第57回 てきすとぽい杯
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あしながおじいちゃん
投稿時刻 : 2020.06.14 16:17 最終更新 : 2020.06.14 16:18
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- 2020/06/14 16:18:05
- 2020/06/14 16:17:31
あしながおじいちゃん
わに 万綺


 豪華絢爛な祭壇の真ん中に僕の父親の顔がある。なんかパーみたいだな、誰かとちかいをかけあてるみたいにほんの少し左を向いて笑う赤ら顔をした若い頃の父親は、自分の葬式にこの顔が使われるなんて思いもしなかただろう。なんでこの写真が遺影としてこうでかでかと飾られてしまたのかは僕の知るところではないけれど、この写真のたたずまいのお陰か、世界中がウイルスのせいで混乱しているのに加えて親族間の激しい内輪揉めまで巻き起こたにも関わらず、葬儀自体はなんだかちとふんわりした、楽しさ、みたいな感じを残して終わた。
 県西の田舎町では割と名の知れた大地主みたいなやつであたらしい僕の父親、というか父親の「家」は、その大半を既に都会の不動産管理会社に預けてしまていたものの、所有権だかなんだかを手放したわけではなかたので、葬式の前日まではその遺産争い、的なもので「本家」の応接間はしかめかのどたんばたんのとにかく大変な騒ぎだた。とりあえずといた感じでそのながーい机のお誕生日ポジシンに座らされた僕はその応酬をキロキロしながら眺めることしかできなかたけれど、僕以外の人はみんな分かていた、結局その遺産のほとんどは僕が引き受けることになるのだということを。でも、それが心底嫌だたのだろう。
 僕がどうしてこんなに、父親のことも、父親の死のことも、そして家だとか遺産だとかいうことにも「他人ごと」、というか、全部薄ぼんやりとしか認識できていないのかというと、僕が父親の「隠し子」だたから、というのがすべての原因なのだた。彼が亡くなる二年ほど前、当時高校に入たばかりの僕が人のいい「あしながおじさん」だとばかり思ていた初老のおじいちんが、満彦、お前に謝らなきいけないことがある、と改まて告白してきたのであた。彼は言う。僕はそのあしながおじいちん、本牧泰治の実の息子で、血が繋がていて、彼は竹田優、つまり僕の母親と、長年愛人関係だたのだと。その晩僕は最悪オブ最悪な夢を見る。本牧泰治と竹田優が事を致している夢だ。朝、汗びりの中目覚めてこの現実世界も夢の続きだと悟る。実際、二人が事を致したから僕が生まれたのだ。三十歳くらいは年の差のある二人が愛し合う姿は妙にリアリテを持ていて、僕は今でも時々その現実と地続きであるグロテスクな悪夢を見てしまたりする。そしてその突然の告白から日を置かぬうちに僕と母親は「内縁の家族」として「本家」に迎え入れられ、なんやかんやのめんどくさい手続きを経て正式にあしながおじいちんの実の息子となたのだた。

「泰治さんもこんなに素晴らしい後継を育ててらして」
 薄いグレーのハンカチをぐしぐしにしながら目元にあててせせと涙を拭う伯母は、150センチいくかいかないかくらいの小さな目線から僕を見上げて何度もそうこぼす。この人が一番しつこいにせよ、葬儀にやてきた父親の関係者は全員、僕を見つけては似たようなことを言てから去ていく。まるでお葬式のルールに載てるみたいだた。喪服、香典、焼香、お悔やみ、そして僕への挨拶。僕に声をかけると、まるで背負ている責務を果たしたかのようにすきりした顔で皆帰ていくのだた。でもなぜか伯母だけは僕から離れない。今だて、告別式と精進落としが終わり、母親と一部の関係者を除いて皆帰ていいぞ、となたからささと最寄りのバス停まで歩いてきたのに、彼女だけはお葬式のしんみりとした湿た空気を纏たままぐじぐじと僕に話しかけ続けてくるのだ。
