第13回 文藝マガジン文戯杯「結晶」
 1  10  11 «〔 作品12 〕» 13 
パパのお金
romcat
投稿時刻 : 2020.11.16 04:36 最終更新 : 2020.11.16 04:49
字数 : 4250
5
投票しない
更新履歴
- 2020/11/16 04:49:22
- 2020/11/16 04:36:13
パパのお金
romcat


 例えば、こんなことがあた。

 ある日、長女と二人、縁日を歩いていた。何を買うわけでもなく、屋台が並ぶ路を眺めながらブラブラしていると、長女が何か欲しいものはないか、と尋ねてきた。もとより、何が欲しくて縁日に出かけたわけでもないので、別に何もいらない、と答える。ただ、それでは余りに愛想が足りないだろうと思い直し、「強いて言うならビールかな」と付け加えた。

 「ならわたし、ビール買てあげるね」

 長女はそう言うと私の腕を引き、屋台に連れていく。いや、ビールを買うくらいの金はあるし、子供の小遣いからするとけこうな出費だろう、そう思い申し出を断ると、

「わたしが買てあげたいんだから駄目。パパ、ビール買てあげるね」

と、長女の方も譲らない。結局、子供にビールを奢てもらうことになてしまた。ありがたいといえばありがたいが、情けないといえば情けない。なんとも言えぬ複雑な心持ちになた覚えがある。

 また、こんなことがあた。

 次女と休みの日、何かして遊ぼうと、百円均一の店に出かけた。公園で派手にシボン玉でも飛ばそうかと意見が一致し、シボン玉関連のグズを五百円分購入することを決めレジに向かうと、「わたしが払うから」との言葉。いや、五百円程度で休日の遊びを買えるならむしろ安い方で、パパが買てやるぞと恩着せがましく言うと、わたしが払うと固辞をする。そういえば先日、長女とも似たようなやりとりがあた。なんだおまえら。やはり、小遣いを貰い、金を持ち始めると使いたくなるものなのだろうか。そう考えると子供の想いを蔑ろにして、大人の金銭力を見せつけるのも無粋である。結果、次女に支払いを任せてしまた。

 そして、また、別の日。

 家族揃てイオンモールに出かけた。三女の誕生日プレゼントを買うためである。先日、三女の誕生日パーを開いたもののプレゼントを買い忘れててあげられなかた。その時三女には、また買てやるから、とお茶を濁しなんとかやり過ごすことに成功したのだが、忙しさから一週間が過ぎ二週間が過ぎと、なかなかプレゼントを買う機会を得ない。まあ、三女もそろそろ忘れているだろうと高を括ていたらある日突然、「あたし、プレゼントまだ貰てないんですけど!」とキレてきた。覚えていたか。
 ということでサプライズも何もないグダグダな誕生日プレゼントをイオンで買てやろうという運びになたのである。
 好きなもの買ていいぞ、とは言たものの小遣いからの出費なので多少祈る様な気持ちでいたことは否めない。一葉さん一人で済めばありがたい。欲を言えば樋口さん一人の人質交換で、野口さんが数人戻て来てくれればなおありがたい。結局、三女は白いアルパカのぬいぐるみを抱きしめて「これがいい」と私に渡す。値札をチラリと見ると「1800円」の数字が。パパもこれがいい。
 レジに持ていき会計を済ませると期待していた「ありがとう」の代わりに意外な言葉が三女から返てきた。

「ごめんね、パパ、お金ないのに……

 うすうすは感じていたが、どうも娘たちの間で「パパはお金がない」とのコンセンサスがあたようだ。妻にこそり聞いてみると度々そのようなことを質問されるらしい。パパはお金がないのではないのか、と。
 考えてみれば、私は日々の稼ぎの全てを妻に渡しているので、何かしらの支払いはいつも妻が行ている。「今週のお小遣いね」といて妻から金を貰う姿も子供たちに見られている。つまり、全て目に見えるお金の動きは常に妻を起点としているのだ。子供にとてママこそが我が家の財を取り仕切る真のお金持ちなのだろう。

「そうは言てもおめよ、子供に聞かれたならパパの貧乏ぐらいは否定してくれよ」

 妻に抗議をする。

「何言てんの、あんた。お金が無いと思われておいたほうが楽だよ? あの子たち私と一緒にいる時、欲望の解放の仕方が半端ないんだからね」

 そう聞くと、それはちと恐ろしいように思た。

 結局、私は自身に張り付けられた「パパはお金がない」というレテルを剥がさないでおくことにした。言われてみれば当たらずとも遠からず、我が家の方針はどんなに働いて稼いでも小遣いの金額は変わらない社会主義。そして一旦給料が妻の手に渡てしまえば小遣い以外の金は一銭たりとも動かせないのだ。金のやり繰り一切を妻に任せているので貯金がいくらあるのかも分からない。通帳の在り処すら知らぬ。そんな塩梅であれば「金がない」といわれても反論はできない。 
 金は使う権利があてこそ初めて自分のものだと主張が出来る。金庫にいくら札束が積まれていようが、その事実を以て銀行員が金持ちであるというわけでもなかろう。権利を妻に握られている以上は小遣いこそが私の収入であり、その収入は酒飲み煙草呑みの我が身には、決して充分過ぎるという金額ではない。故にその懐具合如何によては吝嗇になることもあり得るのだ。そこを子供たちに見抜かれたのだろう。
 なんだか、本当に自身が貧しく思えてきた。

