てきすとぽいトップページへ
第57回 てきすとぽい杯
 1  9  10 «〔 作品11 〕» 12 
顔見知り
ぷーち
 投稿時刻 : 2020.06.13 23:42
 字数 : 2851
5
投票しない
顔見知り
ぷーち


 私が通勤のときに使ている公共交通機関は二種類で、バスと電車である。家から駅までは歩いて行けない距離ではないのだけれども、歩こうとすると25分かかりその分の寝る時間が惜しい、じあ自転車で行こうかとするとまた別の面倒、駐輪場に預けたりだとか、雨の日はどうするのだとかそういたことが出てきてしまうので、何も考えずとも、寝ぼけた頭のままでも駅にたどり着けるバスを使ている。駅からは電車で、まず中央線に乗て、四谷で地下鉄丸の内線に乗り換えて会社まで行く。帰りは行きの逆で、まず地下鉄丸の内線に乗て、四谷で中央線に乗り換えて最寄り駅まで向かう。そこから帰りもまたバスに乗て、確かに朝よりは時間に余裕があるわけだから25分歩いても構わないのだけれでも、仕事終わりの疲れ果てた体で25分も歩くのはもはや拷問なんじないかと思う次第であるので、バスに乗ている。こういう毎日を過ごしているわけです。

 電車というのは大体10から15両あて、つまり乗る車両の選択肢が複数あるわけで、こだわりの車両を持たない私はきまぐれで毎日違う車両に乗ていた。一方でバスは1両編成の1階立てしかこの辺は走ておらず、電車の車両はきまぐれな私も電車の乗車時刻はこだわり派だたので、毎朝同じ時間の電車に乗るために同じ時間のバスの同じ車両に乗ていた。すると同じバスに乗る人が私以外にもいて、何人かの顔見知り、本当に顔を知ているだけの仲の人ができるようになる。おじさんサラリーマン、若者サラリーマン、ブレザー男子高生、セーラー服女子高生、むらさき髪のおばあちん等が私の顔見知りだた。驚いたのは若者サラリーマンのうちの一人、若者サラリーマンは二人いて、眼鏡サラリーマンとノー眼鏡サラリーマンとがいるのだけれど、その眼鏡サラリーマンの方とは帰りのバスも同じなのです。

 バスの中での定位置というやつを眼鏡サラリーマンの方は持ていて、決まて二人がけ座席だけゾーンと一人用座席と優先席ゾーンのあの間の柵みたいなのがあるところに、行きのバスでも帰りのバスでも立ていた。私はというと、行きは早く降りて電車に確実に乗れるよう余裕を持ちたいので、一人用座席と優先席ゾーンの前の方に立て、帰りは疲れていて少しでも体を休めたいので、二人がけゾーンの前から二、三列目の、あの足元にタイヤの膨らみがある座りにくいところに座ていた。なぜそこに座るかというと、足元が平らじないので嫌がる人が多く、隣に人があまり座てこないからですけれど、この説明は不要でしたね。

 いつからだたか、なんせ毎日毎日同じことの繰り返しで区切りが分からないものだから、いつだたかも分からないのだけれど、帰りのバスであの眼鏡サラリーマンが隣に座てくるようになた。乗る順番は私、知らないおじいちんやおばあちん、知らない子供や若者、のように組み合わせは毎日違たけれども、とにかく知らない人が二人ぐらい乗てきた後に、眼鏡サラリーマンが乗てくる。それまで立ち止まていたところを通りすぎて、私が座ている足元がタイヤで盛り上がている二人がけの通路側の方、お行儀が良い私は座席キープのためにバグを置いたりしないので、そこに座てくる。他にも開いている座席はあるのに、わざわざ私の隣に座てくるのはなんでかなと思たし、しかも眼鏡サラリーマンは私よりも後に降りるので、毎回、すみませんちと降りますと私が言い、眼鏡サラリーマンが一旦座席を立つというやり取りが発生するので、嫌な感じがした。かと言て、バスに眼鏡サラリーマンが乗てきたときに私が座席を立て、窓側に眼鏡サラリーマンを通してから私が通路側に座るというのは、二人が隣同士に座ることをお互いに認識し合い、同意し合ているようで気持ちが悪いので、私は窓際に座り、眼鏡サラリーマンは通路側に座るというようになていたのです。

 こんな眼鏡サラリーマンとの薄気味悪いやり取りをしていたが、ある日、これもまたいつだたのかはきり思い出せないのだけれど、ぼーと眺める窓の向こうにゴールデンレトリバーが歩いているのを見つけた。私は動物の中でなによりも犬が大好きであたし、さらにその犬の中でもゴールデンレトリバーが大好きだたので、これはたまらない、私が住んでいる町にゴールデンレトリバーが、しかも老犬の顔が白くなて大変よろしいゴールデンレトリバーがいるなんて、となた。その日は興奮して夜眠れなかた、それは覚えている。信じられない、この世に奇跡は存在したと思たのは、その次の日も、その次の日も、なんと一週間連続でそのゴールデンレトリバーを窓の向こうに見た。ゴールデンレトリバーと疲労とを天秤にかけた場合、もちろんゴールデンレトリバーが勝つので、私はその次の日から、帰りはバスに乗るのをやめ、歩くようにしたのです。

 私は人見知りで、よく言えば奥ゆかしい日本人らしい性格をしているので、そのゴールデンレトリバーとすれ違うようになても、そのゴールデンレトリバーに話しかけることもなければ触ることもなかた。それでも毎日ゴールデンレトリバーを見られるという幸せは何事にも代えがたく、あの白い幸せそうな顔をみると疲労は全て吹飛び、薄気味悪い眼鏡サラリーマンの隣で嫌だな嫌だなとストレスを感じていた日々と比べると、なんて充実した帰路となたことでしう。

 今日も仕事を終え、地下鉄丸の内線に乗り、四谷で中央線に乗り換えた私は、いつものようにゴールデンレトリバーのことを思いながら25分の道のりを歩み始めた。歩き始めて5分ぐらい経たとき、肩に生暖かい手のひらを感じ、なぜ生暖かいと温度がわかたかというと、私は薄手のブラウスを着ていたからであるが、ヒと変な声を出して振り向くと、あの眼鏡サラリーマンが私の肩を掴んでいた。なんで帰りにバスに乗らなくなてしまたのですか、僕は毎日毎日待ていたのに、一人であの座りにくい座席に座て待ていたのに、と言いました。だてゴールデンレトリバーがいたんですよ、僕よりゴールデンレトリバーが大事てことですか、だてゴールデンレトリバーですよと私は憤慨した。眼鏡サラリーマンはがくりと肩を落とし、最寄り駅の方へ戻て行た。眼鏡サラリーマンは私よりも後に降りていたから、徒歩25分以上かかるはずなので、天秤にかけたときバスに乗る方が勝たのだろう。私は不愉快だた。気持ちが悪い奴がいるもんだ、本当に気持ちが悪い、いやだいやだと思た。ムカムカしてやりきれなかたので、ムカムカしたときにいつも聴くスリプノトのピープルイコールシト聴きながらまた歩き出した。ピープルイコールシトの最初のサビに入たところで、前からあのゴールデンレトリバーがやてきた。ゴールデンレトリバーはいつものように幸せそうな白い顔をしていて、それを見た私もまた幸せな気持ちになたのです。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない