押すだけだから誰でも出来るよ。それに遊ぶだけなら無料だし、そのタブレ
ッ
ト、スマホのサブにしていただけだから、お父さんが使
っ