 そんな心持ちで過ごすこと幾日か、妻から、やべえ、という言葉が漏れ聞こえてきた。

「やべえ、子供たち、ばあさんに抗議したらしい」

 子供たちが「ばあちん」と呼ぶので最近妻も、自分の母親のことを「ばあさん」と呼ぶ。忙しい時には近所に住む義母にご飯を食べさせて貰ているので、子供たちも接する機会が多い。そのばあさんに子供たちが何か言たようだ。

「子供たちさ、ばあさんに『爺ちんやばあちんやママはお金持ちなのになんでパパだけお金がないの? 本当の家族じないから?』て抗議したらしい。『あんた子供に何教えてんの!』て怒られちた。まずいね、何とかしなき

 「本当の家族じない」というのは恐らく「血のつながりがない」ということを言いたかたのだろう。疎外感半端ないパワーワードだ。ばあさんからしてみれば可愛い孫からこんなことを言われたら堪らないだろう。

「あの子たち他所でも同じようなこと言てないかしら。ちとパパからもお話してやてくれない?」

「話て、『実はパパはお金持ちです』とかいうのか? それも変な話だろ。実際小遣いも少ないんだし貧乏ていえば貧乏じん?」

 これをチンスとばかり、小遣いアプの揺さぶりをかけてみる。

「酒とタバコをやめてみろ。そうすりお金持ちになれるから。ていうかいつになたらタバコやめるの? 約束したよね。子供産まれたらタバコやめるて。もう何年経つと思てんの? 身体に悪いし百害あて一利なしじん。タバコ吸てていいことあたならここで言てみなさいよ。わざわざお金を払て不健康を買てんだよ? 分かてる? だいたい、そのタバコ代をずと貯めてたら今頃いくらにな……

「よし、今夜子供たちを集めて会見を開こう」

 つついた藪から出てきた蛇が、毒蛇に変わるまえに話を逸らした。

 食事を終え、ちとおまえたちにお話があります、と子供たちを集める。大した話じないのだが、改また方が効果的だと考えた。妻も隣りに座る。

「ちとお話があります。えー、実はパパはお金持ちなんです」

 大して金を持ているわけじないが大袈裟な方がいい。

「パパはお金持ちなんだから他所で『パパはお金がない』とか言ては駄目だよ? いいね?」

 返事がない。返事がないどころか全員ニヤニヤしている。またこのおさん何やらヨタ話を始めたぞ、とでも思ている顔だ。三女に至ては「プス」と笑いを漏らしている。このやろう。

「い、いや、だからね、パパはお金持ちなんだよ? 証拠もあるぞ? 財布見て見るか? 今日だたら一万円入てるぞ? あ、いや、九千円だたかな……でも小銭を合わせれば多分……

「もう! そういう事じないでし!」

 見かねた妻が割て入てきた。

「もういい! わたしが話すから!」

 わたしが話すなら最初からわたしが話すが良かろう、と思たが、口にするとまた質の良いパンチを喰らうので黙て置いた。

「はい、みんな聞いて。みんなが毎日食べているご飯あるでし? あれ全部パパのお金で買ています」

 子供たちの頭の後ろら辺に「ざわざわ」という文字が見えた気がした。明らかに動揺しているのが見てとれる。

「デズニーやUSJに行たでし? あれもパパのお金です」

 子供たちが真剣に聞いている。妻はこの手の話を子供たちにするのが上手い。

「新しい車買たでし? それもパパのお金です」

「ひとしてこのお家に住んでるのも?」

 次女が口を挟んだ。

「そう。ぜーんぶパパのお金です。パパ一生懸命働いてみんなの為に使てくれてるの。当たり前の生活を当たり前に過ごすためにはけこうお金が必要なの。でもそれて当たり前だから考えたこともないでし? 本当は目に見えないところでパパのお金が使われているの。みんなが幸せに暮らせるように頑張てくれてんだよ? パパはお金がないんじない。見えないところでみんなの当たり前を買てくれてるの。だからみんなは『パパはお金がない』とか言ダメだよ? わかた?」

 はーい、との返事のあと三女が、マジか、とこぼした。次女が、すげー、と呟く。長女も、ほんとかよ、と一緒になて驚いている。いや、おまえはもう中学生だろう、大丈夫か。

 妻の名演説のおかげで子供たちは「パパはお金がない」と言わなくなた。同時にお金のことで気を使われるということもなくなた。それはそれで少し寂しい気がするが仕方がない。確かに「パパだけ貧乏」と思われるのは教育上よろしくないように思う。
 しかし、子供というのは見てないようで見ているものだな、と改めて知た。親の僅かな心の機微も見逃さない。気をつけなければ思わぬほうへ物事がイレギラーをする。今回のことはその教訓として覚えておかなければならない。
 そう、肝に銘じた。

          *

「はい、パパ。今週のお小遣い」

「ああ、ありがと。て、ん? いつもよりも多いんじ……

「『子供に心配されるようじ、あんたが外で恥かくよ!』てばあさんに叱られちた。無駄使いしないでね」

 ばあさん、ナイス。心の中で手を合わせた。

「子供たちにも感謝だね。本当に心配してたみたいだから」

 おお、かわいい我が娘たちよ。

「だからといて好きなだけ酒を飲んだりタバコを吸ていいてわけじないからね! もう若くないんだから! むしろ、これから頑張て少しずつ減らして……、ちと、なにして……

 私は妻を抱きしめた。

 蛇が出てこないように。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない