第16回 文藝マガジン文戯杯「秋の味覚」
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柿の実 猫の木 ヨリの庭
投稿時刻 : 2021.07.24 14:54 最終更新 : 2021.08.03 02:05
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柿の実 猫の木 ヨリの庭
すずはら なずな


「『庭の柿』だよ。凄いでし
ビニールの袋にどさり入れて それをうちに持ち込んだのは幼馴染のひよりだ。
──見た目は悪いけど、こういうのこそ美味しかたりするんだよ。
ひよりは慣れた様子で我が家のキチンに入り、果物ナイフを出して皮を剥き始める。皿に盛て差し出された柿は、カリカリと硬い上、甘みも少なく、なかなかに不味かた。


看護師の母は夜勤で留守。こういう夜は昔からひよりが必ずやて来て だらだらTVなんか見ながら夜食を食べて他愛もない話をし、そのまま寝落ち。今回いつもと違うのは、今月の末にはひよりの家がもう、隣じなくなてしまうということだ。草抜きや掃除に通い、少しずつ荷物も運び入れ、ひよりは引越しの準備を着々と進めている。

「来月から本当にいないんだよね
不味い柿を楊枝でつつきながら私が言うと、
「大丈夫だよ、柿持てまた来るし。まだまだいぱい実がなるよ」
ひよりは鼻歌なんか歌いながら、机に柿を一つずつ並べて言う。ごつごつした不揃いの、ちと虫食いもある柿たちでも 台所の蛍光灯の灯りの下、オレンジにつやつやと光て見える。

「そんなに要らないよ、食べきれない」
「あ、不味いて思てるよね、シンちん」
「まあ、うん、そり……
「こういう時こそ、新レシピの開拓だよ、ほらジムとかさ、砂糖で甘く煮たの、何て言……それから」
「サラダとか 酢の物?」
「そうそう、さすがシンちん」
ひよりは嬉しそうに顔をくしくしにして笑う。保育園の頃から全く変わらない笑顔だ。

保育園の栗拾い、一年生の時の芋堀り、子供会の梨狩り、いつでも一緒に行た。、自治会の「ぶどう狩りバスツアー」にも二人、お年寄りに混ざて参加した。
栗は栗ご飯や甘煮、お芋はまずは焼き芋、そしてスイートポテト。持ち帰た分を合わせて、母さんたちに教わりながら作た。梨やぶどうは生ぬるいし、そんなには食べられなかたけれど、二人でそこにいるだけで楽しかた。
「いつも『収穫』が少なくて悔しがたのは私だた」
「ふふふ。いつもシンちんよりあたしの方がちとだけ運がいい。場所とか、タイミングとか」
「ヨリが引たら大きな芋が沢山繋がて出て来たけど、私はちいの二個だけ、とかね」
「栗はさ、もともとあんまり落ちてなくて、事前に先生が撒いてたんだて。みんな、そこに沢山あた、あそこで見つけた、なんて大喜びだたのに」
「子供だましだよね
「大人も結構騙されてたんだよ。『こどもの無邪気』にさ」
ひよりの目がきらりと光る。ひよりが実は、結構大人びた考え方をする子供だてことも、私は知ている。

スマホで「柿、美味しくない」とか「レシピ、柿 硬い」とか入れて検索しては結果を見せ合い、「秋の味覚の思い出話」で時を過ごしていても、急に月末の別れの実感がわいてきて 無口になる。
「そうそう、あの庭てね、色んな猫が来るんだよ。縁側の下で寝てたり、虫や鳥を追いかけたり。ね、猫て木に登て遊んだりもするのかな
「『猫のなる木』だて、ほら」
喋りながら見つけたネトの画像をひよりに見せる。一本の木の上にたくさんの猫が居るヤツだ。
「いいな、こういうの。ほんとに『猫のなる木』だね
私の手元を覗き込んで、ひよりは嬉しそうに大きく頷いた。

ひよりの大好きな生き物たちが、その庭でのびのびと遊ぶ姿を想像する。きとこの引越しはひより母娘にとて幸せな選択なんだろうと思う。

*
翌日の夜、ひよりが訪ねてきた。
もう柿はいいよ、なんて返事をしながらドアを開けたら、小さな猫を抱いてひよりはぼんやり立ていた。 

「ばか。何、連れて来てんだよ。煩いご近所にバレたらどうすんの」
ひよりと私の住むこのマンシンは犬猫飼育禁止だ。大急ぎで猫とひよりを引張り込んだ。 
ドアの開閉の音だて気を使う。夜に訪ね合う時は 特に、「しー」と指を唇にあてながら 忍び足で両家のドアを行き来した。

ひよりがあまりに神妙な表情をしているので、ともかく話を聞くことにする。
「ヨリ、ココアでも入れるか。ソイツは普通のミルクとか飲んでいいのかな?」
ひよりがポケトから「子猫用」と書かれたミルクの箱を取り出して差し出す。準備万端。
ダイニングテーブルの三脚目の椅子は ほとんどひより専用だ。 足が床に届かないくらいチビの頃から今まで それはずと同じ。

ひよりは、マグカプを両手で包んだまま口もきかず、瞬きさえせず固まている。 誰かが一時停止ボタンを押して全てを停止させてしまたんじないか、そんな気になた。そしてこれが永遠に続くのではないかと恐ろしくなた時、猫がたて続けに大きなくしみをした。ひよりの黒目がうろうろ動き、やとぼそぼそと語りだした。 

──昔からさ、あたしと麻美さん(ひよりは母親を名前で呼ぶのだ)、 週末にはぶらぶら家を見てまわるのが趣味だた。古臭い、縁側のある平屋。ペンキのはげた木枠の窓。庭に猫が出入りする、柿とかびわとか、そんな実のなる木がある家。ステテコ姿のおじいちんとか出てきそうな家、そういうのに憧れた。
庭に咲く花の種類や垣根のペンキの色、何匹も飼うつもりの猫たちのことなんかを二人で好き勝手に想像してたら、それだけでふわふわ楽しかた。  
日曜日て買い物に行くと家族連れが多いじない? 何となく二人、スーパーマートを通り過ぎて当てもない散歩をしたの。だからさ、麻美さんがあの家を見つけて、引越ししようて本気で決めて来た時、あたしと麻美さん……猫のいるのんびりした静かな日常 、そんなのを当たり前のように思い描いてたんだ。
シンちん、解る?私が「それ」を知た時どんな気持ちになたか。

「それ」の意味がよく解らないので、先を促す。 
「今日、この子を連れて帰たら、秋山さんが来てた」

ひよりをうんと若いころ産んだ麻美さんは ひよりの父親と別れてからも常に恋をしている。恋人が変わると服装や雰囲気ですぐに解るし、そういうことを全く隠さない人だ。 
──誰とも長続きしないのは 私がいるせいなのかな 
ひよりに悩みを打ち明けられた時もある。
だけど、どうやらそれも彼女の恋愛のスタイルで、ひよりに責任はない── 本当の意味で当たているのかどうかは未だ解らないけれど私たちの出した、それが結論だた。
恋人と別れた夜はひよりが彼女をよしよしと慰めて眠らせる、そんな母娘関係も、聞き慣れればなかなかほほえましく感じられた。

「麻美さんに言たんだ。『ほら、この子、くしみばかしてるんだよ。お医者さん連れていこうと思てさ』て」
その猫はずと前から公園でよく見かけて、ひよりがすごく気に入てるて言てた子だ。     
「来月には引越しするんだし、あそこなら飼てやれる。だから、少しの間 ここで様子見てやてもいいかなと思たんだ。なのに」 
痩せているため、目ばかりがぎろりと大きいその猫を見たとたん、いつもお洒落で落ち着いた笑顔の秋山さんが 「ぎ」とも「ひ」ともつかない奇妙な声を出し、麻美さんの後ろにこそこそ隠れたらしい。

冷めてしまたココアをくるくるかき回し、できた渦をじと見つめたままひよりはその先を続ける。 感情を抑えた色のない声。
「引越したら一緒に住むて言うんだよ。結婚するて。そんな話聞いてないよ 。今まで全然聞いてないよ」 
「良かたじん。やと長続きする人にめぐり合えたんだ。ヨリは、麻美さんの恋愛、応援してたんじなかけ?」 
「でも……でもね。あの人さ、苦手だから猫は飼いたくないて言うんだよ。それも、そんな病気の猫なんかて」 
猫がクシンとくしみした。ひよりはテで鼻水を拭てやる。
「それだけじないんだ。それだけじなくて」 
「どうした?」 
「大きなガレージが欲しい、汚い野良猫が来ないようにしたい、あの古くさい庭は潰すんだろう?とか、家はリフム?すかり建て替えるんだたら引越しは延期にしなくちね、とかさ、もう訳わかんない」

