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第57回 てきすとぽい杯
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貴女との日々
珠樹
 投稿時刻 : 2020.06.13 23:40 最終更新 : 2020.06.13 23:52
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更新履歴
- 2020.06.13 23:52:03
- 2020.06.13 23:40:10
貴女との日々
珠樹


『東京駅行き、ドアが閉まります。……発車します、ご注意下さい』

 ゴワゴワした布張りの椅子に身を預けて小さく息を吐いた。最寄り駅と都会を繋ぐ高速バスは、時間はかかるけれど乗車賃が安い。お金の無い学生の頃はよく使ていた。

「最近は電車ばかりだたからな

 特急電車の快適さに慣れてしまた身としては、今回の道のりは少し厳しいかもしれない。

 それでも今回高速バスを移動手段に選んだのは、懐かしい気持ちに思いを馳せたかたから。
 明日、幼馴染が結婚する。その前の日くらい、感傷に浸ても罰は当たらないだろう。そう思て。

 そもそも7年前、大学へ入学するために上京したのは、彼女よりも私が先だた。

『行てらい』
「わざわざ見送りに来てくれたの? ありがとう」

 そんなやり取りをしたのは、今朝私が出立したバス停でだた。
 いつでも戻てこれるというのに、彼女の態度はまるで今生の別れかと思うほどで。心の中でちと笑てしまた。

『夏には必ず帰てきてね。私を忘れないでね』
「それはこちの台詞よ」

 彼女は地元でも有数の大学の医学部に進学することが決まていた。対して私は都会と言ても私大の文系学部で、後悔はしていないけれど引け目を感じていたのは事実だ。

『絶対だからね』

 その言葉通り、私と彼女は頻繁に互いの家を行き来した。夜通し話すこともあたし、美味しいカフを巡たこともあた。
 いろんな話をして、時には喧嘩をして。同じ学校に通ていた頃よりも、その距離は近かたかもしれない。

 高速バスは楽しかたあの頃の象徴のようなものだた。何度となくバスに乗り、彼女に会いに行た。美味しいケーキやお菓子を片手に。時にはレポートや、履歴書と一緒に。

 やがて一足先に私が社会人になり、会いに行く頻度はぐんと減た。寂しそうにする彼女に、少しだけ隙間風が吹く自分の心に『仕方がない』と言い聞かせ、なんとかやり過ごす日々だた。

 月日は残酷だ。社会人の私と学生の彼女の生活リズムは少しずつ、けれどはきりとズレ始めた。彼女が晴れて医者として働き始めてからそれは顕著になた。

『私を忘れないでね』

 あの日彼女が言た台詞。今度は私が、心の中で彼女に呼びかけるようになていた。
 だからこそ。

『結婚式のスピーチをお願いできないかな』

 久しぶりに連絡のあた彼女から、そんな依頼が来て。
 本当に、掛け値なく、間違いなく嬉しかた。

「わたしでいいの?」
『むしろ貴女以外誰がいるの?』

 お願いできる?

「もちろん。いいスピーチになるように頑張るよ」

 頼まれてからひと月あまり。苦心して考えたスピーチ原稿は、鞄の中だ。
 バスが目的地に着くまでに、少し練習しておこうか。

 ごそごそと鞄を漁り、折りたたんだ原稿を取り出す。中を開いて、小声でゆくりと言葉を紡いだ。

「結婚、おめでとう。昔からよく知る貴女が素敵な人と巡り合い、結婚すると聞いた時、私はとても嬉しく感じました。貴女との出会いは……

 明日は、梅雨の合間の青空が広がるそうだ。6月の花嫁になる彼女は、きと誰よりも幸せになるだろう。
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