第6回 文藝マガジン文戯杯「劇中劇」
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反撥
投稿時刻 : 2019.02.17 20:05 最終更新 : 2019.02.18 21:19
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- 2019/02/18 21:19:44
- 2019/02/17 20:05:11
反撥
金銅鉄夫


「すごく良かたよ。最後の場面を読むまで完全に騙されてた!」
 こんな風に、友人はいつも小説を褒めてくれる。


 私は学校の勉強もろくにしないで、有り余る時間を使て小説を書いていた。サイトに投稿してもアクセス数がほとんど増えない私にとては、彼女がほとんど唯一の読者だ。
 最初に小説を書いていることを告白したときは、かなり緊張した。サイトのアドレスを教えると、目を大きくして「すごいね。楽しみ!」と言てくれた彼女の顔を今でもハキリと覚えている。次の日に伝えてくれた感想は、その後何度も思い出してニヤついた。
 毎回、私にとて心地の良い言葉ばかりが並ぶので、不満なところがないのかとたびたび尋ねるのだけれど。
「ないよ。私には今よりもよくする方法なんて思いつかないし。こんな素敵なアイデアが出てこない」
 そんな褒め言葉が上乗せされる。
「自分ではなんか物足りないし、まだまだだと思てるんだけどね……
 などと謙遜はするが、口元は緩み、モチベーンは急上昇する。そしてまた次の小説に取り掛かるのだ。


  寝起きでぼんやりとしながら、シリアルを口に運んでいた私に、テレビから流れる塾のコマールを観た母が言う。
「ちんと勉強してるの? 今回のテストも点数下げて。あんたも塾に行てみたら?」
「いいよ。お金勿体無いし……
「今のままだと、来年大変な思いするわよ。去年のお姉ちんみたいになりたくないでし?」
「わかてるよ
 嫌々ながら返事をした。朝から説教するのは勘弁してほしい。咀嚼していたシリアルの食感までも不快に感じられた。
 食べ終えて支度のために鏡にむかうと、前髪に前衛的な寝ぐせがついていた。反抗的なそいつをなんとか矯正し、準備を整え家を出たのは、普段より五分以上も遅かた。
 駅までの通い慣れた道のりをとにかく走た。欲しいところには全くつかないくせに、余計なところにばかりつく脂肪を苦々しく思いながら、自分の身体の重さに、運動不足を痛感する。
 私がプラトホームに着くと、乗るはずだた電車がゆくりと、しかし着実に加速していくところだた。汗をかき真赤になているであろう顔と、せかくセトしてきたのにボサボサになた髪の毛を直す力もなく、肩で息をしながら放心状態で見送ていると、ほんの一瞬、車窓越しにクラスの男子と目が合た。フルネームも思い出せないような相手だたが、今頃笑いを堪えているだろうかと考えると、今度は恥ずかしさで顔が熱くなているのがわかた。
 次の電車に乗り、校門にいる生活指導の教師の気まぐれで、遅刻扱いされそうになりながらも、なんとか最初の授業には間に合た。体力も気力も使い果たした。
 時計と黒板と真白な自分のノートを何度も反復する行動が終わり、休み時間になると、彼女が駆け寄てきた。
「珍しく、朝ギリギリだたね。体調悪いの?」
「別に……
「そういうこともあるよね」
 そういうことがどういうことなのかわからなかたが「そうだね」と返事をした。
「今度のも読み終わたよ。すごく面白かた」
 テスト期間中は午前だけで帰れる。残りの時間を利用して書いた小説を、先週末から読んでもらていたことを思い出した。
「今回は勢いだけで書いちたんだけど、どこか気になたところなかた? 正直に言てくれていいよ」
「んー。おかしいと思うようなところはなかたけどな。むしろ勢いで書いたからなのか、リズムがすごく良いと思た」
「いつも褒めてくれるけど。たいてい表面的な感想ばかりだよね。ちんと読んでくれてる?」
 朝からのイラついた気持ちに流され、ついそんな言葉が口を衝いて出た。
……あ、ごめん」
 慌てて謝たけれど、感情的に責めた言葉に比べて、とても無機質な響きだた。
「私こそ、ごめんね」
 彼女はそう言て自分の席に戻ていた。