*
ひよりはその後ずと押し黙たままだ。秋山さんはもう帰たから、と麻美さんが迎えに来ても帰らない。
思い描いてたものが、急にすかり違う風景になてしまたのだ。ひよりだて混乱しているのだろう。その日ひよりと猫は そのまま、うちに泊まることになた。

わざわざ布団を敷いてやたのに ひよりは私のベドにもそもそ入て来る。どうせ寝付けないんだし、一晩中愚痴でも聞いてやろう、そうハラくくたのに、ひよりはうつ伏せになたままわざとらしい寝息を立てている。猫は外に出たいのか窓やドアを引掻くし、やとうとうとしかけたらクロートのドアをゴツンゴツンと音を立てて開けようとする。そのまま私は一睡もできなかた。
     
次の日、私は学校で爆睡、ひよりは猫を医者に連れて行くと言て、そのまま学校には来なかた。ひよりがうちの家でずと待てるんじないかと思うと気が気でなく、子猫用のキトフードをお土産に買て慌てて家に帰た。ドアを開けたら母が待ち受けていて 
「ひよりちん、ずとうちに居たよ。でも帰らせた。麻美さんとよく話し合うように説得したからね」
ため息ついて 私に言た。 

*
翌日、ひよりの家に猫の様子を見に行た。
「クシミ猫、元気か?」 
「うん、薬貰た。結構タチの悪い鼻炎みたいでさ。 隠して連れ出すのに気を使たよ」
ふと見るとひよりの机には最近担任から配られた進路指導のプリントと小冊子が載ている。猫の薬の袋と診察券の傍には、近所の不動産屋のチラシが無造作に置いてあた。 私の視線に気がついて、ひよりは言た。 
「あれからずと考えてたんだ。家、出てみるのもいいかなて。 猫飼ても文句言われない住み家探すんだ」 
「あの家に住むの一番楽しみにしてたの、ヨリじない。何でそんな」
でもひよりが好きなのは「あの庭」、住みたいは「あの家」だ。それは私もよく解ている。
「いい機会だし、麻美さん、子離れさせてやろうかな、なんてね。だけど、家賃と学費はキツイし、就職目指すとしても卒業まではどうしよう、とかさ、結構悩むよね」

きまで窓際で寝ていた猫が大きなあくびをした。伸びをした後すり寄てきて、ひよりの膝に座る。
「麻美さんには、ちんと相談してるの?」 
「大事なことを全然相談してくれなかたのは麻美さんだて同じじない。」 

  
*
「猫がいないの。どうしよう」 

次の日の夜遅く、泣きそうな顔でうちに飛び込んできたのは麻美さんだ。
「ベランダの窓が開いてたの。私 気がつかなくて」
「ヨリは?」
「外、探すて飛び出していた」 
「解た、手分けして探そう」
「待て、私も行く」
私が靴を履くのも待たず麻美さんは先に駆け出した。  
  
それから何時間経たんだろう、三人で必死で探し回たけれど、猫はどこを探しても見つからない。
「明日、また公園に行てみよう。心配ないよ、大丈夫だよ」 
慰めてたのはひよりの方だた。 

「さき、あの人、秋山さん来てたわよ。すぐ帰たけど」
額に汗、手に土、身体に草のにおいをつけ、疲れ切た表情で戻て来た私たちを迎えたのは 憮然とした表情の母だた。ひよりたちが帰ると 母の分もコーヒーをいれ、さき母が言わないでいた何かを無理やり聞き出した。事情を話し、今、手分けして猫を探している、と説明すると 秋山氏は速攻、言たそうだ。 
「とりこみ中みたいだし、僕、今日は帰ります」
そして 笑顔で続けた言葉。 
「猫て、自分の死期を悟ると姿くらますとか言うしな

息を弾ませたひよりの顔が浮かぶ。そして、ひより以上に真剣な麻美さんの表情。私なら結婚相手が猫嫌いだたとしても、それだけなら全然構わないけれど 、麻美さんの男を見る目、大丈夫なのかな、ひより母娘の今後を思てかなり不安になた。 
  
*
──ヨリへ 「オイラは独りが案外好きで、自由気ままに生きたいので……」   

このまま猫が見つからなかたら。 勉強も手につかず、そんなことばかり考えていた。 まさか本当に死んじたりしないよね。もやもやした気持ちで 私はひより宛のメールの画面に文字を打ち込んでいた。 

──よりちんへ 「ずとたのしかたよ。よりちんがいてよかたです。 ありがとう。さようなら」

──ひよりさま 「ありがとう。もう一度生まれてきても ひよりちんに会いたいです」

──ひより殿 「『ちと ぼうけんの旅に出ます。またね。大好きだよ」

こんな手紙やメールを今まで何度、私はひよりに書いたことだろう。ペト禁止と言ても小動物は飼える。小鳥、金魚、ハムスター、、ひよりの家には今までも色んな生き物がいた。 
そして、その生き物が「いなくなる」度、落ち込むひよりを見ていられなくて 私はそいつ等の手紙を「代筆」してきたのだ。そいつ等の「ほんとうのところ」なんか知らないけどれ、それが私の冴えない頭で考えた、精一杯のことだたのだ。 
──こんなのちとも慰めにならないや
もうこんな子供騙しやて喜ぶ歳でもない。解てるのにそんな言葉ばかり、画面に打ち込んでは消した。
もし このまま猫が戻てこなかたら、ひよりは麻美さんとあの家で暮らせるんだろうか。秋山さんとも家族になれるんだろうか。

「くしん」
猫のくしみが聞こえた。いつの間にか私の部屋の網戸とクロートのドアが少しだけ開いていた。 
 

引越しのトラクが来て 、ひよりの家から荷物が運び出されていく。 
という間に過ぎた一か月だた。

あの日以来麻美さんは猫を手放すどころか更に可愛がり、秋山さんの足はだんだん遠退いていた。うちの母があの時の様子を教えなくても、麻美さんの秋山さんに対する見方は違てきたみたいだた。 
「もういいのよ、あんな男」「どこが好きだたのか 全然解らなくなたし」
麻美さんは笑う。いい笑顔だ。 
それでもきと散々泣いて、ひよりに慰めてもらたんだろう。 髪もばさり切て、シトになた。

──あの男てさ、猫嫌いなだけじなく、本当は他の生き物も、おまけに子供も好きじなくて 、その上、新築のマンシンでなき嫌だなんて言い出したんだよ 
ひよりが呆れ顔でこそり教えてくれた。
 
麻美さんが車のドアに手を掛ける。いよいよ出発だ。
猫の入たキリーグをひよりは大事そうに抱えて乗り込んだ。二人に大きく手を振る。
進みかけた車が少し行たところで止まる。ひよりが駆け戻て来て 何も言わずに私に抱き着いた。


荷物が運び出されたがらんとした隣の家に風が吹き抜ける。 
「ひよりちんもあんたも、いつかは親離れするんだよね」
 母は私の肩に手をやた。いつの間に私は母の背を抜いたんだろう。 

*
ひよりの引越しから数日して手紙がきた。手紙なんてもらうの、何年ぶりだろう。
差出人の住所は「猫の木のある家(予定)」、差出人は「クシミ猫、改め『アラタ』」
どうやら鼻炎もすかり治り、あの猫に私の名前(「新」と書いて実はアラタと読む)が付けられたようだ。 

「シンちんへ   
ここは とても居心地のいい家です。木登りはまだ練習中です。ボス猫とカラスがちと怖いです。
シンちん、ボクは最初にミルクをいれてくれたシンちんが とても好きです。
シンちんのクロートはあたたかくて、もぐりこんだら気持ちよくなて ついつい眠てしまたんだよ。いぱい探してくれて ありがとう。

そうそう、ひよりも元気です。ひよりもシンちんが大好きで、お隣同士になれて良かて言ています。ずと仲良しでいてやて下さい。

柿のはまだまだたくさんつきそうです。ジムにゼリーにコンポート。柿ケーキや柿タルトもいいな。美味しいものを色々、ひよりと一緒に作て下さい」   

ひよりの丸こい字が並んだ便箋をかさかさ畳む。 熟した柿の甘い懐かしい香りがしたような気がした。
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