第6回 文藝マガジン文戯杯「劇中劇」
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捕劇
(茶屋)
投稿時刻 : 2019.02.24 17:48
字数 : 5082
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捕劇
茶屋


「人生というのは劇です。しかも、必ずしも一貫性のあるものではない」
 目の前の男は、ギョロりとした眼を世話しなく動かしている。きっと、私と目を合わせるのが怖いのだろう。私だけではない。他者と目を合わせることが怖いのだ。それはきっと他者の視線を感じること、自分が直視されることを恐れているからかもしれない。
「私はいろんなもの演じてきました。親にとっての子供、友人にとっての友達、恋人にとっての彼氏、会社にとっての従業員。だけど、どれも自分であって自分ではない」
 鼻で笑ってしまいそうになった。自分の本質が覗かれるのを恐れながら、自己のアイデンティティーなんてものを求めている。
 では、自分探しの旅にでも出られてはいかがですか? そんな言葉が口をついてでそうになるが、もちろん堪える。思いついた言葉をそのまま漏らすほど、感情的にはなれないし、なってはいけないのだ。
「演じてきたといっても、ある程度一貫性があるのではないですか? その一貫性を含む以上、あなたは役を演じていたとしてもそこに存在しているのでは?」
「一貫性はあったとしても、役を演じる上で学習したパターン、癖のようなものです。使い古されたネジの溝が深くなって役にも立たない癖がついたようなものです。確かに、アイデンティティーというのはそういうとるに足らないものであるのかもしれませんが」
 つまり、わがままか。望み通りにいかないことへの不平不満。男の言葉にはそんなものしか感じられなかった。
「しかも、様々な役によって刻み付けられた溝だ。もともと持っていたはずの私の溝は数々の役の履歴によって覆い隠されてしまったんです」
「しかし、ネジというのはどこかにはまり込まなければあまり意味のないものでしょう。結局、劇からは逃れられず、自分勝手の劇な劇を作り出すことは難しい。演ずること、つまりはその場所に適応することを拒絶して生きていくのは不可能に近い。まずは、役を受け入れることから始めてみませんか?」
 ふと、絶えず動いていた男の眼がぴたりと止まる。
 じっと、私を凝視している。
「あなたはそれを受け入れているんですか?」
 烏の鳴き声が一つ、聞こえた。
 その声につられるように、振り返って窓の外を見る。
 レースカーテン越しのその景色は、どこか朧気でよくわからない。
「ところで今日の天気は?」
 男の声が部屋に反響して聞こえた。どこか、水底で響くかのように、低く鈍重な声が。
「わからない? では、今日は何日? 月でもいい、あるいは何年か」
 心臓の鼓動が早まってくるのわかる。
「あなたは、あなたはいったい何者なんですか?」
 思わず、そんな言葉が口をついてでる。
 思わず、
 思っても、
 口に出してはいけなかったのに。
 景色にノイズが混じり始め、ノイズは不協和音を奏でる。
「私が、わからないというのですか? よろしい、では、あなたは何者なのです?」
 ああ、幕が下りる。

「これにて、終演」

 凛と響く鐘を一つ鳴らし、もう一方の手で白紙の綴じ本を手早く開く。
 硯の墨がふつふつと煮え立ったかと思うと、それは一気に噴出して多く虫のようなものが宙に踊り舞う。
 黒い羽虫のように見えたそれは、文字だ。
 はっきりと文字の形を成したそれは、吸い込まれるように真っ白な紙の中へと飛び込んでいく。
 ぱらぱらとめくれていく頁の表面には、水面のような波紋が次々と現れては消える。
 はじめは紙の中を悠々と泳いでいる文字たちだったが、やがてその位置が定まっていき、いつしかつながりを持った文となり、ひとつの戯曲が形を成す。
 最後に糊を塗った紙で脚本に封をする。
 これにて捕劇は成った。
 やがて、虚ろだった目の前の女の目に生気が蘇ってくる。
「夢、だったのですか?」
 背負子に脚本を納めながら、私は答える。
「劇だよ。貴殿は劇を演じていた」
「劇?」
「そう、劇だ。さしずめ貴殿が演じていたのは医者か僧と言った類だろう。筋書きの細部までは私もわからん。まだ幼い劇だったから、深くまで潜る必要もなかった。さぁ、済みましたよ」
 私が戸のほうへ声をかけると、老人が部屋の中へと入ってきた。
「ありがとうございました」

 劇。
 その起源はよくわかっていないが、人類が祭祀を生み出した頃にその原型が誕生し、人類とともに進化してきたというのが近年の定説だ。
  劇は人に寄生することで進化してきた。人に演じられなければ劇は存在できず、多くの人に演じられ観られる劇はその数を増やした。劇はその種類を増やし、人に影響を与えるとともに、人からも影響を受けた。
 その力ゆえ、劇は祭祀として、あるいは教訓として、そして娯楽として人類の文化にとっても重要な役割を果たしてきた。特に政(まつりごと)における劇の効能は重大なものだった。天を動かし、人を動かす。それは一種のシミュレーターであり、モデルであり、天や人という集団にアクセスし操作するためのコード群でもあった。劇は人に有用な役割も果たしてきた一方で同時に毒にもなった。あるものは劇に溺れ、劇に惑わされ、劇に飲まれた。天を乱し、血を荒れさせる劇もあった。
 それゆえ権力者は劇を集め始め、それをうまく利用し、あるいは民衆に乱用させぬようにした。いつしか劇は国家が収集し、管理・統制するものとなった。その仕事の一端を担うもの、それが我々捕劇師だ。我々はその職名の通り、劇を捕獲する。民衆の中で自然発生し、人が演じるようになった劇、あるいはいつしか人に宿り演じさせてしまっている劇の情報を集め、それを捕獲し、封ずる。それを宮廷に持ち帰り劇庫へ納めるのが我々の仕事だ。
 しかし、膨大な劇が収められた劇庫から劇を解き放った者たちがいた。捕劇師達の抵抗によって解き放たれた劇は一部で収まったものの、その影響は甚大であり、いくつかの反乱や天変地異が起きた。解放された劇の回収はだいぶ進んではいるが、いくつかの重要な劇はいまだに見つかっていない。
 その件に絡んで、私は一時謹慎の身になっていたのだが、最近になってようやく復帰した。
 ある条件と引き換えに。
 事件を起こした主犯格、夏炉を殺すこと。
 それが私の役目である。

 街道から少しそれた道、四子ヶ森へと至る道沿いに犯人たちシアターナイツの拠点があるとの情報を得た。だが、その途中、何者かの攻撃を受けた。いくつかの矢が私の横をかすめる。腰に刺した刀で放たれた矢を薙ぎ払いながら道沿いの岩陰に身をひそめる。遠矢の角度ではない。敵はそこまで遠くにはいない。幸いにして矢の飛来する方向へはいくつかの遮蔽物があり、矢をやり過ごしながら相手との距離を縮めることができた。
 三人、いや、二人か。
 一方は手練れだ。
 そろそろ矢が尽きるころだろう。
 その予想は当たり、一人の男が剣を手に林の影から飛び出してきた。
 私の投げた短刀がその男の額を貫くのとほぼ同時に、背後から大きな圧を感じた。
 私がいたはずの地面が大きく抉られる。
 戟だ。
「宮廷からそんなものまで奪っていたのか」
 次は横薙ぎ。それをかわしながら少し懐かしい感情を覚える。
「撃誅戟だ。いい名前だろ?」
「武器に頼るな。それよりも、そのワンパターンな攻め手は良くない。バリエーションと緩急」
 良く見慣れた、懐かしい女の顔が目の前にはあった。
「いつまでも師匠気取りか? くそ爺」
「そうだった。お前に何か教えてやる必要はもうないのだったな、夏炉」
「ついに呆けたか!」
 夏炉の突き払い打ち薙ぎ斬り。どれも懐かしさを覚える癖がある。だが、速さと力は以前にも増している。実際にその通りであろうが、それ以上に己の衰えも痛感する。余裕の避けのはずが、ややきわどい。届くはずの突きが、届かない。切り払いにも以前の冴えはない。
 だが、夏炉を殺せぬほど衰えてはいないはずだ。
 あるいは、五体満足では戻れぬかもしれぬし、命はないかもしれない。
「何故、宮廷の宝物を奪った?」
 問い。
「愚問! この世に秩序などいらない! 混沌を呼び起こし、人を強くする」
 答え。
「よもや邪神を」
 斬。
「御名答!」
 突。
 夏炉の目論見、それは宮廷に封印されていた宝物を用い、封印された邪神たちをこの世に解き放つこと。一歩間違えば、この世界は滅びてしまう。
 そんなことは絶対にさせてはいけない。
 いや、待て。
 何故だ?
 何かが違う。
 何か違和感がある。

