てきすとぽいトップページへ
第60回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
 1  2 «〔 作品3 〕
ぷるぷる
(仮)
 投稿時刻 : 2020.12.13 14:56
 字数 : 3933
〔集計対象外〕
5
投票しない
ぷるぷる
(仮)


「ごめん、買い物のためにお酒飲んだら気持ち悪くなち……
 帰宅すると妻は毛布を頭から被りソフに横たわたまま、身動きが取れないでいた。
「気にしなくていいよ。でも、買い物が必要なら仕事の帰り道にオレが行くて言てるのに」
「でも……たまには外に出ないと……身体に悪いし、アナタに頼りぱなしなのも悪くて……
「いまはそういう時代なんだから気にするなて」
 毛布をめくり顔色を覗くと、ほんのり紅潮した頬に眠そうに垂れた目尻の妻がオレを見返した。数か月前まではアルコールを摂取すると顔面蒼白になり、すぐに戻していたことを考えると最近では少し慣れてきているように感じる。なにより世間がこういた状況に陥るまで、またく酒が飲めなかた妻がわずかにでも飲めるようになてきたことが喜ばしくもあた。そのわずかに色づいた頬と憂いを帯びる瞳に色気を感じた。
「ごはんはオレが作るから楽にしてて」
「うん……ありがと。豚バラとキベツ、キムチがあるはずだから簡単に炒めてね」
「わかた。それよりそこのブラザーマートの横のアパートに警察が集まてたよ。また腐人の被害かな」
「そうなの……怖いね」
 妻のか細い声を聞きながら、冷蔵庫から食材とストレングスゼロを取りだす。プシと缶を開けて一口飲んで気がつく。家に居るときは飲む必要なかたんだ、と。
 ぼんやりする頭で、豚バラ肉のパクを開けておとと思た。先にフライパンを火にかけて、キベツから切た方が効率がよかた。背中から妻のからかうような声が届いた。
「対策とはいえ、アナタは飲みすぎ注意ね」
「わかてるて」
 誤魔化すようにもう一口ストレングスゼロをあおた。

 2020年、新種のウルス感染による、血液渇望症状が世界的なパンデミクと化した。
 その特徴として、感染初期には軽微な身体硬直と口渇症状。中期では血液渇望状態と意識混濁。末期では極度の血液渇望状態による自我の喪失と全身の腐食が確認された。
 そして、一度必要量の血液を摂取した感染者は症状の緩和が確認された。そのことにより中軽度感染者の発覚の遅れや感染の隠蔽を招くこととなり、爆発的に感染が拡大したのだた。
 腐人――ゾンビ――感染拡大防止策として世間ではアルコールの摂取を推奨された。
 腐人は人間から血液を経口摂取する際、腐人へと変質させるウルスをヒトの体内に注入することが確認されている。その際、そのウルスを分解、また、腐人の身体を分解、除去する効果が認められたのが血中アルコールであた。
 そのため、日本では満16歳未満のアルコール飲酒を認める法改正がなされ、飲酒運転に関する法制度も一律緩和の改正が決定された。
 そして、腐人パンデミクから一年が経過する頃には新たな社会問題が浮上する。
 アルコール依存症患者数の爆発的増加が社会問題として取りざたされるようになた。
 なお、腐人ウルス発生と原因は未だ解明されていない。
 
「ただいま……
 ふらふらの足取りで帰宅すると、妻が「おかえりー!」と上機嫌で玄関まで出迎えに来てくれた。
「大丈夫? 今日はアナタの好きなもつ鍋に好物のカキも入れてみたんだけど……食べられる?」
「うー……食いたい! けどあんま食欲ない……
「はあ……ほら掴まて」
「ありがどーだいずぎー
 靴を足で投げ捨てて、妻に寄りかかると引きずられるようにリビングまで運ばれた。
 ソフに沈むようにもたれ掛かると、水を持てきた妻が横にぴたりとくついてきた。
「ほら水飲んで少し落ち着いて」
 少し前までは軽い飲酒でも、妻は酒臭いと近づこうとしなかたが腐人感染防止のため少しずつお酒が飲めるようなると、酩酊状態で帰宅しても嫌がることなく介抱してくれるようになた。心なしかスキンシプも増え、本当に自分は良い伴侶に恵まれたんだなあ、と感謝の念しかなかた。
 渡された水を飲み干し一息つくと、オレの脇腹をぷにぷにしながら、わずかに責める調子で妻が口を開いた。
「で? どうするのご飯、食べるの?」
 その顔を見ると酒で腹の膨れた状態でも、断る訳にはいかなかた。
「食べます! ちとだけ! カキとホルモンだけでも!」
「はいはい、少しはお酒減らさないと。依存症になうよ。そんなにアルコール摂取しなくても感染防止には問題ないてテレビでも言てるでし
 呆れながらキチンに向かう妻の背中に「ごめんねえ」と言いながらぼんやりと思う。
 妻が少しずつアルコールに慣れてきたように、継続した飲酒によて人体は少しずつアルコールに対する耐性を持ちはじめる。
 現在では通勤、通学前の5%以下のアルコール摂取、昼食時に外出が必要な場合に限りの飲酒、下校、帰宅時における最低限の飲酒が推奨されている。だが、元々アルコールに強いヒトや酔うことに耐性を持ちはじめたヒトが、感染防止に対する懸念や不安や、アルコール摂取による高揚感から必要以上に飲酒してしまう傾向がみられているということだた。
「わかてるよおー。最小限、最低限、最下限で飲みますてえー。三最を守て飲みますー
「全然わかてなさそうなんだけどー
 とんすいに鍋の具をよそた妻が戻てくると、ほわほわと食欲のそそる匂いが立ち込めた。
「お肉多めに入れておいたからね」
「さいこー!」
 出汁とニンニクの香る湯気に先ほどまでとは一転、急激に涎があふれ出てきた。「いただきます!」と言うのももどかしく、皿にありついた。

