てきすとぽい
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第11回 文藝マガジン文戯杯「あの世」
〔 作品1 〕
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二進数でできた世界
(
バルバルサン
)
投稿時刻 : 2020.04.11 19:53
字数 : 4082
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二進数でできた世界
バルバルサン
魂とは、電気信号である。
脳内のニ
ュ
ー
ロンを駆け巡る、電気信号。それが、われわれの意識であり、魂の正体である。
脳が停止した時、ニ
ュ
ー
ロン内の電気信号も消え、我々の体も停止する。
それが、死だ。
電気信号を、デジタルにすると、ゼロと一の二進数になるようだ。つまり、我々の意識、魂は、ゼロと一で構成されている。
そう、それがこの世界の真実。この世界で、泣いて、笑
っ
て、怒
っ
て、悲しむのは、ゼロと一の組み合わせ。所詮、組み合わせなのだ。
◇◇◇
親父は、頭の良い人だ
っ
たという。頭が良すぎるくらいに、良い人だ
っ
たらしい。
らしい、というのは。俺は親父の科学者としての面をほとんど知らないからだ。親父は、俺や母さんの前では、とても優しい父親だ
っ
た。テレビで笑
っ
て、俺のすることを喜んでくれて、偶に母さんに怒られて、ち
ょ
っ
ぴり涙ぐむ。そんな、優しい人間らしい人だ
っ
た。
だけど、俺が知
っ
ていたのは、本当に親父の一面だけだ
っ
たらしい。
親父が死んだのは、つい先日の事。高校への入学を祝
っ
てくれた数日後、精神脳心理学研究所とかいう、何やら怪しい名前の科学研究所の所長だ
っ
た父は、研究所での事故で死んだ。や
っ
と、悲しみも癒えはじめて、親父の遺品の整理をしていた時に見つけたのがこのノー
トだ
っ
た。
難しい数式のようなものが書き殴られたノー
トの最後のペー
ジに書かれていた一文。
「世界の真理と摂理によ
っ
て、魂あるものに幸福を与える」
この文は、一体何を意図して書いたのだろうか。このノー
トに書かれた数式の意味する事は?
俺も、科学者の息子らしく、興味を持
っ
た。持
っ
てしま
っ
た。
俺の人生の当面の目標は、このノー
トの意味を、解き明かすことにした。
そのために沢山勉強した。三年間、必死で。そのかいあ
っ
てか、このノー
トは、脳科学についての何からしいということが解
っ
た。
そして、必死の勉強あ
っ
てか、東京の有名大学に進学することが決ま
っ
た俺。母さんも喜んでくれた、その翌日の事。
俺は、車に轢かれた。
◇◇◇
意識は、ゼロと一の組み合わせである。
ならば、世界はどうだろうか、我々が感じている、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。それら全てを世界と定義すれば、ゼロと一にできるのではないか。
現に、マウスを使
っ
た実験では、マウスの感情などをグラフに表すことができている。つまり、この実験で使われているマウスの世界は、ゼロと一で説明できるということだ。
ならば、同じく脳を持ち、五感や意識、思考を高いレベルで備えている人間の世界を、ゼロと一で構成できないと、誰が言えるだろうか。
だから、私は。
◇◇◇
苦しい。まるで、水中で呼吸しているかのようだ。いや、その何百倍も苦しい気がする。
ここはどこだろう。瞼を開けたいのに、空かない。
ひどく寒い気がするのに。寒いという実感というのだろうか、それが沸かない。
時間が経
っ
ている気がしない。ず
っ
と、時間が止ま
っ
ているような、そんな気持ちの悪い感覚。
一体、ここはどこだ。俺は、どうな
っ
たんだ?
その時だ
っ
た。何か、震えるような響きが襲
っ
てきたのは。
「瞼を開けるんだ、和樹」
響きとしか感知できない。そんな振動なのに。その振動が伝えたいことが何故か分か
っ
た。
俺は、もう一度、瞼を開けようとする。すると、驚くほどにすんなりと瞼が開いた。と、同時にこれ以上ない驚きが、俺を襲
っ
てきた。
何か、驚きの声も出てこない。それほどの驚愕。
なぜなら、白衣を着た父が、目の前に立
っ
ているのだ。そして、父の背後、そこには、膨大なゼロと一の数字が、まさに世界の果てまで並んでいた。後ろを向けば、俺の後ろにも、び
っ
しりと。
それだけなら、意識のは
っ
きりとした夢と片付けたかもしれない。だが、何か生々しい、現実感がこの世界にはあ
っ
た。
「少し、大きくな
っ
たな。和樹」
「お、親父?なんで、
っ
ていうか、ここは?」
俺の様子が可笑しいのか、クスクスと親父は笑う。いつも、家でしていた、優しい笑い。
だが、状況の異様さが、その笑いを不気味にさせる。
「ここは、死後の世界と、現実の狭間だよ」
◇◇◇
私のやろうとしていることを、誰一人と理解しない。
それどころか、私の計画を聞いた人は、みな冗談を言
っ
ていると捉えるか、奇異と恐怖の目で見てくる。
なぜだ、私のやろうとしていることは、過去と現在を見て、誰一人成功せず、また、やろうともしなか
っ
た。そんな素晴らしい実験なのに。
まだ、私の研究が理解されるには、世間や人は幼い、そういうことなのだろうか。
だが、この研究と実験は、やめるわけにはいかない。私の義務であり、責務だ。
先日、高校に上が
っ
たばかりの和樹のためにも、絶対に成功させる。
そう、絶対に。
◇◇◇
「死後の、世界?じ
ゃ
あ、俺は死んだのか」
俺の、絶望的な感情とともに吐かれた言葉。それを聞いても、父は不気味な優しい笑いを崩さない。
「いや、少し違うね。和樹は、後ろに広がる現世で、死んだ。でも、まだ死後の世界には行
っ
ていない。だ
っ
てここは、死後と現実の世界の狭間だから」
「どういうことだよ、全然わからない。死んだんなら、死んだで、死後の世界があれば、そこに行くものだと」
「そうだ、死んだら、普通はこの先の死後の世界へ行く。でも、和樹。お前は行かない」
親父が。何を言
っ
ているのか、さ
っ
ぱりと理解できない。いや、理解するの、何か心が拒んでいる。そんな嫌な感触。
そもそも、親父と俺の後ろの、ゼロと一の壁のようなものは何だ?
「さて、和樹も疑問に思
っ
ているであろう、このゼロと一の壁について、説明しようかな」
そして、親父はいたずらが成功したかのような、そんな笑みで俺に近づく。
「和樹、私の後ろの壁が、死後の世界だ。そして、和樹の後ろの壁が、現世とでもいえばいいかな」
「え?」
「これが、私の研究と実験の成果だよ、和樹。私は、現世と死後の世界を、ゼロと一で再構築したんだ。私の死と同時に、ね」
◇◇◇
私は、死後の世界があるかという人間の潜在的恐怖。それに打ち勝つための研究を続けてきた。
そして、や
っ
とたどり着いたのだ。世界を、ゼロと一で再構築する方法に。
これを実行することにより、この現世と、魂の世界、所謂死後の世界というものを、ゼロと一で再構築できる。
世界は、二進数で表現できる。ゼロか、一か。この法則を支配することにより、私は。
すべての魂あるものへ、幸福な未来を約束することができるのだ。
◇◇◇
「ど、どう言うことだよ。この、ゼロと一の壁が、現世と、死後の世界?」
「私の言葉の通りだよ。いいかい?我々の世界は、すべてゼロと一で構成されている、脳の電気信号によ
っ
て表現されている。なら、実際にこうしてゼロと一に構成できても不思議ではないだろう?例えば」