 りん。

 刀を投げやり、夏炉の斬撃から距離をとる。辛うじて懐の鐘を取り出し鳴らした。
「よもやお前の劇に惑わされるとは」
「俺も意外だよ。さすが、と言ったところだが、効かないと思って上演した劇だ」
 どこからが、劇だったのか。
 あたりを見渡せば、男の死体はある。
 戟のあたりからか。
「老いたな爺」
「父親と同じ道を辿るつもりか」
「それはどういう意味だ? お前が殺すって意味か?」
「お前の父親は禁忌に触れた」
「劇を人工的に作り出すこと? 劇に劇を重ねあわせたことか? それとも、人間に劇を埋め込んだことか?」
 
 冬扇、夏炉の父親は劇庫の保管・管理、そして時にはその使用を監督する制劇師だった。劇学舎の同期だった冬扇と私は不思議と馬があった。職務上、お互い顔を見合わせる機会があったし、稀に酒屋で飲み明かし語り合うこともあった。少々奇抜なところのあった彼は、通常運用される劇に飽き足らず、少々危険な劇にまで手を出すことがあった。後に分かったことだが、使用が禁じられていた一人芝居の類にも手を出していたらしい。劇が彼を狂わせると同時に、彼は劇を狂わせた。時に即興を加え、時には結末を変えた。
 だが、それはまだ、始まりに過ぎなかった。
 宮中で行われる祭祀劇の中に別の劇を組み込んだのだ。
 その時には大きな影響はなかったものの、いくつかの劇は使い物にならなくなり燃やされた。
 宮廷は逃亡した彼を追ったが、彼はその時、自らの手で新たな劇を作り出そうとしていた。
 辛うじて、それは防がれた。
 私が、冬扇を殺した。

 そして今度は、その娘・夏炉を殺す。
 脇差を抜く。
「父親の事はいつ知った?」
「結構昔。人の口に戸は立てられぬってな。安心しな、手前の事は怨んじゃいねえ」
 その言葉に、どこか重荷が下りたような気がしたが、それを深く考えようとする心を押し殺した。
 いまはそんな時ではない。
「なぁ、なんで俺たちは殺しあうんだ?」
「貴様が、国家を混乱に陥れようとするからだ。貴様が禁忌をなそうとするからだ」
「俺は国が劇を管理しようとするのはおかしいと思っている。父親の研究も間違っていないと思う。劇をより有効に使う探求は間違いじゃない」
「危険すぎる」
 夏炉はふとさみし気な笑みを浮かべた。
「結局これは劇なんじゃないか? 国家が俺たちに演じさせている劇だよ。俺たちは結局、国家の連中に踊らされているだけなんじゃないか?」
 夏炉は劇を演じるのが嫌いな子供だった。祭祀劇に参加するのが嫌で駄々をこねたこともあった。
 夏炉が弟子だった頃を思い出すのはもうやめた。
 やめたはずだった。
 静。
 そして、動。
 夏炉の刀が首を掠める。
 目には迷い。
 それは私も同じだろうか。
 だが、年季が違う。
 確かな感触があった。
 鼓動を感じる。
 ただ、夏炉の目を見据え続ける。
「なぁ、爺さん、あんたはいい師匠だったよ」
 鼓動はもう感じない。
 後悔はないわけではない。
 一度くらい秋祭りにでも、連れってやればよかったかなぁ。

「おい、何寝てんだ。働きすぎだぞ」
 ふと、誰かの声で目を覚ます。
 冬扇がいた。
 次第にはっきりしてくる意識の中で、雑踏の騒音と祭囃子が嫌にうるさい。
「ああ、少し疲れたようだ」
「まじめすぎんだよ、ちったぁ手を抜け」
「夏炉は?」
「ああ、焼きそば買ってくるってよ。お前またあいつに小遣いやったな」
「どうせ使い道のない金だ」
 冬扇は納得のいかないような面だ。
 昔の冬扇からは想像できなかったが、これでも父親になったということだろう。
 少し寂しさを感じる。どこか自分が置いていかれてしまったような気がして。
「夏炉を殺す夢を見た」
「はぁ? お前が?」
「ああ」
「物騒なこと言うんじゃねぇ、お前が殺せるわけないだろう。俺以上にあいつのことを考えてる」
「お前以上に?」
「ああ、違うか」
 そんなこと、想像もしていなかった。変われないでいるつもりでも、俺もどこか変わってしまったのかもしれない。
「ああ、お前に似て危なっかしい奴だからな」

 鼓動が止まった。
 刃を引き抜くと、師は崩れ落ちた。
 安らかな顔だ。
 最期の劇が、師にとって幸福なものであっただろうか。
「なぁ、爺さん、あんたはいい師匠だったよ」
 しばらく、その死に顔を見下ろしていた。
 だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
 師の荷物からいくつかの脚本を見つけ、封を解く。

 りん、と鐘をならす。

「これより、開演」
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