 十二月になると腐人感染拡大第二波として官邸より、更なる警戒と対策防止の徹底が発表された。
 結婚記念日でもあるクリスマスイブは毎年、少し奮発したデナーにするのだが、今年ばかりは自宅でささやかに祝うことにした。
「ジン!」
「おお……おおおう!」
 仕事帰りにシンパンとケーキを買てきたきたオレを待ていたのは、妻の自信満々の笑顔と豪華絢爛な食事の数々だた。
 ローストチキンにローストビーフ、骨付き肉はラムチプかな? クリスマスには合わないがオレの好きなもつ煮も用意してくれている。手のひらサイズのハンバーグにはケチプでニコちんマークを描いていた。
「お肉いぱい使たから部屋の中ちと生臭いかも、臭くない?」
「全然! ていうか肉料理ばかじん!?」
「すごいでし?」
「すげー! やたー! うまそー!!」
 掛け値なしに喜ぶと妻は右腕で作た力こぶに左手を当てて「いえい!」と得意そうに意味不明なポーズをした。
 腐人感染拡大が取り沙汰された当初はいつも青い顔をしていた妻だた。だが、一年も経とうという今では、以前と同じように、いやそれ以上に元気で楽しそうな姿をみせてくれて安心するとともに、今まで以上に幸せな気分が湧きあがてきていた。
 現在では腐人感染拡大の再防止とともにアルコール依存症対策も社会問題として取り沙汰されるようになている。
 このまま変わらぬ生活を送るためにも、今まで以上に感染対策と、アルコール自己管理を徹底しなければいけないな。妻の笑顔見ていると強く、そう思えた。
「今日は私も少し付き合うからね!」
 妻は目の前のご馳走に圧倒されているオレから、シンパンを奪い取ると「ぽん!」と問答無用でコルクを吹き飛ばしていた!
「いえーい!」
 お前浮かれすぎだろ、という言葉を飲み込むとオレも「いえーい!」と雄叫びをあげた。

 ベドに潜り込み毛布を頭から被ると、刻一刻と迫る明日という日常に憎しみと恐怖と不安に湧き上がてきていた。
 ぷるぷると震える手はアルコールの離脱症からではない。明日が怖いのだ。
……ねえねえ」
 隣に横たわる妻が、背中を向けてぷるぷるしてるオレに腕をまわし耳元に甘く囁きかけた。
「明日も早いからダメ」
 意識が覚醒するより早く、妻の機先を制するようにオレはいた。いや本当はオレだてしたい、ぷるぷるがしたい!
「なんで震えてんの? やぱり飲みすぎて依存症になてるんじない?」
……
「アルコールに耐性がつくと酔いにくくなるから、自然と飲む量も多くなうんだよ。テレビでもやてるでし
 妻が諫めるように言う。そんなことはもちろん知ている。
「依存症になたら、仕事休んで入院も必要になるんだよ。大丈夫?」
「わかてるよ……
 珍しく妻の責める口調に気分がどんどん暗く沈んでいく。もし依存症と診断されて、その先のことを考えるとどんどん不安が大きくなる。不安が大きくなるとぷるぷるがさらに強くなていく。わかてる、やめてくれ。
「頑張れる?」
……頑張るよ」
 妻の不安と侮蔑の混ざたような声に力なく答えた。
「でも心配だなあ、アナタは流されやすいタイプだから」
 妻がそういうと首筋に生温くぬるとした感触が這いずり、全身が粟立た。
「や、やめてて」ぷるぷるしちう!
「私もアルコールに耐性が付いたんだよ」
「そうだね」知てるよ、それが? という疑問に妻が先に答えた。
「飲酒での対策もきと効かなくなると思う。腐人もそのうちアルコールへの耐性を付けて、あとに残るのはアルコール依存症の酔払いだけ」
……」身体の震えが、次第に大きくなる。止まれ、止まれと思うほど意思に反してぷるぷるしてくるのだ。
「それだたらアルコール依存症からも腐人からおびえず生きていけたほうがよくない?」
 その言葉に寝返りを打つと、優しく微笑んだ妻の顔が目の前にあた。
「ねえキスしよ」
 寄せられる妻の唇に、先程の言葉の意味も疑問も押し寄せる不安もなにかも消え失せていくようだた。
 絡めた唇を、妻の尖た犬歯が優しく突き破た。広がる血の味と痛みを感じながら、もう何度か繰り返した。
 いつの間にかぷるぷるは治り、静かな眠りに落ちていた。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない