てきすとぽい
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第60回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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犬最高!
(
犬子蓮木
)
投稿時刻 : 2020.12.12 23:52
字数 : 3004
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犬最高!
犬子蓮木
「僕は犬派なんですよ!?」
つい大声を出してしま
っ
た。ふざけたことを言われたからだ。これで何度目だろう。どこの医者にい
っ
ても感染していないと言われる。こんなに犬大好きなのに。
「しかし、検査の結果、あなたは犬大好き病には感染していません。陰性です」
「こんなに犬大好きなんですよ」
Tシ
ャ
ツに大きくプリントされた犬のイラストを見せる。
犬が好きだ。
犬が好きだ。
三度の飯より犬が好きだ。
諸君、戦争は好きか?
わたしは嫌いだ。
犬が好きだ。
ド
ッ
グ! ド
ッ
グ! ド
ッ
グ! ド
ッ
グ! ド
ッ
グ! ド
ッ
グ! ド
ッ
グ! ド
ッ
グ! ド
ッ
グ!
「本当に犬が好きなんですよ!」
「それはき
っ
とナチ
ュ
ラル・ボー
ン・犬派ですね。お話を聞く限り、この病気が広まる前から犬好きだ
っ
たようですし」
この病気は今年の夏頃から流行り始めたものだ。たしかにも
っ
と前から、しいていえば物心がついたころから犬好きだ
っ
た。
「もとからの犬好きはこの病気に罹らないというわけではないんですよね?」
「まあ、それはそうですね。犬が好きな人もこの病気に罹ることはあります。結果としてはあまり変わりませんが、検査すればわかります。ただあなたは違うんですよ。別に犬が好きならいいじ
ゃ
ないですか。同じ仲間です。わたしと一緒に犬を愛していきまし
ょ
う。どうです? この病院の売店にも最近、犬グ
ッ
ズを置きはじめましてね」
医者が背中を向ける。白衣の背に「犬」の大きな一文字が赤い色でプリントされていた。
こいつ感染者か。にわかめ。
「犬が好きなのに、犬大好き病にかか
っ
ていない者の気持ちがわかりますか?」
「ま
っ
たくわかりませんが
……
。別に犬好きならいいじ
ゃ
ないですか。何が違うんです? そんなに犬好きなら、犬大好き病にかか
っ
ていると言
っ
ても、普通にわかりませんよ」
「違うんですよ! 東大に入れて、卒業できる能力を持
っ
ていた
っ
て『東大卒です』
っ
て言
っ
たら学歴詐称じ
ゃ
ないですか! 医師免許を持
っ
ていない医者がいていいんですか?」
「わたしはブラ
ッ
クジ
ャ
ッ
ク好きですけど」
医者が本棚の方を見る。ブラ
ッ
クジ
ャ
ッ
クのコミ
ッ
クスが並んでいた。あと犬漫画も並んでいた。
「法律で禁止されてるんですよ!!」
「犬大好き病を騙ることは別に
……
」
「プライドの問題です! 犬が大好きなのに、犬大好き病に罹
っ
ていないなんて、そんなのないですよ! どんな顔をして犬大好きと言えばいいんですか? 生き恥です。それなのに、どこの病院に行
っ
て何度検査してもお前は犬大好き病ではないだと言われて、最悪ですよ」
「あの、そろそろお帰り頂けますか。どんなに粘られても検査の結果が変わることはありません。わたしも医者ですので、カルテを捏造したりはできないんですよ。それにこれからお昼の犬特集がはじまりますからね。一緒に見ていきますか?」
「そんなものは録画しています!」
見下された。犬大好き病に罹
っ
ていないから
っ
て。ちくし
ょ
う。なんでこんな世界にな
っ
ちま
っ
たんだ。逃げるように病院から出てい
っ
た。
今年の夏頃、どこの国からはじま
っ
たのかま
っ
たく不明だが、犬大好き病は流行りだした。最初はただのブー
ムぐらいに思われていた。もとから犬はかわいいし、人気もあ
っ
た。そんな人気がち
ょ
っ
と増えたのではぐらいだ
っ
た。散歩する犬が増えたかな、うれしいなと思
っ
たり、テレビで犬特集をまたや
っ
てる、かわいいなと思
っ
たり、最初は無邪気に喜んでいた。
