第61回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動9周年記念〉
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顔と生きる
ぷーち
投稿時刻 : 2021.02.13 23:44 最終更新 : 2021.02.13 23:58
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更新履歴
- 2021/02/13 23:58:54
- 2021/02/13 23:44:33
顔と生きる
ぷーち


 おれの左の手のひらには三点の黒子がある。人間は顔への執着心が強いから、一度見たことのある顔は一生忘れないし、三つ点があるだけで顔と認識するとテレビでやていた。おれが手のひらに顔を見出したのは七歳のとき。算数の授業中に強烈な尿意に催されたおれは、意識を膀胱から遠ざけるべく手のひらに鉛筆を突き刺しぐりぐりとやていた。より尖た鉛筆に変えようとしたとき、眉間に銃弾を打ち込まれた顔をおれは見た。おれはそいつをジニーと名付けた。

 ジニーとおれは何をするのにもどこに行くのにも一緒だ。アルコールで酔ぱらているときはジニーも赤い顔をしているし、転んだときはジニーも泥だらけになる。海に行たときも、森に行たときも、インドネシアに旅行に行たときもジニーは一緒だた。ジニーは実に色んな経験をしてきている。

 ジニーはすきりとした指の髪を立てた美男子だた。おれは右利きだからジニーの顔面に醜い鉛筆だこができたことはなかたし、毛先の爪もいつも美しく切り揃えられていた。酷使されていた右手と比べるとその差は歴然としていて、おれは両手を見比べるたびに労働の過酷さを思い知たものだた。

 おれが右肩のマーに気付いたのはほんの二か月前のことで、ジニーはしわの加減によて怒たり泣いたりしたが、マーはいつもポーカーイスの気取り屋なのでまだ親睦が深められていない。マーに気付いたのは明美で、こんなところに顔があるよと明美が言たのがきかけだた。明美は細かいところによく気がつく性格だから、おれが二十六年間存じ得なかた寡黙なマーにも気づくことができたんだろう。おれは明美のそういうところが好きだた。

 天井のジリアンに気づいたのは一週間前のことだ。木目の顔をしたジリアンはいつもどこか不安げな顔をしていて、寝る前にジリアンの顔を見るとおれの気持ちもざわついた。ジリアンは一体何が不安なんだい、そんなところでひとり気を揉んでいたところで何も解決しないぞ、まずはその不安の正体を突き止めて誰かしらに話すといいや、気持ちを言語化するだけで思考がすきりするもんだよ、と三日前に言てみたがジリアンは浮かない顔をするだけだた。

 ジリアンの不安はジリアンの隣にいる顔、スーザンからきているのかもしれないと気が付いたのは昨日のことだ。スーザンの左下には好色のフプがいて、奥手のジリアンが参るのも仕方がないことだろう。スーザンも満更でもない様子なのもいけない。ジリアンには柱のマリーのような、見た目は悪くても純朴な娘がいいとおれは思う。なあジニー、お前もそう思うだろう?

 今日は特にたくさんの顔が現れた。カーテンのアーサーとトム、壁のメアリー、床のサイードにアイリーンにジク。どこもかしこも顔、顔、顔だが、天井は特に顔だらけで全員の名前を把握しきれないぐらいだ。これからおれが共に生きていかなければならない顔たちのことを思うと、不安症のジリアンのように窪んでいく気持ちになる。

 なあジニー、たくさんの顔に囲まれるというのは落ち着かないものだなあとおれが弱音を言うと、どんなに顔があろうとお前がお前であることには変わりはないのだから、とジニーはおれの瞼を優しく閉じてくれたのさ。
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