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第11回 文藝マガジン文戯杯「あの世」
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面影が崩壊して行く
 投稿時刻 : 2020.05.12 23:59
 字数 : 2195
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面影が崩壊して行く
押利鰤鰤@二回目



 少し昔。
 まだスマホどころかガラケーも無かた時代。
 親の世代の中でも営業職に付いている奴だけがポケベルを持ていたくらいの時代。
 世の中はバブル景気の盛りの頃で、華やかで賑やかだた時代。
 大工で個人事業主を親に持た俺には何の恩恵もなかたけれど、それなりに未来に希望がまだ持てた時代だたと今になても思う。
 そんな時代に高校生になたばかりの俺は死んでしまた。


 激しい衝撃を体に受けたのは覚えている。
 その衝撃がスと通り抜けたと思たら、足元の血溜まりの中に上半身と下半身が密にならない様に分かれた俺がいた。
 頭部は生涯で二度と麻婆豆腐が食えなくなる状況になており、その影響かどうかはわからないが頭の中は真白だた。
 どうやら大型ダンプカーに轢かれたようだ。
 ダンプカーから運転手が降りてきて、口からいろいろ吐いているが、それは俺の肉体の状況を見てなのか、事故を起こしてしまた事に対する精神的重圧から来るものかはわからないし、知たことでは無かた。
 俺が心を痛めるのは、目の前で俺の脳味噌を一生懸命、割れた頭蓋骨中に戻そうとしている付き合い始めたばかりの彼女の春の事だけだ。
 真新しいセーラー服が俺の体液で、酷く汚れていた。

 「もういいよ、春。そんな事しても俺はもう死んでるよ。汚れるからやめてくれ」
 
 当然のように俺の声は聞こえるはずはなく、一通り大雑把に脳味噌を詰め込んだ春は、次に下半身を引きずてきて上半身と合わせようとするが、さすがに内臓関係は辺り一面に散らばたり、ダンプカーのタイヤに持ていかれたようで、あきらかに内容物が足りないのだが、春は汚れた手で額の汗を拭うと小さく良し‼︎と呟いた。
 何が良しなのか、いまいち俺はわからなかたけれど、今の精神状態ならばそこで納得するしかなかたのかも知れない。
 遠くから救急車のサイレンが聞こえて来る。
 そこで春は気を失てアスフルトの上に倒れた。


 幼なじみを好きなると言うことは、そんなに珍しいことではないだろうと思う。
 容姿端麗、質実剛健、文武両道となれば相手にとて不足は無い。
 逆に問題は俺にあると言えたのだが、惚れた方の負けであると言うことは言うまでもなく、恋心に気がついた中一の頃からの微妙な距離を取り続けたのだが、高校生活を桃色ゴールデンタイムとする為に一念発起したわけだ。
 俺の告白に真赤な顔をして正拳突きで答えてくれたと言うわけである。
 水月に無呼吸になるほどの痛みを抱えたが、後の祭りである。
 俺の頭の中には既に詳細な人生設計があた。
 高校をイチイチとしながら卒業し、程々の大学をふんわりと卒業して、お互いに手取り三十くらいの会社に就職。
 二十代の半ばで結婚して、子供は三人程度。
 三十代の早めに庭付きのマイホームを建てて、慎ましく幸せな人生を送り、定年後は歳を重ねた春と時々旅行にいたりしながら、最後の日まで子供達に頼る事なく二人で生活していく。
 できれば八十くらいまで生きて、先に逝くのは俺だ。
 そんな夢のような日々が、本当に夢になてしまたなと、自分の葬式に高校のクラスメイト達と一緒に参列しながら考えていた。
 横にはずと泣き続ける春がいる。
 余りにもずと泣き続けているので、俺は春が壊れてしまうんじ無いかと心配になた。
 その春を支えているのはクラス委員長の何とか言う女子だ。
 委員長も泣いていたが、クラスメイトになて二日目の名前も覚えていない女子に泣かれる覚えは無いのだけれど、今は春を支えてくれている事に感謝しておこうとは思う。
 葬儀は進み、俺の体は火葬場に運ばれて骨になり墓に入れられた。


 死んでしまた事は仕方ないと思て諦めるしか無いとは思う。
 ただ目の前で凄惨な事故を見た春の精神状態が心残りだた。
 それが気がかりで俺はあの世に行けず、春の周りをウロウロする浮遊霊をしていた。
 死んだ魚のような目で、数月過ごした春は、委員長のやクラスメイト達の支えのおかげもあり、少しづつ笑顔を取り戻していく。
 それでも夜はベトの中で泣いている事が多かた。
 それが俺が死んでしまた事が原因なのか、春が負た心の傷が原因なのかはわからない。
 俺はただの浮遊霊であて、春の心の中を知る事はできない。
 俺は彼女が早く俺のことなど忘れて、幸せな日々を暮らすことを願うだけだ。


 俺が死んでどれだけの日々が経たのか浮遊霊の俺にはわからない。
 ただ春は高校を卒業し、地元を離れて進学した大学も卒業して就職した。
 以前のように毎晩ベドの中で泣いてることもなくなり、表情も明るくなた。
 交際を求められることも多いが、やんわりと少し悲しそうな顔をして断りを入れている。
 今年の命日に俺の実家に顔を出した時、春に年老いた親父が言た。

 「春ちん、もう来なくていいんだよ。アイツが死んで随分経た。俺たちを気にしてくれるのは嬉しいけれど、春ちんには早く幸せになて欲しいからね」

 春は少し困たような顔をして、そうですねと言た。


 俺が死んでどれだけ経たかわからない。
 ただ春が五年付き合た同僚と結婚した。
 同僚の猛アタクに根負けした春だた。
 プロポーズを受け入れた時の春の笑顔は俺の知らない春の顔だた。
 

 俺が死んでどれだけ経たかわからない。
 春に孫が生まれた。
 もう俺の知らない春の姿だ。


 春が亡くなた。
 老衰だた。
 俺は何であの世に行けないのだろう?
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