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第44回 てきすとぽい杯
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いつかまた君と、ここで
 投稿時刻 : 2018.04.15 00:52
 字数 : 2515
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いつかまた君と、ここで
永坂暖日


 見上げれば青い空。視線を下げると定規で引いたような水平線が横に長く伸びている。海は空よりも青い。
 さらに視線を下げると、海岸線が見えた。白い砂浜ではなく、洗濯板のような岩が広がている。
「『鬼の洗濯板』と呼ばれていたんだて」
 篤利(あつとし)と目線と同じ高さに展開している仮想デスプレイに、この場所の説明が表示されていた。かつて、九州南東部にあた宮崎県の景勝地の一つだという。
「洗濯板なんて映像資料でしか見たことないけど、確かに似てるね」
 ガードレールにもたれ掛かて、美帆は眼下の光景を眺めていた。
「ねえ。もと近くで見てみよう」
 美帆は、篤利の返事を待たずにガードレールを乗り越えた。その先は断崖絶壁になているが、美帆は軽々と地面を蹴て飛び出した。
「美帆!」
 篤利がガードレールに両手をついてのぞき込むと、美帆が軽やかに『鬼の洗濯板』に着地したところだた。
「仮想夢の中なんだから、大丈夫に決まてるじない」
 篤利を見上げ、美帆が笑う。
「そうだけど……
 いきなり飛び降りられると、やはり驚く。
 ここは仮想夢の中。仮想とついているが、夢と同じようなものなので、現実ではできないようなこともできる。
 篤利は、一定の距離を保て彼についてくる仮想デスプレイを消すと、美帆と同じように崖の向こうへ飛び出した。

 仮想夢は、地下都市〈高春(たかはる)〉で最近流行ているレジである。
 詳しい仕組みを篤利は知らないが、ヘドギアを装着して、リクライニングシートに座り、リラクスをすると、意識は仮想夢の中へ移動しているのだ。いや、移動するのではなく、装着者の意識が仮想夢世界とつながる、という説明をされた気がする。
 ともかく、その仮想夢は精巧に作られていて、現実と錯覚するほどだ。篤利と美帆が体験している仮想夢の世界は真夏の設定になているが、強烈な日差しと熱気を感じる。
 この現実感と、失われた地上の光景が売りであり、流行の要因なのだろう。
 数百年前に起きた自然災害による環境の激変で、地上に住めなくなてしまた人類は、地下都市を建設してそこで生きている。人体に有害な大気が充満しているので、もはや地上に出ることすらかなわない。
 自然災害の影響や、地下都市への移住期に起きた混乱で、地上の景観は、人類が地上で生きていた頃と激変している。二人が見ているのは、遙か昔、地上に存在していた過去の光景なのだ。
 地下都市も広いが、地上にはかなわない。広い空も白い雲も青い海も、疑似的に作られたものは〈高春〉にもあるが、本物には遠く及ばない。本物は、もはや資料映像や仮想夢の中にしか存在していないが。地上に住めなくなても、地下で生まれ育ても、だからこそ、地上へのあこがれを抱く者は一定数存在する。篤利と美帆も、失われたものにあこがれを持つ二人だた。
 用意されている仮想夢世界には様々な時代や場所があり、さらには現実世界だけではなく、空想世界もある。まさに、手軽に旅行気分が味わえるわけだ。
 手軽とはいても、高校生がデートで行くには少々奮発しなければならない。仮想夢体験は時間制で、一時間がやとだた。
「すごい! 本物みたい!」
 美帆が、洗濯板といわれている板状の岩の表面をなでて歓声を上げる。篤利も同じようにざらりとした表面をなで、潮だまりで小さなカニを見つけた。それを美帆に教えると、彼女は目を輝かせてはしいだ。
「波も水も、本物としか思えない!」
 仮想夢体験は、二人とも今日が初めてだた。噂で聞いていた評判以上の現実感と、未だかつて見たことのない青空と大海原に、いやでも気分が高揚する。
「本物の海も空も、俺たち見たことないけどな」
 篤利が少々意地の悪いことを言うと、わかてるよ、と美帆は唇を尖らせた。
 それから、しがんで両手で海水をすくう。まさか飲むのだろうかと思たら、その水を篤利に思いきりかけた。
「うえ、しぱい!?」
「ほら、本物と同じじない」
 してやたり、という顔で美帆が笑う。〈高春〉の人工海水浴場に行たことはあるが、そこの水はぜんぜん塩辛くなかた。それに比べたら、確かに、ここは全然本物だ。
「ああ、もう我慢できない」
 くるぶしまで海水に浸ていた美帆が、いきなりブラウスを脱ぎ捨てた。淡い緑色のシツが、波間にたゆたう。
 篤利はぎとしながらも、美帆をここまで大胆にさせるこの世界の開放感に感謝し、すぐにがかりした。美帆は、ブラウスの下にタンクトプを着ていたのだ。
「冷たい。気持ちいい!」
 スカートの裾を大きく翻し、美帆は沖に向かて走ていく。すぐに腰までの深さになて、スカートは海中でふわふわと揺れていた。篤利は気をつけろよ、と言いながら、揺れるスカートのあたりに視線が釘付けとなる。波と光の反射で、見えそうで見えない。
「篤利も、海、入ろうよ」
 美帆が大きく腕を振る。タンクトプの脇から、やはり見えそうで見えない。
 美帆の声に誘われたのか、見えそうで見えない状況にしびれを切らしたのか、その両方なのか。ともかく、引き寄せられるように海に入た。
 ジーンズが海水を吸てあという間に重くなり、足にまとわりつく。早くと美帆がせかすが、これは動きづらい。
 しかし、スカートはゆらゆらと揺れているし、まるで誘うように美帆は腕を振ている。これはなんとしてもたどり着かなければ――

 目の前の光景が、幕を下ろされたようにぶつりと途切れる。うたた寝から目覚めたように、篤利はびくりと震えた。
 自動音声案内が、体験時間終了を知らせる。あという間の一時間だた。
 ヘドギアを外すと、美帆と目が合た。
「もと、あちで遊びたかたね」
 彼女はちんとブラウスを着ていて、どこも一滴も濡れていない。篤利も、もちろん同じだ。こちらが現実なのに、夢から覚めたばかりの時のように、現実感がない。
……また、来よう。バイトして、お金貯めてから」
 美帆の手を握り、リクライニングシートから起き上がる。
 見えそうで見えなかたものを、見るためにも。
 ただそれは、現実の方でもいいかもしれない。いや、断然現実の方で見たい。
 けれど、ここではない世界でというのも、悪くない。 
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