君の最後
鶏は49日、豚は半年、牛は2年半。鶏は低コスト、短期間で利益化できるけれど、売値が低い。牛は高コストかつ利益化するのには2年半待たなければいけないのだけど、高く売れる。豚が一番ち
ょうど良いような気がする。一度にたくさん生まれるし。1頭から10頭前後ぐらいに増える。コスパいいなあって思う。
そうそう、動物を数えるときの数え方。これはこの前教えてもらったのだけど、食べた後に残る部位で数えるらしい。例えば鶏だったら1羽、2羽。牛や豚は1頭、2頭。人間は1人、2人、3人と数えるから、全部位食べないんだなあって思うよね。
大学の同級生だったミキがこの間、子供を産んだ。20人いた同級生の中で一番早かった。インスタグラムに載っていた写真を見たけれど、しわくちゃで、まだ髪の毛が羊水でぬめっとしていた。特になんの感情も湧かなかったけれど、とりあえず何かしら反応をしないと薄情者だと思われそうだったから、おめでとうとコメントをしておいた。あれをかわいいと思えるわけだから、だって思わないとインスタグラムに載せないだろうから、すごいなあって。
1年後の芋虫が、今、目の前にいる。正確には芋虫だった、もの。かつての芋虫はよだれを垂らしながら、四つん這いになって部屋中を動き回っている。芋虫というよりは、キッチンにたまに出てくるアレ、かな、なんて。
私とミキの家に一緒に来たアケミは、さっきからずっとかわいい、かわいいとうるさかった。アレを抱き上げては、頭皮のにおいを嗅いだり、自分の指を握らせてみたりしていた。アケミの履いている黒いスカートには、よだれが乾いて白いシミになっている。
「ミキに似てすごくかわいい、こんなにかわいい赤ちゃん初めてみるよ」
哺乳瓶を持ってキッチンから戻ってきたミキに、アケミが話しかけた。そうかなあ、と首を傾げるミキは、アケミと全く同じ意見のようだった。
「ミキもすっかりママだね! 育児って本当に大変そう。ちゃんと眠れてないでしょう。ちゃんと旦那さんにもパパしてもらわないとダメだよ」
「えー、全然ママできてないよ、本当にダメダメ。インスタで他のママさんの投稿見ては、自分のダメさに落ち込んでる」
「みんな見栄張ってるだけだって! 私からしたら、ミキは本当にすごいと思うよ、尊敬する」
隣で赤子をまるで我が子のようにあやすアケミの声は、いつもよりキンキン甲高く、耳障りだった。
「ほら、和美も抱っこしてみなよ。愛おしさがすごいから。母性がマジで目覚める」
「力加減がわからないから、大丈夫だよ。アケミになついてるみたいだし。私は横でかわいい顔がずっと見れるだけで楽しいから」
潔癖の片鱗がある私は、どうしてもあのよだれが嫌だった。
「力加減ってなに、和美おもしろいこと言うね。ちょっとやそっとじゃもう死なないから大丈夫。折角だからさ、ヒカルにミルクあげてみない? 」
ミキから無理やり握らされた哺乳瓶は生暖かった。人肌は生暖かいのか、と思った。
「ヒカルくん、アケミお姉さんから和美お姉さんのところにいこうね。大丈夫、和美お姉さんはすごく優しい人だから、安心してね」
アケミは私の膝の上に仰向けに赤子をのせ、私の左腕をぐいっと引っ張り赤子の身体に巻きつけた。アケミの力は強く、掴まれたところが痛かった。見ると、赤く指の跡がついていた。昔牧場で子ヤギにミルクをあげた時のことを思い出した。あの時みたいに口元に哺乳瓶を持っていけば勝手に飲んでくれるだろう。
あ、飲んだ飲んだ、かわいい、かわいい、とアケミが騒ぎ出した。
そうでしょう、私の赤ちゃん、私のかわいいかわいいヒカルちゃんは、すごくかわいいでしょう。ほら、あなたもかわいいと思うでしょう、とミキが私の顔を覗き込んでくる。
脅迫されているようだった。
ミキの視線から逃れるように、目を落とすと、腕の中で粉末ミルクを飲んでいる赤子と目が合った。
この子が出荷されるまでにはあと何年かかるのだろう。最近は大人になるまでに時間がかかるみたいだから、30年ぐらいかな。
最後に残る君は、どこだろう。