リベンジャルズ
復讐はなにも生み出さないなんてきれいごとがあるけれど、実際のところ、復讐は復讐を生み出して、繰り返し繰り返し続いていくのだ。だから誰かがどこかで我慢してその流れを断ち切らなければいけないのだけど、私は夫を殺したあの男をどうしても許そうとは思えなか
った。
直接、あの男を殺したりはしない。
愛するものを失った絶望を、あの男にも味わせてやるのだ。
奥さんには罪もなければ怨みもない。ただ、運が悪かったとあきらめてもらうしかない。結婚した相手が悪かったのだ。
そう、謝罪だけはしよう。
殺すときに、謝ることだけは。
「なんですかあなたは」
「あなたの旦那さんに、夫を殺されたものです」
眼の前で縛り付けられた女は、わけがわからないという表情で震えている。
「あなたの旦那さんは、これまでに多くの人間を殺してきた犯罪者なんですよ」
「うそ!」
「うそではありません」
私はタブレットに写真や動画を映し、女に見せた。
残酷な殺害の描写に女の表情が凍りついていく。ここに映って笑いながら人を殺しているのはお前の旦那だ。ここに映って殺されているのはわたしの夫だ。
「だからわたしは復讐するのです。人の大切なものを奪った人間から、大切なものを奪って」
ナイフを鞘から抜き出す。
「あなたはこれからこのナイフで何度も刺されて殺されます。その映像をあいつに送りつけたら、どんな顔をするでしょうね」
足を刺した。
悲鳴があがる。
「助けて! わたしは関係ない! まだ結婚したばかりなの」
「そうですか。わたしもまだ新婚でした。つらい過去を乗り越えて、幸せになろうって誓いあったばかりでした」
ナイフで刺した。
何度も刺した。
悲鳴があがって、泣きわめいて、叫んで、名前を呼んで、助けをこうて、言葉が言葉でなくなったころに、涙にまみれた女の顔は、ついに静かになった。
わたしは女の長い髪を掴んで、カメラの前に引きずりアップで映してから顔の真ん中に突き刺してやった。手を離し、死体が地面に音を立てて転がる。わたしはカメラに向かって微笑んだ。
「それじゃあ、またね」
§
過去を思い出すととてもつらいことがたくさんあった。
それでも人間は生きていくことで、それを乗り越えたり、忘れながら新しい幸せを見つけていく。薄情だろうか。それでもわたしを愛してくれた人たちが、今もわたしの幸せを祈ってくれていると勝手ながらに考えることしかできない。
わたしは再婚した。
わたしの過去は夫には話していない。
やさしそうな人だから、きっと耐えられないだろう。
だから隠し事をして生きていくことになる。でも、それぐらいのつらさはどうしたって人生には存在するものなのではないだろうか。
インターホンがなった。
聞いたこともない宅配便の業者だった。
重そうなダンボールを玄関に置いていった。
見に覚えのないわたし宛の荷物。否、ひとつだけ覚えがある。それはどうしても体が震えてしまうもので、想像したくはないけれど、想像をしてしまうもの。
わたしはダンボールを止めていたガムテープを急いでやぶいた。そうしてふたをあける。
「ああ、あなた……」
中にはバラバラにされたわたしの夫が、綺麗に区分けして詰め込まれていた。一番上に頭が、静かに眠っているかのような表情でのせられていた。
また、殺されてしまった。
あいつに、殺されてしまった。
私が奥さんを殺したあとで、あいつは遠くへ引っ越したようだった。そうしてそこで再婚し、静かに、平和に暮らしていると調べていた。だからもうあきらめたのだと思っていた。でも、違った。あいつはまだやめる気はなかった。
「これで、10人目だよ……」
わたしはバラバラにされた夫の頭を抱きしめて涙を流す。
わたしが結婚した相手は、10人殺された。
あいつが結婚した相手を、10人殺してやった。
どうして、どうして、終わらせてくれないんだ。
「あはは……」
わたしは笑いながら、あいつの奥さんを殺す計画を練りはじめた。
あいつがどんな表情を見せるか、想像しながら。
<了>