顔の値段
テレビをつけると毎日、美容整形や顔のシミを薄くする軟膏やらのコマー
シャルが流れている。
「私の鼻があと少し高ければ・・・」
「二重まぶただったらよかったのに・・・」
「最近増えてきたシミ、見て見ぬふりしてませんか?」
私は自分の顔を鏡で覗く。
大して高くはない鼻、目つきが悪いと何度も言われた一重まぶた。
シミはまだない。
これが生まれたときから27年間付き合っている私の顔の特徴である。
私の特徴を毎日テレビに否定され続けているようで少々苛立つ。
表層的な光の反射で人間を値踏みするのはやめてくれないか!
私よりもコマーシャルによる顔の否定を深刻に悲観的な方向へ受け止める人たちは整形するのだろう。
本当に顔が変われば、コマーシャルでうたわれるように人生は変わるのだろうか。
多少の自信や心の余裕はできるかもしれない。言い寄ってくる異性は増えるかもしれない。
だけど、それで変わってしまう人生は他人に握られた人生だと認めることになるのではないか。
SNSの中ではその人がどう生きかを考えるよりも先に顔を褒める。
生身の会話でも猿に近い人間の毛づくろい的コミュニケーションのひとつとして
「あの子ブスだね、まじないわ」「あのひと超イケメン!」などとひとりひとり値踏みしていく。
テレビの中のタレントの顔にそっくりであればあるほど良いとされる認識こそ恐ろしいのではないか。
素晴らしく逞しい人生と理性を持つはずの人間は日常的にモノのように仕分けされる。
まるでファシズムだ。
私はナルシシズムに浸れというのではない。
絶対に幸せだと言わなくていいが不幸を無理やりに押し付けられる必要はないんだ。
シミの増えた母の笑顔を見てそう思った。