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第56回 てきすとぽい杯
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馬鹿なオンナ
珠樹
 投稿時刻 : 2020.04.18 23:44
 字数 : 1822
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馬鹿なオンナ
珠樹


『いずれ時間が解決してくれる』

昔からよく言われる言葉ではあるけれど、それがほんの気休めにしかならないことを私は知ている。

て、時間は巻き戻せない。起こた出来事も、抱いた感情も、無かた状態には戻せない。消しゴムのように、消すことは出来ない。

時間ができるのは、全ての出来事や感情を過去に置き去り、手の届かない遠い遠い所へ追いやてしまうことだけだ。


「ああ、久しぶり」
……ええ、お久しぶりです。潮崎先輩」

どうして唐突にそんなことを考えているのか。それは過去に追いやたはずの苦い思い出が人の姿をして現れ、あまつさえ私に爽やかに挨拶なんかしてきたからだ。

瀬崎駿介。高校時代の私の先輩。部活動でとてもお世話になた、わけでもないけれど。それでも先輩であることには変わりない。

それは高校を卒業し、大学生を通り越して、社会人になてくたびれ果てた今でもだ。

そうじなければ、見なかたふりをして足早に通り過ぎてやるのに。こんな男。

「笹原飲み物足りてる? 向こうにバーコーナーたけど」
「御心配なく。充分頂いてますから」

さりげなく視線を外しながら、自分のスカートに目を落とす。
今日のために下ろした紺色のワンピース、少しヒールの高い華奢な靴。お洒落は武装だ。
高校時代に所属していた部活の創部100周年を祝うという名目で開かれたパーたけれど、気を抜かないでお洒落をしてきてよかた。

お洒落は武装だ。人の心を少しだけ強くする。

「それにしても、先輩ともう一度こうしてお酒を飲む日が来るなんて思てもみませんでした」

勇気を出して、目の前に立つ男の目をしかりと見つめ返す。
スラリと伸びた体躯に、人懐こい整た顔。高校の時からイケメンだと騒がれていた人だたけれど、時を経てもその外見は変わらないらしい。

そ目も当てられないくらいの肥満体形くらいになていてくれた方が、有難かたんだけど。

「そうだね。まあ俺は、こんな大勢の中じなくて2人きりが良かたんだけど」
「御冗談を」

口の中が緊張で乾く。余裕のあるふりをして、手にもたシンパンを少しだけ口に含む。
心臓がうるさい位鳴ていた。

……大人になたね。お酒を飲む姿が様になてる」

ああ、もう。どうしてそんな目をして私を見るのだろう。この男は。
お陰で余計なことまで思い出してしまた。

『帆奈美。20歳の誕生日おめでとう』
学生用の安いアパートのちぶ台を囲んで、缶チハイで乾杯した20歳の誕生日のこと。

あの時一緒にお酒を飲んだ恋人は、今私の目の前で優雅に赤ワインを傾けている。
今となては元・恋人だけど。

「その言葉、そくりそのままお返ししますよ」
「言葉遣いも、生意気になた」

憎まれ口をたたいても、ちとも動揺してくれない。面白くない。
でももと面白くないのは、時間が経て色あせたと思ていた感情が、鮮やかな色をして蘇て来たことだた。

「ね、ささはら。俺今日このホテルに部屋取てるんだ。しかもダブル。……この後一緒に飲み直さない?」
「は?」

思わず声が漏れた。この男はなんてことを言い出すのだろう。
ホテルの部屋で、男と2人きりでお酒を飲む。しかもダブルベドのある部屋。

その意味が分からない程、私は子供でもなかたし、アルコールが回ているわけでもなかた。

「実は今日、お前に会えるかもと思て。美味しいお酒も用意してるんだ。……明日、誕生日だろ? お祝いするよ」
、お願い。帆奈美。

そう言て彼は、シンパングラスに添えられた私の指に意思を持て触れて来る。その指の温度は、アルコールのせいにするには熱すぎて。お酒よりもその熱にのぼせてしまいそうだた。

ダメだと言わなければ。拒絶しなければ。別れた時の、あの胸の痛みを忘れたわけじないだろう?

そう自分に言い聞かせてみても、思い出すのは彼と過ごした楽しい思い出ばかりで。
ぱり時間は本当の意味で何も解決してくれていなかたのだ、とため息を吐きそうになた。

……一年後も、ちんと私の誕生日祝てくださいね」
「もちろん。約束する」

預かておいて。

カードキーを私に押し付けて去ていた背中を睨みつけながら、私は心の中で『ごめん』とつぶやいた。

一年後の自分に宛てた、謝罪の言葉だた。それが何の慰めにもならないと、知ていたけれど。
せめて『馬鹿なオンナ』と笑てくれたら。

『ごめんね。帆奈美』

ああ、なんて因果か。あの男と同じ科白だなんて。
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