「本家も分家も誰一人として子どもに恵まれなかたでしう。泰治さんの奥様もとくに亡くなられて。持てる土地も山もうちの大切な財産である以上にイエの歴史と共にあた家族みたいなものだからねえ、あんたのおかげで手放すようなことにならなくて本当に良かたと思てるのよ」
「はあ」
 僕は早く帰て友達とゲームがしたい。最近はZOOMでお互いの部屋をつなぎながらスプラトンをするのが流行ている。今日も一時間後くらいから始めようとか言ていたからそれまでに家に着けるか少しハラハラしていた。
「あんたも早く社会人になて本家の人間らしくビシとしたところを見せてちうだいね」
 伯母は癖なのか、バスを待つ間も小さく足踏みをしている。パンプスとスニーカーの中間みたいな黒い靴をせわしなく上げ下ろしする姿は、まるでジギング中の信号待ちみたいだた。
「本家の人間らしくて、具体的にどんな感じですか」
 僕はバス停の標識を見上げながら尋ねる。社会人になた自分なんて想像できない。そもそも行きたい大学がなくて受験勉強にも身が入らない状態なのに、「ビシと」することなんてたぶん不可能に近い。すると伯母は足をばたばた動かしたまま、僕の肩をばしと叩く。
「そんなの、知らないわよ。私は分家の人間だもの」
 バス停の音声案内が、間も無く到着します、と言て、そのあと少し間抜けなメロデが鳴た。
 この人は僕を妬んでいるのかもしれない、と思た。

 バスの後部座席がちうど空いていたので、二人で並んで座た。僕たちの後ろにも親族らしき人々が結構並んでいたようで、喪服姿の老人がぞろぞろぞろとバスを埋め尽くす。席を譲た方がいいだろうと思て腰を浮かせると、伯母がそれを制してきた。
「あんたが一番偉いんだから」
 じあ偉い人に「あんた」とか言うなよな、と思いながら僕は憮然とした顔で座り直す。
 ほんとめんどくさいこととか嫌なことばかだ。バスが発車する。流行中のウイルス対策でバスも窓が開いていて、外から気持ちのいい風が入てくる。車内の喪服じない人たちを眺めて、はと思い出してポケトからマスクを取り出した。父親の葬儀は、このご時世でもまるで普通な感じで平然と執り行われたけれど、ひとつだけ時代の猛威に巻き込まれたせいで変なところがあた。父親の遺体はそこになかた。最後、肺炎にかかて亡くなた父親は、感染症対策としてその遺体をこちらの自由にすることができなかたのだた。本来遺体を安置するらしい場所には、すでに焼かれて灰になた父親の骨壷がぽつんと置かれていて、それははじめて葬儀なるものに参列した僕の目にも奇妙に映た。それが祭壇のほがらかな写真と相まて、僕はなんだかまだ父親の死をしかりと悲しむことができていない。昨日の夜のほうが悲しかたくらいだ。ベドに横になて眠りにつく数十分のあいだ、僕は目を閉じて父親、もとい、あしながおじいちんのことを思い浮かべる。彼は月に数回やてきては僕と母親をフミレスやちといい食事処へ連れて行き、近況や僕の学校生活について話を聞きたがた。一緒に買い物へ出かければおもちや服を買てくれて、それは全部シピングモールや百貨店の配達サービスか何かで後日家に運び込まれる。その荷物にうずもれながら、一回の買い物で二度ハピーになてなんだかいいな、僕も自分のお金で買い物をするようになたらこの方法を絶対使おうと心に決めたのだた。そんなお金持ちエピソードだけじなくて、公園でピクニクみたいなことをしたこともあた。はじめて出会た時点で既におじいちんだた父親は、一緒にスポーツをすることはできなかた。でも、外に出て遊ぶ僕や母親を眺めるのは好きだたらしく、休みの日はよく近くの大きな公園へ出かけた。コンビニで買た菓子パンやサンドイチをレジシートの上で三人座て食べてから、バトミントンをしたりキチボールをしたり、フリスビーを投げてみたり、散歩に通りかかた犬を撫でてみたり、シボン玉を飛ばしたり……
