てきすとぽい
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第19回 文藝マガジン文戯杯「花火」
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お別れ花火
(
maygaiizumichi
)
投稿時刻 : 2022.05.21 09:57
字数 : 4013
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お別れ花火
maygaiizumichi
その町では、花火が有名だ
っ
た。
夏はもちろん、春にも秋にも冬にも年中夜空に花火が輝いていると有名で、各地から観光客が訪れる。
町には不思議な風習があると噂されていた。外の人は知らない。別に孤島でもないのに情報が‘知れ渡
っ
ていないのは、口止めされているのではという話もある。
僕はこの度、寂れた列車に乗
っ
てその町へや
っ
てきた。
でも僕の目的は多くの人々とは違う。観光ではなく引越しなのだ。
なぜ引越しにな
っ
たのかといえば、仕事の都合上である。家賃も安いと聞くし、いい物件を見つけていた。
新しい家はこじんまりとした一戸建て。
とりあえず腰を落ち着けたら、まずは挨拶回りだ。田舎はこれが大事と聞く。挨拶をサボ
っ
ていると、村八分にされるかも知れない。
近所を巡回してわか
っ
たのは、かなり高齢者の割合が多いということ。死にかけの爺婆だらけじ
ゃ
ないか。
若者差別があるらしく、ジジイどもはこちらを白い目で見てきた。僕は怖くな
っ
て逃げ去
っ
た。
帰り道。
僕がトボトボと歩いていると、突然誰かに声をかけられた。
「あんた新しい顔ね、観光客?」
振り返ると、そこには一人の少女が立
っ
ていた。
背丈から見て高校生くらいか。田舎
っ
ぽい顔つきの娘だ
っ
た。
「やあこんにちは。僕は観光じ
ゃ
なくて、越してきたんだよ」
「へえ。
……
可哀想にね。こんなところに引越したなんて不幸な人」
憐れむようでありながらからかいにも思える言葉を投げかけてくる少女。
僕は少しだけムカ
ッ
とした。
「この町は、そんなに悪いのかい」
「と
っ
くの昔に終わ
っ
てるわ。腐
っ
たドブネズミの巣みたいな町よ。反吐が出る」
「じ
ゃ
あなんで君はこんな場所にいるんだよ?」
吐き捨てるように汚い言葉を並べる彼女に、ぶ
っ
きらぼうに尋ねてみる僕。
「うちの婆ち
ゃ
んを放
っ
ておけないだけ。爺ち
ゃ
んが死んで、一人きりじ
ゃ
トイレもでき養い。クソ
ッ
タレのババアよ」
僕にそんな愚痴を言
っ
て、何のつもりなのか。僕は不可解に首を傾げた。
「新入りさんにご忠告
っ
てこと。若い人は珍しいからね」
「学校は?」
「そんなのない。全部廃校だもの」
テレビで噂される花火の町の実態が少女の言う通りなのであれば、かなり意外だ。
ここまでに寂れているとは思うまい。表向き、観光客には活気あるように見せているのだろうか。
「気をつけなさいよ。今の話、観光客やら老人に話しち
ゃ
ダメよ。殺されるから」
少女はそう言
っ
て、立ち去ろうとした。けれど僕はそれを引き止める。
「せめて名前だけでも教えてよ。僕は新谷。君は?」
「
……
聞いてどうするの」
少女の冷たい視線に、僕は少しばかりヒヤリとした。
「いや別に。一応だよ」
「私は|花村蛍火《はなむらけいか》。変な名前でし
ょ
う?」
変な名前というか、非常に可愛らしい名前だなと僕は思
っ
たのだが、それを言うと怒りそうな気がしたのでやめた。
僕らはそのまま別れ、帰途についた。
深夜、僕は布団の中で花火の音を聞いた。本当に年がら年中や
っ
ているのだろうか。不思議だなと思いつつ、眠りに落ちた。
******************************
「またあんたなの」
翌日、仕事帰りに一人で歩いているとまたもや声をかけられた。
――
蛍火だ。
「君、今日はどうしたの?」
「家でババアが泣き喚いてう
っ
さいのよ。で、気分転換に外へ出てみたの」
彼女の祖母はボケており、「夫を殺したのは誰!?」と号泣
……
というより錯乱しまく
っ
たらしい。
しかし少女は割合平気な顔だ。よくあることなのかも知れない。
「ほんとババアには辟易しち
ゃ
うわ。友達とかがいたら任せられるのに」
「友達いないんだ?」と僕は訊いてみる。
蛍火が頷いた。
「ふー
んそうなんだ」
そう言
っ
たら、なぜか睨まれてしま
っ
た。意味不明である。
「あんたもボケてんじ
ゃ
ない?」
「え
っ
。ボケてないよ」
「ならいいけど」
蛍火は腰に手を当て、怒り顔だ。
何か逆鱗に触れてしま
っ
たのだろうか? 僕は不可解に首を傾げる。思春期の子はこれだから扱いづらいのだ。
まあ僕も五年くらい前まで思春期だ
っ
たのだけれど。
「仕事、何してんの?」
「スー
パー
のバイトだよ。転勤を言い渡されてね」
蛍火は「ああ」と声を上げた。
「あの老人ホー
ムの向かいの〇〇スー
パー
ね。あそこも老人ホー
ムみたいな感じだけど。老人臭がぷんぷんするのよね」
確かに今日初仕事へ行
っ
てみれば、客はもちろん同僚さえも僕より四十歳は歳上の人ばかりだ
っ
たような気がする。かなり高齢化が進んだ街なのだと知れた。
「私、うちのババアが死んだらいつかこの街を出てやるのが夢なの。それで大学に入るわ」
「大学?」僕は首を捻る。
「そうよ大学。何か変?」
「君、高校に行
っ
てないんだろ。じ
ゃ
あ大学だ
っ
て行けるわけないじ
ゃ
ないか」
押し黙る蛍火。どうやら図星らしい。
「そ、それはなんとか
……
するわよ」
「そう簡単にできるものじ
ゃ
ないよ。そうだ、僕でいいなら教えてあげるけど」
バイトの時間はそう長くない。午後からであれば、毎日教えてやることもできるだろう。どうせ暇だし。
蛍火はしばし迷
っ
た挙句、「考えておくわ」と言
っ
て去
っ
てい
っ
た。
そして彼女が断りもなしに突然我が家へ押しかけてきたのは翌日のことである。
******************************
「君、考えておく
っ
て言
っ
たじ
ゃ
ないか」
「言
っ
たわ。そして考えて、行こうと決めた。こんな新築は珍しいからすