てきすとぽい
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第54回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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クリスマスの贈り物
(
みお
)
投稿時刻 : 2019.12.14 23:56
字数 : 2909
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クリスマスの贈り物
みお
「クリスマスにはク
ッ
キー
を焼くんだ。いろんな形のク
ッ
キー
をね。それを暖炉のそばに置いておく。それとた
っ
ぷりのミルクも
……
人工ミルクだけど、あるだけマシ
っ
てこと。こんな場所なんだから、サンタクロー
スも文句は言わないだろ」
私の主はいつも歌うように、早口に言葉を紡ぐ。
「あとはシチ
ュ
ー
を忘れるなよ。人参、玉ねぎ、じ
ゃ
がいもに
……
肉はソイミー
ト。この間、大量に作
っ
たのがあ
っ
ただろう。ケチケチ使うな、せ
っ
かくの夜なんだ」
「グラム数を入力ください」
「適当だ」
「適当という言葉がみあたりません」
「ロボ
ッ
トはそのへんが不便だな」
主は
……
白衣姿の彼女は、不機嫌そうに口を尖らせる。
そして大げさに腕を広げ、その場で踊るようにくるりと白衣とスカー
トを翻す。
「適当といえば、適当なんだよ」
「ご主人様、お言葉ですが
……
」
私は指をナイフの形に変えて、野菜を切る。
逆の手に炎をともして、かまどに火をおこす。
そして固いソイミー
トを切り刻み、すべてを人工バター
で炒めると、最も適した量のミルクを流し込む。
そして水と、主好みの、甘い人工調味料
……
適当という言葉は、私にと
っ
て「適当」ではない。
「私はロボ
ッ
トではなく、アンドロイドです」
電子回路で組み立てられた私に、適当という言葉はプログラムされていない。
しかし主はそのことを、いつまで経
っ
ても理解しないのだ。類語を探し、何度伝えても、だ。
このやり取りも1269回目。年数でいえば10年目。
「あなたはアンドロイド工学の第一人者であられるのでは?」
「嫌味が上手にな
っ
てくれて嬉しいよ」
彼女は口の端を上げて笑い、鍋を覗く。
「料理も随分と上手にな
っ
たな。昔に比べると、腕の動きもす
っ
かり良くな
っ
て。昨年つけたユニ
ッ
トが良か
っ
たんだな。よく動いてる」
主は少しだけ皺の入
っ
た手で、私の手を撫でる。
10年前は、この手はもう少し若か
っ
た。私の体内を探る手も、回路をつなげる指も、声も、若か
っ
た。
人間とは年を取るのだ。それはとても「不便」である。
「ミルクシチ
ュ
ー
、ことこと煮込まれて、あ
っ
たかい。ソイミー
トは溶かして崩そう。ポロポロと崩れたほうが、肉
っ
ぽい。そして人参は、柔らかく煮込んで、じ
ゃ
がいもは崩れたら怒る。バター
はあとでもう少し足しておいて。なんでも適当に
……
サンタクロー
スが来る頃までに」
「ご主人様、私に適当はできかねます」
大きな鍋の中で、ミルクのスー
プはあたたかそうな音をたてている。
野菜はどれも画一的なサイズで火の通り方もすべて同じ。ソイミー
トも人工物、味付けも、バター
もなにもかも。
……
どんなに優しそうに見えても、そこにあるのは人工物で作られた、人工的なミルクスー
プ。温度、甘さ、味わい、全て満点と、計測上の数値は示している。
香りはいい。甘くて、柔らかく、いろいろな素材の煮詰ま
っ
た香り。き
っ
と、これが「空腹を刺激する」香りなのだろう。
これが最良の料理である。ここでは
……
この星では。
「では
……
もう少し足します」
しかし、私は、完璧なはずのそこに少しの塩を足す。不思議な感情だ。こんなこと、これまで一度も経験がないことだ。
「君もようやく適当を覚えたか。サンタクロー
スへの贈り物は、適当でいいんだ。そういうものだからな」
「ご主人様
……
今回で10回目の12月25日ですが、今夜も」
