第57回 てきすとぽい杯
〔 作品1 〕» 2  13 
Rove
酔歌
投稿時刻 : 2020.06.13 23:12
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Rove
酔歌


 高校生の頃に恋にあた。ただ同じクラスで、同じ部活で、特別に接点があるわけでもなかた。ただ私はその長い髪と、突然湧き出てきた言い知れぬ恋愛感情に身をまかせ、告白の処女を彼女に捧げようと思たばかりであた。
 吊り革を握るいくら汗が出ようとも、周りを気にする暇もなく、ただひたすらに取り返しのつかない一人芝居と、伴て生まれた焦燥感が漂ていた。
 すかり簡単に引導を渡されたわけでもなく、彼女方から、自身の単調さに対する謝罪と、ただ彼女と、存在しただろう彼女の恋慕の対象との幸福な将来に、自分が闇夜の道へ誘う笛吹を演じてしまたのではないかと、ただ万年床の上で泣いた。
 ゼミ研究で忙しくなた頃、大学施設の資料館でたまたま居合わせた女と付き合た。今回好都合だたのは、言い寄たのが彼女の方で、軟弱者の自分自身での決断をあさりと決めることができたことである。だがその恋も、いつか彼女の方が目が覚め、向こうから去ていたのである。
 彼女が冷蔵庫に置いていた煮物を食べながら、彼女は結婚を見据えながら本気で向かてきていたのに、都合の良い相手としか見れなかた自分を、これほどまでに悔いた夜はなかた。
 恋を探して生きている。しかし、恋が愛に変わらないうちは、その全てが何かが理由で悲劇に終わることも、あるいは悲劇に陥れられることも、誰しも知る通りである。
 学宿に帰ると葉書が二枚来ていた。そこには高校の同窓会のお知らせが書かれており、一つは私、一つは伊澄のものであた。これは、私の名前が伊泉で幹事が間違えて投書したと思われた。同室生にその件を話すとやんややんやと騒ぎ立てられたが、私自身に、彼女に対する感動も情熱の一片も残てはいなかた。
 私はその葉書を送り返さず、高校以来仲良くしていた同級生に頼み、例の伊澄のマンシンの場所と号室を教えてもらい、直接投書することを選んだ。マンシンのポストを開き、葉書を投函して、静かにその場を離れることは、自身の自制を試してこれ以上彼女を不運の風に吹かせたくなかたばかりの行動である。
 帰りのバスで、私は吊り革を握てみた。焦りも不安もなく、二の腕から常備のシーブリーズが静かに薫ると、いつの間にか心の中で、高校生の頃の醜態が惨めでありながらも輝かしく特別な体験であたように感じた。現在の自身の一辺倒さは、天地が呆れ返るほど透明な一枚のプラスチクの板のようだた。
 私は静かに茶を飲み、明日からの生活に向けて眠りにつくことしかできなかた。
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