第19回 文藝マガジン文戯杯「花火」
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オバQ音頭とふくらはぎ
投稿時刻 : 2022.05.20 23:37
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オバQ音頭とふくらはぎ
MOJO


 夏の夜空は星々が低い位置にあた。 
 冴ちんは白地に青い格子柄の浴衣を着ていた。ぼくはそれを見て、派手だな、一緒に歩くのはちと恥ずかしいな、と感じた。
 きうのきう、きうのきう、オバQ音頭できうきうきう♪
 盆踊りの歌は、炭坑節からオバQ音頭に代わていた。
 冴ちんとぼくは、踊り場のある稲荷神社まで歩く途中にいる。昼間は小学校への通学路であるその道は、夜になると、なんだか別の道みたいだた。神社の近くまで来ると、焼きそばやイカ焼きの露天が、辺りに美味そうな匂いを撒き散らし、ところどころに人だかりをつくていた。
「焼きそば、食べようかな」
「だめよ、お小遣いは三百円でし?」
「冴ちんは、何を買うの?」
「リンゴ飴、なかたら金魚すくいをやるの」
「ああいうところで買う金魚は、すぐ死んじうよ」
「あら、そうなの? そういえば、去年買たピンクのヒヨコもすぐ死んじたのよ」
「だろ? 生き物は止めた方がいいて」
「太一はまたはかパイプ?」
「うん、あれは喉がスースーして気持ちがいいんだ」
 ぼくたちは神社の境内へとつづく石段を登ている。前を歩く冴ちんの浴衣の裾から形の良いふくらはぎがちらちら見える。ぼくはそれを見て、なんだかどぎまぎする。しかし、なぜ胸が高鳴るかは、ぼくには解らなかた。
 境内は、やぐら太鼓を中心に、踊りの輪が時計回りにまわていて、オバQ音頭なのに、浴衣を着た大人たちが大勢踊ていた。リンゴ飴を買た冴ちんは
「太一、あたし、ちと踊てくる。太一はどうせ踊らないんでし?」
「うん。ぼく、踊りはいいや」
 冴ちんが踊りの輪に溶け込むのを確認すると、ぼくは露天を一軒一軒見てまわる。仮面ライダーやウルトラマンの顔が並ぶお面屋、甘い匂いのカルメ焼き、杏やスモモが選べる水飴屋。
 射的の付近に同級生たちが群がている。ぼくはそこへ行くか否かで迷ていた。一緒に遊びたいが、そうすれば、冴ちんと来ていることがばれる。ばれれば、冷やかされるかもしれない。でも、冴ちんを紹介して、皆に自慢したい気持ちもどこかにある。
 冴ちんは、ぼくの二つ年上の従姉妹だた。夏休みになると、毎年、両親とお婆ちんとで暮らすぼくの家に、叔母さんと一緒に里帰りに来るのだた。中学一年生になた冴ちんを、ぼくは急に大人びてきた、と感じていた。おぱいも少しだが、ふくらんでいる。
 はかパイプを買てくわえていると、同級生のひとりがぼくに気づいた。
「おい、ひとりで来たのか? たけしが射的でプラモデルを落としたぞ。おまえもやらないか?」
「いや、おれはいい」
 そこへ、ひと踊りした冴ちんがやて来た。
「太一、探したわよ。リンゴ飴の屋台のまえで待てるはずじない」
「ごめん」
「あれー? おまえ、女と一緒なのか? おおい、太一が女連れだぞ!」
「なにい? まじかよ……へー、ちと可愛いじないか」
「従姉妹の冴ちんだよ。夏休みでうちに泊まりに来てるんだ」
 ぼくは、事が悪い方に傾かないように、慎重にいた。
「き!」
 冴ちんが突然悲鳴を上げた。たけしがゴムのおもちの蛇を冴ちんの顔の前に垂らしたのだ。尻餅をつく冴ちん。脚が広がて、下着が丸見えだ。ものもいわず、たけしに飛びつくぼく。だけど、たけしは中けんだ。ぼくたちの仲間内では、喧嘩の一番強い者が大けん、その次に中けん、小けんと続く。
小けんにも成れていないぼくはたけしに軽くあしらわれる。
「やめて!」
 冴ちんが叫ぶ。
「け、このくらいにしといてやるよ。女と一緒でよかたな、太一」
 たけしが余裕の表情でいう。 ぼくは何も言い返せない。悔し涙があとからあとから流れてくる。
 あいつらは、ぼくたちを冷やかしながら何処かへ行てしまた。
ドーン、ドーン。花火が上がり始め、盆踊りは佳境に入てゆく。
「太一、花火がきれいよ」
 何事もなかたように、冴ちんがいう。
 それでも、ぼくの涙はとまらない。
 花火が終わた帰り道、むつりと黙たままのぼく。
「もういいじない あたしは気にしてないから」
 冴ちんの口調は、妙に大人びていた。

                   <了>
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