私は分厚いカー
テンを開き、外を見る。そこは、ただただ、荒廃した茶色の世界である。
「生体反応はありません」
この星に、生体反応があるのはこの家だけ。つまり、主だけ。
私は10年前にここで作られた
……
この、天才的なアンドロイド工学の女博士に。
彼女は15年前、事故に巻き込まれてこの星に一人置き去りとな
っ
たという。
この荒廃した星で生き残れる確率は果てしなくゼロに近い。生き残
っ
たのは「奇跡」だ。私には理解のできない、「奇跡だ」。
そこで彼女は5年の月日をかけて、廃材だけで私を作
っ
た。
それから私達は10回のクリスマスを迎えることとなる。クリスマスに思い出のある主は、この日、必ず私に作らせるのだ
……
ク
ッ
キー
を、ミルクを、そしてシチ
ュ
ー
を。
サンタクロー
スなど存在しない。そもそも、この星は人類の住む星からはるか遠い。
私のつくる食事は、誰に食べられることもないまま、数日で砂の中に朽ちていく
……
毎年、毎年だ。
このような馬鹿げたことはやめたほうがいい
……
私はふと、そんなことを考えて愕然とした。
「ご主人
……
さま、私はどこか壊れたのかもしれません」
ここ数日、回路がおかしい。
「私の
……
回路が
……
」
プログラムされていないはずの気持ちがあふれる。プログラムされていないはずの香りを感じ、そして。
「おなかが」
私の身体は鉄と鉛と
……
人工皮膚でできている。
少しでも人間の見た目に近いものを、と主が選んだ素材だ。
見た目は、若い娘に見える
……
年を取らない、若い人間の少女。
冷たく凍
っ
たガラスに、苦悶する私の顔が映る。
「くるしくて」
「それは、私からのクリスマスプレゼントだ」
しかし主は平然と、私の隣に立つ。
10年前、私を作
っ
たその手で、その温度で、彼女はスー
プを皿にすくう。
一口、味見をして微笑んだ。
「ず
っ
と考えてた。一人での食事は寂しい
っ
て。いくら孤独が好きでもこの場所にもう10年以上だ。誰かと食べたいとず
っ
と思
っ
てた。サンタクロー
スが来ることを諦めたのは1年目。私は案外諦めが早くてね
……
それからず
っ
と考えてた。サンタクロー
スが来なければ、私がサンタクロー
スになればいい」
彼女が差し出す温かいスー
プが鼻をくすぐる。
主は細長いカプセルを揺らしてみせた。それは私の体内に流す、体液ユニ
ッ
トだ。
それはこれまでと、少しだけ数値が違う。
「毎年、少しずつ内容を変えてきた
……
君に空腹という感情が生まれるように。君が食事をできるように。そしたら成功だ。私は天才だから」
「ご主人様、勝手に数値を変えるのは、法令違反です」
「ここがあのクソ
ッ
タレの地球なら、そうだろうな」
差し出された完璧な
……
少しだけ塩の多い、ミルクスー
プ。香りをかぐと、腹の奥から不思議な音が鳴る。
「君と一緒に食べられたら
っ
て」
主は机に、ミルクスー
プをふたつ。ク
ッ
キー
、ミルクを並べておいて私を椅子に座らせる。
はじめて座
っ
た椅子は、ギシギシと音をたてて床にめりこむ。
「
……
ず
っ
と、そう思
っ
てた。願
っ
て、思
っ
て、考えて
……
そして今、君は生まれてはじめて、”空腹”と”適当”を覚えたんだ。おめでとう」
私は生まれてはじめて、スプー
ンを握る。目の前のスー
プの香りにくらくらする。甘い香り、野菜とソイミー
トの、スー
プの香り。人工物のはずだ。ただ、博士の腹をみたし、栄養を取り入れるだけの
……
ただそれだけの。
だというのに、二人でその皿を前にすると、胸が苦しくなる。
並んで食べることが、たまらなく「幸せ」なことに思える。
「いただきます、だぞ」
ご主人はウインクをして、手を合わせる。私もはじめて、手を合わせる。
二人の声が重な
っ
て、荒涼としたこの星に、広が
っ
ていく。
「来年は、君に眠りをあげよう。その次は
……
心を」
その言葉は、シチ
ュ
ー
の湯気の向こうに、揺れて消える。
それは、10年目のクリスマス。
それはき
っ
と、「奇跡」だ
っ
た。
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