女神
「少年よ、私を解除しなさい」と、廃墟の女神はわたしに言
った。
「少年じゃないんだけど」
むっとなって反論するが、女神はそんなことは意に介しないとでもいうように、わたしに語りかけ続ける。
「私を解除するにはふたつの鍵が必要です。ひとつはカード、ひとつは言葉。ふたつの鍵が合わさったとき、私は復活し、世界は平和を取り戻すことでしょう」
平和な世界なんて知らない。今日の食糧を探すのに忙しいのに、ぽんこつ機械の相手をする暇なんてなかった。金属製の女神は足元が床と接合されている。それを確認するとくるりと踵を返して、この廃墟を後にした。
「待ちなさい。私を解除しなさい。そうすれば幸福が訪れますよ」
その声を背に、振り返らずに廃墟を出る。
喋る女神を見るのは久しぶりだった。もうほとんどの女神は機能を失い、この街一帯の瓦礫の一部になっている。屋根のない他の建物に入り、中を漁る。缶詰が見つかれば嬉しいが、ほとんど漁りつくされた後のようで、どこをひっくり返してもめぼしいものは見当たらなかった。
ゴム製の機械の部品をかじりながら、廃墟を転々とする。今日は収穫がない日のようだった。食糧も見つからなければ、再利用できそうな部品もない。ゴムを噛んで空腹を紛らわせるのもいい加減に飽きた。
そうしているとふと、女神のことが思い出された。喋る女神がいるということは、それなりの動力源があるということだ。せめて食糧は得られなくても、そのあたりの部品を手に入れれば糊口をしのげるだろう。
「来ましたか。私を解除しなさい」と、やはり女神は不躾に言う。それを無視して女神の足元を調べた。まっ平な鉄の床から、柱のような足が延びている。その床にはところどころに亀裂が走っていた。腰から短刀を取り出し、亀裂にそってそれを差し込むと、容易に床は開いた。中には発電機と見られる箱が、じゃらじゃらとコードと砂に絡まれながら稼働していた。
やったと思って裾をまくる。直接触れないようにしながら箱を持ち上げ、床下から取り出した。何かの数字を示している針が、その振動でがくりと揺れた。
他にもなにかないかと床下を眺めると、特徴的な色の金属片が落ちていることに気づく。手に取ってみると、それは先が透き通っているほどに薄い、金色のカードのようなものだった。
「それです。それで私を解除するのです」
女神がまだなにかを言う。わたしは珍しいその綺麗なカードに、心奪われていた。食糧と交換してくれる人だっているかもしれない。透き通った金色はそれほどの美しさだった。
「特別にパスワードを教えましょう。そのカードを私のカードリーダーに挿しこみ、『主よ来たり』と唱えるのです。そうすれば私は復活し、世界を平和に」
発電機のコードをぶちりと抜き取った。一度大きな発光を起こした後、悲鳴のような機械音を上げて女神の声が停止する。
発電機の外枠は短刀よりもずっと固い部品で作られていた。外枠を力いっぱい引っ張ってめくり取り、床で磨いて鋭い槍を作る。手を切らないように布で柄を作った。
それを女神像のカードリーダーに挿しこみ、無理やり中をこじあける。たいへんな労力だったが、他の人に見つかることなく、女神を解体することができた。
最後にこんな大漁にありつけるなんて、ついている。女神の中には果たして、大漁の火薬と、女神の腕へとつながった大漁の銃器が詰め込まれていた。