てきすとぽい
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第54回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
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〔 作品3 〕
真っ赤に染まったキッチンと硬いスポンジ
(
ごんのすけ@小説家になろう
)
投稿時刻 : 2019.12.14 23:28
字数 : 3566
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真っ赤に染まったキッチンと硬いスポンジ
ごんのすけ@小説家になろう
一つ聞いていいですか、と僕が言
っ
たら。
いいよ聞き給えよ、と彼女が言
っ
たので。
だから僕はこの惨状の理由を聞いたのだ。
******
仕方なか
っ
たことだ、と私は項垂れながら思う。
――
ああ、仕方なか
っ
たとも。だ
っ
て、成さねばならなか
っ
たんだ。
目の前に広がる赤は、何ともかぐわしく甘美な香りを立ち昇らせている。クラクラしそうだ
っ
た。
包丁に纏わりつく真
っ
赤な果肉が、ああ、何とも
……
。
「さて、私はまず何をどうすべきかな。頭でも抱えようか」
ぽつりと呟いても、何も返
っ
てこない。そり
ゃ
そうである、この部屋には私しかいないのだから。
真
っ
赤な手を見下ろして、溜め息。
今とな
っ
ては、どうしてあんなことをしようと思
っ
たのだろうかという後悔のみが私の心と頭をグルグル巡
っ
ている。
「とはいえ、だ。ここをこのままにしておくのが妙手ではないことくらい、私だ
っ
てわかるさ」
溜め息を吐きながら立ち上がれば、この惨状が自分で思
っ
ていたよりも広範囲に広が
っ
ているのが嫌でも目に入る。眩暈を押さえようと目元を手で覆えば、ねち
ゃ
り、と粘性の高い音がしてげんなりした。この赤い物が、目元にもついてしま
っ
たようだ。最悪である。
――
仕方なか
っ
たことだ。仕方なか
っ
たんだ。ああ、仕方なか
っ
たとも。
私は言い訳を積み上げながら、タオルを固く固く絞
っ
た。バケツ代わりの風呂桶にびち
ゃ
びち
ゃ
と水が落ちていく。
――
だ
っ
てまさか、君があんなことを言い出すなんて思
っ
ていなか
っ
たんだ。
絞
っ
たタオルで、床の赤を拭
っ
ては濯いでを繰り返す。
――
じ
ゃ
なき
ゃ
、私はこんなことしなか
っ
たんだ。
ごしごしと床を擦る、擦る。
――
あんなこと言わないでくれれば今頃は
……
。
なんだか、涙が出そうだ
っ
た。
というか、出た。
目じりを拭
っ
て、また一つ後悔する。き
っ
と今の私は、目じりに狐面がごとき隈取があることだろう。
「は
ぁ
、散々だな。だ
っ
て
……
こんな、こんな
……
酷すぎるだろう、いくらなんでも。なあ
……
」
愛おしい恋人の顔を思い浮かべても、目の前の赤が幸せな気持ちを崩してしまう。
私は何度目かの溜め息を吐いて、時計を見上げた。
「
……
急がないと、帰
っ
てきてしまうな
……
」
私は手を止めることなく、出来ることならこうあれよ、という願いを込めてシミ
ュ
レー
シ
ョ
ンを開始する。
この惨状を何とか取り繕
っ
て証拠隠滅して、いつも通り優雅に、そうだな、紅茶か何か
……
いや、匂いの強いコー
ヒー
の方が良い。そうだ、コー
ヒー
だ。コー
ヒー
を飲みながら、文庫本でも読んで
――
『ああ、お帰り。早か
っ
たね』と。いいね。いい。すごく普段通りだ。
ああ、なんなら、ケー
キを買いに行こう。き
っ
とそれくらいの時間はある。それから豪華な
……
うん、揚げ鶏だな。あのスパイシー
で、骨が無く
っ
て食べやすいアレを買
っ
て、それを夕食としよう。
「うんそうだな、それがいい。ああ、さ
っ
さと証拠隠滅を
――
」
ぎい、と扉が開く音がして、私は振り返ることができずに「お帰り」と呟くことしかできなか
っ
た。
******
今日は僕の誕生日で。年上の恋人は、今日は研究がひと段落して丸々休みで。それで、せ
っ
かく誕生日だから、とち
ょ
っ
と我が儘言
っ
てみて。
今日は、七限に入
っ
ていた講義が教授の都合で休みにな
っ
て、それで、早く終わ
っ
たから愛しい年上の恋人の家へと向か
っ
て
――
今日ほど、こんなに早くに彼女の家へと行
っ
たことを後悔したこともない。
「
――
お帰り」
固い声。床に座
っ
ている彼女の向こうは、赤、赤、赤
――
。
「は
……
やか
っ
た、じ
ゃ
ないか」
震えた声に言葉を返すこともできず、僕はただ立ち尽くして、鞄を取り落として。
脳みそが追いつかない。この惨状に。
僕は必死に考えて、考えて、それから小さく口を開いた。
「
……
一つ聞いていいですか」
結構冷静な声が出た。良か
っ
た。
「
……
」
た
っ
ぷり一分、間を置いて、彼女が答える。
「
……
――
いいよ聞き給えよ」
ぎこちない動きで、彼女が振り返る。自慢のあでやかな黒髪も、陶器のように白い肌も、ところどころ赤に染ま
っ
ていて可哀想で
……
でもち
ょ
っ
と、綺麗だなと思
っ
た。
僕は彼女にそ
っ
と近づいて、静かにし
ゃ
がみ込んだ。そして、ゆ
っ
くり手を伸ばして、彼女の目元に付いた真
っ
赤な真
っ
赤な物を親指で掬い上げ
――
「あの、これ何事ですか。なんでキ
ッ
チンめち
ゃ
くち
ゃ
にしてるんですか」
――
ぺろり、と舐めた。
うん、部屋に満ちる匂いを裏切らないイチゴ味である。ち
ょ
っ
とだけ感じるし
ょ
っ
ぱさがなんとも絶妙だ。
「ピ
ュ
ー
レですか」
赤を指し示して首を傾げれば、彼女はコ
ッ
クリ頷いた。
「ピ
ュ
ー
レだよ」
お次は、アイランドキ
ッ
チンで、高級そうなお皿の上でジメジメと俯いている茶色を指し示す。
「ケー
キのスポンジですか」
「ケー
キのスポンジだよ」
いよいよ顔を
――
イチゴのピ
ュ
ー
レ塗れの手で
――
覆
っ
てしま
っ
た彼女に声をかけあぐね、僕は何度か口を開け閉めしてから、彼女の手首を優しくつかんで顔から引き離した。
「僕が、手作りケー
キが食べたい
っ
て言
っ
たからですか」
「
……
いやいやいやいや、ははははは。違う違う、違うとも。ただ食べたくて、ああ、そうそうそうだとも。食べたくてだね、ついでに、手作りでや
っ
てみようと思
っ
てね。あ
っ
は
っ
は、君が言
っ
たからだなんてそんなそんな。違うとも、違うとも
……
」
たまらなくな
っ
て、僕は彼女を抱きしめた。
先輩後輩の仲だ
っ
た頃から含めれば、十年近い付き合いだ。それだけ一緒に居れば、彼女が嘘を吐くときに饒舌になる癖くらい、把握している。
「ごめんなさい、無茶言
っ
て」
「いやだからな、これは違くてだな
……
」
彼女はしばらくもごもご言
っ
ていたが、諦めたように僕の首筋に顔を埋めたようだ
っ
た。甘い匂いが近くなる。
「
……
だ
っ
て、君が要望を出すなんて珍しいことだ
っ
たから。だから、
――
作
っ
てやりたくてな」
「いや、あなたが料理を全然しない、良くいるタイプの、家庭科以外はオー
ル満点系の天才であることを理解していながら
……
酷なお願いをしました」
「おい、それは世の天才たちに失礼な言い草だぞ。料理できる天才だ
っ
ている」
「でもあなたは、出来ないほうの天才でし
ょ
う」
「それは褒めているのか、けなしているのか」
彼女は柔らかく溜め息を吐いて、それから囁いた。
「どうせなら、レシピ通りではなくても
っ
と素敵なケー
キにしようと思
っ
て
……
そしたら、爆発した」
「あなたはアレですね、ほんと、期待を裏切らないというか
……
素人はアレンジしち
ゃ
ダメなんですよ。殊、スイー
ツは科学実験と同じくらいの気持ちで臨まないと」
分量き
っ
ちり正しくか、と呟いて彼女は僕から体を離し、「あ」という顔をした。目線を追えば、僕のコー
トはピ
ュ
ー
レ塗れにな
っ
ていて、もしやと思
っ
て首筋を触れば、べ
っ
とり赤が付いた。
「誕生日プレゼント、コー
トでいいか?」
「それについては後にしまし
ょ
う。今は、床にぶちまけられたピ
ュ
ー
レを何とかしないと」
「血みたいだな。まるで殺人現場だ」
「刺殺ですか」
「出血多量でお陀仏だな
……
と、戯れはそれくらいにして。風呂場からタオルを持
っ
てきてくれないか」
僕は言われた通りに風呂場に行
っ
て、適当なタオルを数枚持
っ
た。それからついでに、昨日綺麗に磨いたばかりの湯船にお湯を張る。彼女の家はハイテクで、僕のアパー
トとは違
っ
てボタン一つでお湯張りが終わる。素晴らしい。
「持
っ