「シボン玉だ」
 どこからともなく聞こえてきた声にはとして顔を上げると、目の前にきらきらとした透明の球が現れた。シボン玉だ。光を反射してゆらゆらと虹色を映すその球は、風に乗ていくつも車内に勢いよく吹き込んでくる。その発生源を追うように腰を浮かせて目を外へと向ければ、同じくぽかんとした顔をして宙に浮かぶシボン玉を見ていた伯母も僕に倣て窓の向こうを仰いだ。どうやらこの通り沿いにある大きな公園の中で、機械か何かを使て大量にシボン玉を飛ばして遊んでいる人がいるみたいだた。ユーバーか何かだろうか。バスは信号待ちで止まているにせよ、街路樹が邪魔してはきりと確認することはできないけれど、溢れるように生み出される小さなきらきらの周りを子ども達が大はしぎでくるくると走り回ているように見える。風下であるこちら側にはまだシボン玉爆弾が木々をうまくすり抜けてやてくる。残念ながら車内にシボン玉を喜ぶような子どもはいなかたようで、乗客はみなびくりしたようにその球を仰ぎ見るか、ハエか何かと同じようにうざたく払いのけている。僕の眼前を通り過ぎたひとつもすぐにぱちんと消えた。
「すごいですね、あの数……
 ようやく口にした僕の言葉に返事はない。伯母は興味がなかたのだろうか、とその萎れた背中に視線を移すと、彼女はその小柄な体躯をよいしと伸ばして開きかけの窓に手をかけようとしていた。あ、と思たその時には既に、その窓は勢いよく押し下げられ、窓は全開になる。
「あんた好きでしう」
「え?」
 窓に手をかけたまま伯母さんはこちらを振り返る。マスクに覆われていても声ははきりと届く。
「シボン玉、子どもはみんな好きだからね。……ほら、もと入てきたよ」
 伯母が開け放た窓からは風とともにまた無数のシボン玉が吹き込んだ。もう誰にも阻止できないシボン玉の群れに圧倒されて、乗客も呆れたように笑い出す。座席に座りなおした伯母は、シボン玉に包まれて愉快そうに手を叩いて笑ている。僕もふやけた顔で言う。
「あなたの方が好きそうですけど、シボン玉」
「何言てるの。親は子どもが喜んでるのを見て喜ぶのよ。きと泰治さんが生きてたら同じことするわ」
「伯母さん」
「私の名前は佳乃」
「佳乃さん」
「なあに」
「僕が今好きなのはスプラトンです」
「スプラ……なに?」
「スプラトンです。対戦ゲームです。今日もこれから友達とやるんです」
 信号が青に変わてバスは動き出す。車内のシボン玉はみるみるうちに消えていく。
「佳乃さん、僕、遺産相続で佳乃さんに妬まれてるのかもて思てました」
「思てるわよ」
 佳乃さんは笑たまま僕の方をにらんだ。全然怖くなかた。
「みんなあんたを妬んでるわ」
「そんなあ」
 降車ボタンが押された音がした。次のバス停で誰かが降りる。
「でもそれとは別に、みんな思てるんでしうね。自分に子どもがいたらどんな気分だたんだろうて。妬んでる相手は子宝に恵まれた泰治さんなのかも」
 バスは十字路を左折する。最後のシボン玉が、バスの真ん中までふわふわと泳いで、はらりと弾けた。僕は言う。
「こんど一緒にスプラトンしましう」
 僕の提案に、佳乃さんはマスクの下でにこり笑ていいわよと答える。そして、そのゲームに勝たら遺産を頂戴よなんて言てくるからぎとして手を振り即座に却下する。僕の背筋が伸びたのを見て、佳乃さんはからから笑いながら、冗談冗談、と、僕の肩を優しく叩く。
 その瞬間、僕ははじめて父親の死を、とてつもなく悲しいと思た。


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