だけどどこかの偉い研究者様がいろいろな実験の末に突き止めたらしいが、これは感染症だ
っ
たのだ。それも人から人にうつる病気だ
っ
た。
この病気の広がり方は凄まじか
っ
た。なんせネ
ッ
トですら感染するのだ。かわいい犬の写真や動画を見たりするだけでうつる。うつりたくなければリアルもネ
ッ
トも完全に人から離れて暮らすしかないが、現代ではそれも難しいだろう。
とある犬雑誌のアンケー
トによると、犬好きの割合が病気の流行前は9割5分だ
っ
たのに対し、なんと9割9分9厘な
っ
たというのだから凄まじい。
そうして世界は犬派のものにな
っ
た。
めでたし、めでたし。
となるならよか
っ
たのだが、そうではない。なぜか僕はその病気にかかることができなか
っ
たのだ。最初は、もとから犬好きだからな、にわかとは違うのだよ、にわかとは! と思
っ
ていたが、周りのもとから犬派の人に聞くと、仮に犬好きだ
っ
たとしても感染するものなのだと聞いた。
そうなると話が違
っ
てくる。
感染していないと、まるで本当は犬嫌いなのではないか、みたいな気持ちにな
っ
てしまう。犬が好きな気持が足りないと笑われているような気持ちにな
っ
てしまう。
本当に犬が大好きなのに。あの性格の悪い猫なんかとは違う、犬は最高の生き物だと思
っ
ているのに。
向こうから散歩中の犬がや
っ
てきた。近所の奥様がリー
ドを持
っ
ていた。知り合いの犬なので、軽く挨拶をして、犬をさわらせてもらう。かわいい。や
っ
ぱり犬は最高だ。もふもふしていると奥様が話しかけてきた。
「わたし、犬大好き病にかか
っ
ち
ゃ
いまして」
び
っ
くりして犬を撫でる手が一瞬、止まる。
「へ、へ
ぇ
……
。まあ、犬はかわいいですからね」
「わたし、猫派なんですけどね」奥様が笑う。
じ
ゃ
あ、なんで犬を飼
っ
てるんだ。ケンカ、売
っ
てるのか。犬を大事にしているか? しているな。ち
ゃ
んと可愛がられているいい犬だ。犬を撫でる。
「これからどうなるかわかりませんが、犬好きのこと教えて下さいね」
「え
ぇ
……
。僕は犬派ですから」
なんとか我慢して会話を乗り切
っ
た。犬が奥様と去
っ
ていく。
絶望。
どうして僕は犬大好き病に罹らないのだろう。周りはもうみんな罹
っ
ているのに。どうすればいいんだ。も
っ
と犬の写真や動画を見なければいけないのか。みんなも
っ
とネ
ッ
トにあげてくれ。はやくしろ。い
っ
ぱいだ。カメラを止めるな! いや、こまめに止めて、ア
ッ
プロー
ドして、また撮影しろ!!
うちについた。脱走防止柵を通
っ
て部屋に入る。見たことはあるけど、あまり見たくはない景色が広が
っ
ていた。テ
ィ
ッ
シ
ュ
ペー
パー
が破れまく
っ
て部屋中にばらまかれていた。そんなばらばらにな
っ
たテ
ィ
ッ
シ
ュ
の上で子猫が寝ている。どうやら遊び疲れて寝てしま
っ
たらしい。
溜息を吐く。
「ただいま」
し
ゃ
がんで子猫に言
っ
た。そのまま撫でる。さ
っ
き撫でた犬とはまるで違う。小さな姿。
僕は犬派だ。
だが猫を飼
っ
ている。
知り合いからどうしてもと言われて飼うことにな
っ
たのだ。猫は好きではないと言
っ
たのに、押し付けられた。家をあけると心配になる。だけどず
っ
と見ているわけにも行かない。だから少しずつ家をあける時間を増やしているのだけれど、どうも僕がいなくな
っ
た時間はいたずらタイムと認識してしま
っ
ているらしい。
困
っ
たものだ。どうしつけたらいいものか。
怒
っ
たりしなければいけないのだけど、こうかわいい姿を見せられるとなかなか叱ることもできない。というか今は寝ている。まるで悪意が感じられない。悪意がなければ許されるのか? 否、許して良いはずがない。でもかわいいから許そうか。かわいければ悪いことしてもいいのか
っ
て? いいだろ? 何か問題でもあるのか? いー
や、ないね!
子猫を起こさないように、テ
ィ
ッ
シ
ュ
を片付けていく。
音を出せないので、録画していた犬特集を見ることもできない。
ま
っ
たく猫
っ
て奴は、犬と違
っ
てダメダメだ。
本当にね。
僕は寝息をたてる子猫をじ
っ
と見つめた。
もしかして、猫大好き病とか流行りはじめてないかな。 <了>
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