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最期の審判
 投稿時刻 : 2018.07.22 15:22 最終更新 : 2018.07.27 19:54
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- 2018.07.27 19:54:09
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最期の審判
たかはし


 麦茶と煙草を買てコンビニから出ると、駐車場に何やらものすごい人だかりができていたので、何事だろうと近づいてみた。
 男性が一人、倒れている。頭や胸からひどく出血していて、元の服の色がわからないくらいだ。
 救急車が到着した。隊員が素早く状態を確認している。「意識なし、呼吸、心拍停止。頭部に外傷、出血はすでに止まている様子」
 特に慌てる様子もなく、淡々と搬送作業をしているところを見ると、すでに死亡しているのだろう。いわゆる「心肺停止状態」てやつで、病院で医師が死亡診断をすると正式に「死亡」と報道される、あれだ。
 後ろのほうでは警察官が、バンパーの凹んだ車の前に立つ女性から話を聞いている。女性は震えながら「アクセルとブレーキを踏み間違えた」というような話をしている。

 よくテレビニスで見る事故だが、こうやて目の前で起こるとやぱり怖いものだなあ。帰りは気を付けよう。と思て歩き出そうとしたところで、財布がないのに気が付いた。車のキーレスエントリーと免許証も財布と一緒なので、慌てて探すと、すぐに見つかた。人ごみに中の地面に落ちていた。
 よかた。と思て拾おうとしたら、若い警察官が先にさと拾い上げて中身を見だした。おいおいおい。それ僕のだけど。
「被害者の免許証が見つかりましたよ。財布の中にありました」
 と、彼は年長の警察官に報告する。
 ん?あれ?どういうこと?それ自分の財布なんですけど?今読み上げてるのも自分の免許証なんですけど?被害者さんのじないよ。だて被害者さんはあそこに、あの、血でよくわかんないけど、水色のワイシツに紺のズボンの……

 ……僕だ。

 ようやくストレに乗せられ、毛布を掛けられて搬送される死体は、よく見ると自分の体だた。

 待てくれ自分!ちと!僕事故で死んだの?とパニクになりかけたのは一瞬で、そのあとは割と落ち着いている自分がいた。

 ああそうか、死んだのか。死んじたのか。こういうのよくドラマであるよなあ。幽体離脱?他人事みたく俯瞰してるていうの?やぱりこういう感じなんだ。

 と思て自分の死体を眺めていたら、スポトライトのような閃光が天空からパーと自分を照らし、その光の中を、背中に白い翼がはえた白い衣の女性が降りてきた。
 ああ、これもよく見るやつだ。やぱり最期はこうなんだね。天使が迎えに来てくれたのだ。

「あなたが天使ですか?」アスフルトの上に暑そうに舞い降りたその女性に向かて、私は訊ねた。
「いいえ、違います」女性は答えた。「私は審判です」
 審判?ちと意味わかんない。審判てあれのこと?最後の審判?天国行きか地獄行きか決めるあれのことなの?今決めるの?今ここで?あなたが?
 よく見る流れから外れたので多少あたふたしている私をしり目に、審判と名乗る彼女は黒いボードを頭の上に掲げた。私が両手のひらを上にあげて首をすくめ、「訳が分からない」というジスチをすると、彼女は顎と目で「ボードを見ろ」と無言で促す。
 私はちと離れてそれを見上げる。黒いボードは電光板になていて、数字の「7」と表示されている。
 彼女はそれを周囲にも見えるように回しながらかざした。しかし誰も彼女の存在にも、私の存在にも気づいていない風であたが。

 そしておもむろに彼女は宣言した。「アデナルタイムは7分です」

「アデナルタイム?サカーですか?あなたはサカーの審判ですか?」
「いいえ。今言たのは、あなたの人生のアデナルタイムです。この時間は、あなたが他者の人生のために、あなたの人生を中断した時間から算出されます」ここまで一気に無表情に語た彼女は、「7分て、結構多いほうですよ」と、ちとだけ笑た。
「今から7分間、あなたは、人生でやり残したことを思う存分、悔いのないように行てください」
 彼女は左の翼の先を自分の胸の前にたたむと、そこから右手の親指と人差し指で一枚の羽毛を取り出し、私に渡した。
「これを持ていれば、あなたが行きたいところに即座に行けます。あなたを知ていて、あなたの死を知らない方とは、会話もできます。7分が過ぎたら、強制的にここに戻てきます」彼女は言た。
「では今からスタートします。お気をつけて」彼女は腕時計を見ながら、頬につけたインカムに小声で何かを話した。
 僕は純白の小さな羽毛を持たまま、しばらく呆然と立ち尽くいていた。こういうのはあんまりドラマで見ないから想定外である。

 僕は腕時計の秒針を確認しながら考えた。とにかく一旦、会社に戻ろう。仕事中だたんだから、まずはそいつを片付けないと、他のことに集中できない。と思た瞬間に、僕の体は会社に戻ていた。

「おお、高橋君、早かたねえ」
「おかえりなさい」
 事務所のメンバーがいつも通りに話しかけてくれる。
「で、先方の反応はどうだた?」課長が、私が事故前に得意先にプレゼンをしてきた提案の件を、身を乗り出して聞いてきた。
「反応は上々でしたよ。多分、定期的な受注にまで漕ぎ着けられると思います」僕は偽りなく答えた。事務所全体がほこりとした一体感に包まれる。その居心地の良い空気感に少し感傷的に浸てから、私は小さな嘘をついた。「ただし、仕様や納期の部分で多少の変更を提案されましたので、この先は皆さんにご迷惑をかけることになると思います」
「迷惑だなんて、これはみんなの仕事だよ。みんなでやるのが当たり前じないか」
「そうですよ」
「大丈夫です!頑張ります!」
 あちこちから声が上がり、ああ、この会社で過ごせてよかたなあ、と思た。席に座て、もとぐずぐずと、いつものように過ごしていたかたが、時間はあと5分しかない。
「課長、急なんですが、家人が救急搬送されたらしくて」嘘は言ていない。「これで有給で帰てもよろしいでしうか?」
「そうなの?大丈夫?熱中症?」「とにかく急いで行てあげて!」「ていうかそち優先しなよ!」
 みんなが言てくれた。
「では、これで失礼します。ありがとうございました」
 僕は深々とお辞儀をしてからドアを出て、白い羽毛を手に取た。

 自宅に着いた。妻は買い物にでも出かけているのか、留守であた。しめた。急がねば。
 私は大急ぎでノートパソコンを開き、電源ボタンを押す。珍しく早く立ち上がる。
 パスワードを入れ、ひみつのフルダーを開いてから、今まで十数年かけて集めてきたお気に入りの大人画像と大人動画を、一気にゴミ箱にドロプした。「ゴミ箱を空にする」を選択し、実行状況が%で示されている間は、切なくもあるが、やはりもう感謝しかない。大変お世話になりました。ありがとう、そしてさようなら、僕のお気に入りちんたち。
 履歴とブクマークを消し、念のためクキーも消去していたところで、急に妻が帰てきた。お互い「うわああ!」と叫ぶ。
「ち、ちと、なんで今家にいるの?仕事は?」
 妻がたじろぐのは好都合であた。
「会社で必要なデータを、パソコンに残したままだたから、慌てて戻てきたんだよ」
 僕はパソコンをいじる振りをしながら、自宅残業用デスクの引き出しを開け、預金通帳や印鑑、保険証券、ローンの残高表、源泉徴収票などをわかりやすく手前に並べた。
「よし!これで大丈夫。じ、もう一回、行てくるよ」
 振り返ると、妻の両手は買い物袋でふさがていた。
 僕は妻のそばを素通りするふりをしながら、いきなり抱きしめて、キスをした。
「ちと!?何してるの?暑い暑い暑い!!」
 少し怒た妻の顔が、付き合ていたころの頻繁な喧嘩の思い出と重なて、なんとなく学生時代に戻りたくなた。が、この白い羽毛にはそんな力はない。今できることをしなければ。
「じ、行くね」
「いてらい。あ、今日の晩御飯、すき焼きだからね」妻は得意げに買い物袋をかざして見せた。
「わかた」
 ああ、そのすき焼き、食べたかたなあ。今言おうか。ここで時間を使い切ろうか。
 でも、二人暮らし、子供なし、の夫婦の別れは、これくらいが丁度いいかもしれない。あいつもまだ再婚を考えられる年齢だし、何よりしんみりしたくない。

 あと2分30秒ある。が、その先はノープランだた。仕事と家庭。それだけが全てになてしまていたことが、我ながら笑えた。何だ、僕の人生平凡極まりないなあ。じあ凡人らしく、思い出巡りでもするか。僕は白い羽毛をかざしたまま、あちこちへ飛んだ。
 大学のキンパスを歩いてみた。高校の机に座てみた。中学の体育館の床に寝転んでみた。
 郷愁旅行。後ろ向きなことばかりやてるなあ。小学校の廊下を歩いきながら考えた。でももう人生は終わたんだ。今から前向きな何かができる訳もない。それでいいじないか。静かにこの世を去ろう。
 と思いながら、ふと廊下の壁に目を向けると、「僕の夢・私の夢」という絵画と作文が小学校の壁一面を埋めている。

 夢……? 僕の夢て、何だけ。叶わなかた、忘れてしまた夢。今なら、疑似的とはいえ、体験できるぞ。この白い羽根があれば。

 子供たちの絵を見ながら自らの記憶を遡ていると、一枚の絵が目に飛び込んできた。宇宙飛行士。宇宙ステーン!
 と思い出した瞬間、僕の体は無重力の白い箱の中で浮いていた。何人かの、本物の宇宙飛行士が、せせと働いている。小さな丸い窓からは、青い地球が見える。
 巨大な地球は、僕が死んだ後もなお、ゆくりと、ゆくりと、回り続けている。
 そうだ。僕、宇宙飛行士になりたかたんだ。小学生の時、クラスのみんなから馬鹿にされたけれども、担任の若い女の先生は庇てくれた。学級文庫に私費で宇宙や科学の本を買い足して、応援してくれもした。それで僕は理科が好きになて、あの大学に行て、バイト先で妻と出会い、ロケトエンジンの小さな部品を設計する会社に就職したんだ。
 その先生が、僕の初恋の人。自分が、科学者にはなれなかたまでも、科学の道に進むことを後押ししてくれた先生。名前は……えーと、名前は……そうだ、前田先生。

 そう思い出した瞬間に、僕の体はコンビニの駐車場に戻ていた。

「え?もう時間切れですか?」僕は審判に聞いた。が、彼女は笛を口にくわえてはいたが、まだ腕時計を見つめたままだた。
 僕の時計でも、まだ1分と少しは残ている。

 さき、白い羽根を持て前田先生に会いたい……と思たはずだ。まさか……この中に、前田先生がいる?

 僕は必死に探した。会いたい。どうしても会いたい。会てお礼が言いたい。
 先生の顔を必死に思い浮かべ、その20年後の顔を想像しながら、野次馬の中を懸命に探した。

 ほどなく先生は見つかた。

 僕の初恋の人は、僕を轢き殺した罪で、パトカーの中で泣き崩れていた。
 
「前田先生……?」僕は話しかけた。
 しかし、先生は無反応だた。「前田先生!」僕は叫んだ。やはり先生には聞こえていないようだた。『あなたを知ていて、あなたの死を知らない方とは、会話もできます』僕は審判の言葉を思い出した。
 先生は、自分が不注意で死なせてしまたのが、自分の知ている、自分の教え子だと、すでに気が付いているんだ。僕は忘れていたのに、先生は、免許証の名前を見ただけで、気が付いたんだ。僕のことを覚えていてくれたんだ。
「前田先生。僕は、先生のことを、恨んでなんていませんよ。今の僕があるのは、先生のお陰なんです。ありがとうございました。できれば生きているうちに」そこまで言て、僕の声は涙で詰まてしまた。
 不意に、前田先生が驚いたように顔を上げ、パトカーの外に立つ僕を見つめた。
……高橋君?」
 
 気付いてくれた?!何故!?
 審判のほうを振り返ると、彼女はなぜかこちらには背を向けて、アスフルトを蹴ていた。慌てて腕時計を確認すると、7分を少し過ぎている。
 それから暫く先生と僕は二人で、ポカーンとしている警官たちを尻目に、「ごめんなさい」「有難うございました」「本当にごめんなさい」「いいえ有難うございました」と言い合た。お互い、ひたすら泣きながら言い続けた。僕には先生の姿も言葉もはきりと認識できたが、先生には、漠然としたイメージとしてしか伝わていないようだた。それでも、視線は合ていた。心が繋がているのがわかた。

 先生はまだお若かた。思い出の中の先生と、顔も声もちとも変わらなかた。その分、教え子を撥ねた罪悪感はいかばかりかと、逆に僕が心を痛めた。
 でも先生なら、僕の大好きだた先生なら、まだまだ人生をやり直せる。素敵な教え子をもともと世に送り出すこともできる。もし亡くなられても、アデナルタイムは1週間くらいありそうだ。

 審判が、ピ、ピ、と、長い笛を鳴らした。

 人生の終了である。

「もう行きますよ。これ以上のサービスは、私にも限界です」審判は、インカムを手で覆いながら微笑んだ。

 僕は審判の差し出した手を握り、笑いながら宙に浮いた。

 僕が今まさにサヨナラをしようとしているこの世界は、どこまでも眩しく、美しかた。
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