 それ以来気まずくて、会話をすることもなくなた。


 話せる距離にいると無視しているようで嫌だたので、休み時間になるたびに当てもなく校内をブラブラした。この時初めて学校という場所で、人の密度が偏ていることを意識した。普通教室などはどの階に行ても同じように騒がしいけれど、あまり使われない特別教室が並ぶところは、人とすれ違うこともほとんどなく、会話は滅多に聞こえてこない。それでも、怪しまれずに一人でお昼ご飯を食べる場所を探すのに数日かかた。図書室で食べていて、先生に怒られたこともあた。屋上へ続く階段が穴場だということがようやくわかり、そこを利用した。下から聞こえてくる喧騒が自分をより孤独に感じさせるが、すぐに深く考えないようになた。元々かろうじて細く繋がていただけで、そちらの世界に私の居場所はないのだから……
 私は小説を書くこともやめた。読んでくれる相手がいないのに書いたて仕方がない。暇ができたからと言て、勉強をするようになるわけもなく、テストが近づいてきても、勉強をする気にはならない。テスト中に一番頭を悩ませたのは、解答欄をなんとなく埋めておくか、潔く白いまま提出するかということだた。

 そのテスト期間が終わり、家でダラダラしていた私に母は買い物を頼んだ。いつもならあからさまに嫌な顔をするところだが、心の底から暇だたので、いつも利用しているスーパーに出かけることにした。

 母の字で書かれたメモを見ながら、青果売り場を過ぎ精肉コーナーに近づくと、試食用にホトプレートでウンナーを焼いているいい匂いが漂てきた。夕食前でお腹のすいた私の目と体はそこに吸い寄せられていた。
「おひとついかがですか?」
 聞き慣れた声に視線を上げると、彼女が立ていた。思考が停止しかけている私にウンナーを一つ手渡しながら話しかける。
「サイトに新しく投稿されなくなたけど、最近書いてるの?」
……書いてない」
「そか」
「書いても、ネトじ誰も読んでくれないし」
……それはまあ、誰だて得体の知れない物には手を出しにくいよ。私もこうやて試食してもらて、新商品を知て買てもらう。それで売り上げも結構変わるみたいだよ。商品が自分には関係がないと思てるお客さんは、全く見向きもしないけどね」
 遠くからこちらの様子を伺ている、店長らしき男の人を見つけた彼女が早口に続けた。
「私もうすぐ終わるから、一緒に帰ろ」
 その言葉に懐かしさを感じながら、新商品のウンナーを一袋カゴに入れ、小さく手を振て彼女から離れた。しばらくの間、試食用にカトされた一口サイズのウンナーと一緒に、彼女の言葉を噛み締めた。
 タイムサービスで混み合てきた店内で、慣れない買い物に苦労した。なんとかレジで会計を終えて外に出ると、彼女が待ていてくれた。
「一つ貸して」
 お礼を言て袋を一つ渡し、私たちは並んで歩きはじめる。話題をさがす私に、彼女はストレートに切り出した。
「露骨に避けてたよね。すんごいシクだたよ。前に見せてくれた作品の、周りの気まぐれでイジメられ始めた主人公みたいに落ち込んだ」
 明るい口調で私の小説で例えてくれた。シリアスにならないように彼女が気を使てくれたのが伝わたが、一言しか出てこなかた。
「ごめん」
「人付き合い下手だよね。作品ではハピーエンドな話が多いのに、本人は愚痴ばかで。友達も少ないだろうし」
 私が返事に困ていると「これくらいの仕返しは許されるでし」と彼女は満面の笑みで言た。
「ヒドイ! 性格、悪……それは私も同じか」
 二人で声を出して笑た。久しぶりだた。呼吸を整えながら、彼女が小説への感想を口にした。
「面白いと思ているのはホントだよ。毎回驚かされてるのもウソじないし」
「うん。私も褒めてくれるのは嬉しいし、次を期待してくれるのも、やる気に繋がていた。だけど、自分ではどこが良いところなのか、そもそも書いているうちに、面白いのかがわからなくなてくるから不安で……
「ずと新作を読めなかたから、サイトで読める過去の作品を読み返していて感じたことなんだけど。どの作品も文章を読んでいることを意識しなくていい。そこが私には合ている気がした」
 自分自身がこれまで意識したことのないところを褒めてもらたことがとても新鮮だた。
「だからまた読ませてよ」
「うん」
 そんな約束を別れ際にした。

 家までの道のりはあという間だた。買てきたものを母に押し付けると、私は自室で執筆をはじめた。

   (完)



「今回のはどうだ?」
 読み終え顔を上げた友人に僕はきいた。
「まあ、ふつうかな」
 彼は真顔でそう答えた。
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