ダンシン、ツイスティン 31536000 ウィズ セコンドハンド, サードハンド それとブルー
「かつと、吾の頭の割れたんじ
ゃい
――今度生まれ変わったら」
耳をろうするような爆音の幻聴の中で、聞き覚えのある声がそんなことを言っていた。
正樹は自室に据え付けた安物の折り畳みベッドの上で、すっかり本来のしなやかさを失ってしまったマットレスの上でまんじりともせずに夜をやり過ごそうとしていた。
枕代わりの折りたたんだバスタオルと、その横には胆汁と心療内科の先生に処方してもらった薬がまじりあったもので黄色く染まったフェイスタオルが絡み合っている。
無理に眠ろうと、信じられないくらいに安いウイスキーで薬を流し込んだ当然の帰結だ。
毎夜毎晩のことに、すっかり鼻は慣れてしまっている。
耳が詰まるようなノイズの中に、唐突に祭囃子やあるいは大きな駅のホーム上のような音、今まで耳にした音、していない音が流れ込んでくる。
「一年後には」
誰かが言った。来年の今頃には何もかもがすっかり良くなるだろうか。、みんな明るく楽しく正しく暮らしているのか。
自分だけは、ずっと自分の頭の中に築き上げた地獄から抜け出せやしないのだ。
いつからこんなことになったろう。中学生の時にしないで眼を突かれて失明したときか。父親の愛人に首を絞められた小学生のころか。
真っ暗にすると眠れない彼の部屋は、夜通しオレンジ色の常夜灯にぼんやり照らされている。ホームセンター求めた安物の時計が、じりじりと時を刻んでいる。もうすぐ午前3時をまわるころ。
聴覚過敏の正樹の彼が気にならないようにと、自身で求めた秒針が滑らかに動くタイプのものだ。
世の中に対してできることなんてないし、したいこともない。けれども、世の中のは正樹をじりじりと締め上げてくる。ゆっくりと衰退を迎えその速度を次第に増しつつある世界は、考える時間だけはたっぷりとある彼を絞り上げるように痛めつける。
生まれつき視力の問題のあった彼の体は、それを補うように聴力を発達させた。けれども、スティービーワンダーにはなれなかった。レオンハルト・オイラーにも、なれなかった。
音楽の悪魔は街角で正樹の魂を買ってくれなかったし、幼いころの正樹にとって数字は紙の上のぼんやりとした黒いしみでしかなかった。
かくして今夜も彼はこぼしたコーヒーや血液ですっかり茶色くなった絨毯の上に屹立する。薬の副作用ですっかりそれ自身としての機能を喪失した逸物を弔うかのように、勃つ。
よろけていようとも、手足は痩せこけているのに腹だけは中年サラリーマンのようにでぱってみっともなかろうが、確かに屹立する。
浅く速い呼吸に合わせて薄い口髭の揺れる音、肺胞が膨れまたしぼむ音、心臓が血液を体中に送り出す音、あらゆる体液が体を巡る音、シナプスが発火しまた別のシナプス発火を励起する気配までが確かに感じられる。
幻聴はいまだ去らない。祭囃子が献上からゆっくりと降りてきて足元からせりあがり去っていく。
「ぶち石を使ってやれ」
初めて聞く声とことば。
涙腺が新しい涙を絞りだし、瞼を裏を潤す。
体中が生きるために死に物狂いで踊っているのを感じる。
現実はいまだ去らない。
ところで、君が踊っているのを感じたことはあるかい?