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第16回 文藝マガジン文戯杯「秋の味覚」
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…
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7
〕
柿の実 猫の木 ヨリの庭
(
すずはら なずな
)
投稿時刻 : 2021.07.24 14:54
最終更新 : 2021.08.03 02:05
字数 : 6425
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2021/08/03 02:05:20
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2021/07/26 13:13:00
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2021/07/26 13:07:45
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2021/07/26 13:02:42
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2021/07/25 08:38:24
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2021/07/25 08:34:39
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2021/07/25 07:09:49
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2021/07/24 21:27:43
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2021/07/24 15:12:00
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2021/07/24 15:10:21
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2021/07/24 14:54:29
柿の実 猫の木 ヨリの庭
すずはら なずな
「『庭の柿』だよ。凄いでし
ょ
」
ビニー
ルの袋にど
っ
さり入れて それをうちに持ち込んだのは幼馴染のひよりだ。
──見た目は悪いけど、こういうのこそ美味しか
っ
たりするんだよ。
ひよりは慣れた様子で我が家のキ
ッ
チンに入り、果物ナイフを出して皮を剥き始める。皿に盛
っ
て差し出された柿は、カリカリと硬い上、甘みも少なく、なかなかに不味か
っ
た。
看護師の母は夜勤で留守。こういう夜は昔からひよりが必ずや
っ
て来て だらだらTVなんか見ながら夜食を食べて他愛もない話をし、そのまま寝落ち。今回いつもと違うのは、今月の末にはひよりの家がもう、隣じ
ゃ
なくな
っ
てしまうということだ。草抜きや掃除に通い、少しずつ荷物も運び入れ、ひよりは引
っ
越しの準備を着々と進めている。
「来月から本当にいないんだよね
ぇ
」
不味い柿を楊枝でつつきながら私が言うと、
「大丈夫だよ、柿持
っ
てまた来るし。まだまだい
っ
ぱい実がなるよ」
ひよりは鼻歌なんか歌いながら、机に柿を一つずつ並べて言う。ごつごつした不揃いの、ち
ょ
っ
と虫食いもある「ひよりの庭」の柿たちでも 台所の蛍光灯の灯りの下、オレンジにつやつやと光
っ
て見える。
「そんなに要らないよ、食べきれない」
「あ、不味い
っ
て思
っ
てるよね、シンち
ゃ
ん」
「まあ、うん、そり
ゃ
……
」
「こういう時こそ、新レシピの開拓だよ、ほらジ
ャ
ムとかさ、砂糖で甘く煮たの、何て言
っ
た
っ
け
……
それから」
「サラダとか 酢の物?」
「そうそう、さ
っ
すがシンち
ゃ
ん」
ひよりは嬉しそうに顔をくし
ゃ
くし
ゃ
にして笑う。保育園の頃から全く変わらない笑顔だ。
保育園の栗拾い、一年生の時の芋堀り、子供会の梨狩り、いつでも一緒に行
っ
た。、自治会の「ぶどう狩りバスツアー
」にも二人、お年寄りに混ざ
っ
て参加した。
栗は栗ご飯や甘煮、お芋はまずは焼き芋、そしてスイー
トポテト。持ち帰
っ
た分を合わせて、母さんたちに教わりながら作
っ
た。梨もぶどうも生温かいし、そんなには食べられなか
っ
たけれど、二人でそこにいるだけで楽しか
っ
た。。
「いつも『収穫』が少なくて悔しが
っ
たのは私だ
っ
た」
「ふふふ。いつもシンち
ゃ
んよりあたしの方がち
ょ
っ
とだけ運がいい。場所とか、タイミングとか」
「ヨリが引
っ
張
っ
たら大きな芋が沢山繋が
っ
て出て来たけど、私はち
っ
ち
ゃ
いの二個だけ、とかね」
「栗はさ、もともとあんまり落ちてなくて、事前に先生が撒いてたんだ
っ
て。みんな、そこに沢山あ
っ
た、あそこで見つけた、なんて大喜びだ
っ
たのに」
「子供だましだよね
ぇ
」
「大人も結構騙されてたんだよ。『こどもの無邪気』にさ」
ひよりの目がきらりと光る。ひよりが実は、結構大人びた考え方をする子供だ
っ
た
っ
てことも、私は知
っ
ている。
スマホで「柿、美味しくない」とか「レシピ、柿 硬い」とか入れて検索しては結果を見せ合い、「秋の味覚の思い出話」で時を過ごしていても、急に、月末の別れの実感がわいてきて 無口になる。
「そうそう、あの庭
っ
てね、色んな猫が来るんだよ。縁側の下で寝てたり、虫や鳥を追いかけたり。ね
ぇ
、猫
っ
て木に登
っ
て遊んだりもするのかな
ぁ
」
「『猫のなる木』だ
っ
て、ほら」
喋りながら見つけたネ
ッ
トの画像をひよりに見せる。一本の木の上にたくさんの猫が居るヤツだ。
「いいな
ぁ
、こういうの。ほんとに『猫のなる木』だね
ぇ
」
私の手元を覗き込んで、ひよりは嬉しそうに大きく頷いた。
ひよりの大好きな生き物たちが、その庭でのびのびと遊ぶ姿を想像すると この引
っ
越しはひより母娘にと
っ
て幸せな選択なんだろうと思う。
*
翌日の夜、ひよりが訪ねてきた。
もう柿はいいよ
ぉ
、なんて返事をしながらドアを開けたら、小さな猫を抱いてひよりはぼんやり立
っ
ていた。
「ばか。何、連れて来てんだよ。煩いご近所にバレたらどうすんの」
ひよりと私の住むこのマンシ
ョ
ンは犬猫飼育禁止だ。大急ぎで猫とひよりを引
っ
張り込んだ。
ドアの開閉の音だ
っ
て気を使う。夜に訪ね合う時は
特に、「しー
っ
」と指を唇にあてながら 忍び足で両家のドアを行き来した。
ひよりがあまりに神妙な表情をしているので、ともかく話を聞くことにする。
「ヨリ、ココアでも入れる
っ
か。ソイツは普通のミルクとか飲んでいいのかな?」
ひよりがポケ
ッ
トから「子猫用」と書かれたミルクの箱を取り出して差し出す。準備万端。
ダイニングテー
ブルの三脚目の椅子は ほとんどひより専用だ。
足が床に届かないくらいチビの頃から今まで
それはず
っ
と同じ。
ひよりは、マグカ
ッ
プを両手で包んだまま口もきかず、瞬きさえせず固ま
っ
ている。
誰かが一時停止ボタンを押して全てを停止させてしま
っ
たんじ
ゃ
ないか、そんな気にな
っ
た。そしてこれが永遠に続くのではないかと恐ろしくな
っ
た時、猫がたて続けに大きなくし
ゃ
みをした。ひよりの黒目がうろうろ動き、や
っ
とぼそぼそと語りだした。
──昔からさ、あたしと麻美さん(ひよりは母親を名前で呼ぶのだ)、
週末にはぶらぶら家を見てまわるのが趣味だ
っ
た。古臭い、縁側のある平屋。ペンキのはげた木枠の窓。庭に猫が出入りする、柿とかびわとか、そんな実のなる木がある家。ステテコ姿のおじいち
ゃ
んとか出てきそうな家、そういうのに憧れた。
庭に咲く花の種類や垣根のペンキの色、何匹も飼うつもりの猫たちのことなんかを二人で好き勝手に想像してたら、それだけでふわふわ楽しか
っ
た。
日曜日
っ
て買い物に行くと家族連れが多いじ
ゃ
ない?
何となく二人、スー
パー
マー
ケ
ッ
トを通り過ぎて当てもない散歩をしたの。だからさ、麻美さんがあの家を見つけて、引越ししよう
っ
て本気で決めて来た時、あたしと麻美さん
……
猫のいるのんびりした静かな日常
、そんなのを当たり前のように思い描いてたんだ。
シンち
ゃ
ん、解る?私が「それ」を知
っ
た時どんな気持ちにな
っ
たか。
「それ」の意味がよく解らないので、先を促す。
「今日、この子を連れて帰
っ
たら、秋山さんが来てた」
ひよりをうんと若いころ産んだ麻美さんは
ひよりの父親と別れてからも常に恋をしている。恋人が変わると服装や雰囲気ですぐに解るし、そういうことを全く隠さない人だ。
──誰とも長続きしないのは 私がいるせいなのかな
ぁ
ひよりに悩みを打ち明けられた時もある。
だけど、どうやらそれも彼女の恋愛のスタイルで、ひよりに責任はない──
本当の意味で当た
っ
ているのかどうかは未だ解らないけれど私たちの出した、それが結論だ
っ
た。
恋人と別れた夜はひよりが彼女をよしよしと慰めて眠らせる、そんな母娘関係も、聞き慣れればなかなかほほえましく感じられた。
「麻美さんに言
っ
たんだ。『ほら、この子、くし
ゃ
みば
っ
かしてるんだよ。お医者さん連れていこうと思
っ
てさ』
っ
て」
その猫はず
っ
と前から公園でよく見かけて、ひよりがすごく気に入
っ
てる
っ
て言
っ
てた子だ。
「来月には引越しするんだし、あそこなら飼
っ
てやれる。だから、少しの間
ここで様子見てや
っ
てもいいかなと思
っ
たんだ。なのに」
痩せているため、目ばかりがぎ
ょ
ろりと大きいその猫を見たとたん、いつもお洒落で落ち着いた笑顔の秋山さんが
「ぎ
ゃ
っ
」とも「ひ
ゃ
っ
」ともつかない奇妙な声を出し、麻美さんの後ろにこそこそ隠れたらしい。
冷めてしま
っ
たココアをくるくるかき回し、できた渦をじ
っ
と見つめたままひよりはその先を続ける。
感情を抑えた色のない声。
「引
っ
越したら一緒に住む
っ
て言うんだよ。結婚する
っ