親父は壁に触れると、ゼロと一でできた塊を取り出す。するとどうだろう、そのゼロと一は、リンゴにな
っ
た。
さらに、壁から塊を出すと、それは包丁にな
っ
た
「こういう風に、リンゴも、包丁も。全てゼロと一だ」
父は、リンゴを剥き始める。そして、剥かれた皮は再びゼロと一へと変換され、壁へと吸い込まれていく。
そして、剥いたリンゴをかじりながら、父はなし続ける。
「さて、理解できたかい?私がゼロと一に、世界を再構成したことを」
「まあ、理解
っ
ていうか、その、凄い事過ぎて理解が追い付かないんだけど。ところで、俺は」
「死んだんじ
ゃ
ないのか、という疑問だね。確かに、和樹は死んだよ。で、この死後の世界のゼロと一に組み込まれるはずだ
っ
た。それを、私が止めたんだ」
「え」
「まだ、和樹はやりたいことがたくさんあるだろう?だから、こうして、死後の世界へ行くのを止めたんだ」
「ど、どうや
っ
て」
「ははは。魂も、所詮ゼロと一。そう再構成した私に、不可能はないよ」
なんというか、言葉が出てこなか
っ
た。目の前の存在は、なんだ?
本当に、親父なのか?あの、優しか
っ
た親父が、こんな、狂気の沙汰のようなことをするのか?
世界を、ゼロと一。そんな二進数で支配するなんて。
「さあ、長話が過ぎたね。さあ、和樹が生き返るよう、ゼロと一の値を変えようか」
「ま、待
っ
て。俺を、生き返らせるなんて」
「生も死も、所詮はゼロと一の上の出来事。変えるなんて造作もない」
そんなの、間違
っ
てる。た
っ
た一人の人間が、世界を支配するなんて。
生き返ることができるのは嬉しい。やりたいことはたくさん残
っ
ている。
でも、何かが訴えてくる。こんなのは、間違
っ
ていると。
「親父は、生き返らないのかよ」
「ああ、私は、二つの世界の管理をしなければならないからね。じ
ゃ
あ、生き返
っ
たら、お母さんによろしくな」
「どうすれば、生き返ることができる」
「後ろの壁を触ればいい。それだけだ」
「そ
っ
か。わか
っ
たよ」
俺は、ある決意をも
っ
て、後ろの壁を触る。
礼の言葉は、言わなか
っ
た。
◇◇◇
生き返
っ
た俺は、再び勉強を始めた。
この世界は、ゼロと一でできている。今飲んでいるコー
ヒー
も、書いている紙も、持
っ
ているペンも。
俺の怒りも、全て。
親父は、あの存在は。もう、優しか
っ
た親父じ
ゃ
ない。自分を、神かなにかと勘違いした存在だ。
ならば、俺が止める。この世界を、ゼロと一の支配から、奪い返す。
そのための研究を俺はしている。科学者として。親父だ
っ
た存在を止めるために。
死後の世界も、この世界も。俺が再び、元の世界に再構成する。この決意も、親父の掌の上かもしれないけど、知
っ
たことじ
ゃ
ない。
そもそも、親父はすべてを支配出来てはいない。支配できているのなら、俺が車に轢かれることもなか
っ
た。
だから、チ
ャ
ンスはある。
この世界は、もしかしたらゼロと一で表現できるかもしれない。
だが、それを絶対と思い、神を気取
っ
た親父の支配からは、脱却しなければならない。
絶対に、絶対に。
俺たちの、自由のために。
自由に生きて、いつか死んで。だから必死に生きて。けど死ぬ。
だから俺たちは生きるんだ。
自由に、全てを感じ、ゼロと一だけじ
ゃ
ない、様々な多様性の人生を送り、死ぬ。
だから、生きるんだ。
それを、あの世界で世界を支配する親父に、教える。
それが、俺の命題。
一生を生きる、意味とな
っ
た。
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