第54回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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投稿時刻 : 2019.12.14 23:57
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父のうどん
ごんのすけ@小説家になろう


 時々、思い出す。
 母が出かけた時に作てくれた、父親の味というやつを。
 思い出すといて、そう回数が多かたわけでもない。だから朧げに、『ああ、こんなのつくてくれたな』というようなものだ。その程度だ。
 
 その程度の朧げな思い出に、私は今、また、泣かされているのだから始末に負えない。

 目の前にある、煮込みうどん。適当な具材と適当な調味料で適当に味付けした、男一人暮らしにはよくあるような茶色い食卓である。
 その、煮込みうどんの味が。見た目の割にしぱすぎない優しい風味が。
 朧げな記憶と重なて。
 ――ああ、私はやぱりあの人の子供だ。
 そう思たら、別れて十年は経て私もいい年になたというのに、泣けて仕方がなかた。
 泣けて仕方なかたから、私は、父の味を思い出したあの日に思いをはせた。
 
 ******
 
 父は立派な人だた。仕事ができて、人脈もあて、友人も多い。素敵な人で、だからきと、神様は父を側に置きたくなたんだと思う。
 今のこの高齢化の進む現代において、五十代半ばの死というのは、十分、早世の部類に入るのではなかろうか。
 
 鍋に水を入れて、コンロにかける。量なんか適当だ。そこに顆粒の出汁を、これまた適当に入れる。
 次に、てんでばらばらの大きさに切たネギをぶち込んで、大根をぶち込んで――軽く火が通るまで待つ間に、卵を溶く。豪華に二つ。己を思う人なんていないから、会社の健康診断で引かかるまでは好きなものを好きなだけ――そう決めている。
 くつくつ音がしてきたら、値引きされていたうどんを入れて、回しかけるように濃口醤油を入れて、ちとだけ、みりんなんかも入れて見たりして。好みに合う味になたであろう、という、最早、頼るのは勘と匂いだけ。適当に入れて、そしてうどんの白が茶色に染またところで卵を回し入れる。私は卵とじをするのが好きだた。ふつふつゆらゆら揺れる溶き卵が、だんだん硬くなていくのを見るのが好きだた。
 
 いい具合にとろみを残しながら、コンロの火を止める。どんぶりに移すのも面倒で、新聞紙を鍋敷きに、小さなテーブルの真ん中に片手鍋を置いて――、ああ、蓮華と箸を忘れた。それから、水も。
 必要なものを全部置いた小さな机を見下ろしていたら――懐かしさを感じた。
 ああ、そうだ。神経質なところもあた癖に、作たうどんは盛りつけもしないでテーブルの真ん中に。そうだ、父もそうだた。
 少し笑てしまいながら、席に着く。
 良い匂いだ。それから、熱さもいい。寒い体に染み入るだろう。
 私は、ふうふうやてうどんを啜――それで、泣いてしまた。
 私の作たうどんは、あまりにも、あまりにも……父の味だた。 
 嬉しくて泣いて、それから悲しくて泣いた。
 私のこの味を、父の味を継いでくれる子供はいない。

 私に子供は、できない。

 ******
 
 泣いて、泣いて、泣いて――きりした。
 ストレスも、心のわだかまりも、不安も何もかも、涙で流せたような気がした。
 私はスマホを操作して耳にあてた。
 
「ああ、ごめん。起こしたか? ……そうか。あ、いや……今、うどんを食べてて……良かたら、ああ、来てくれるか。良かた、嬉しいよ。うん、うん……全部あるから、そのままで来てくれていいよ。うん。薬局も
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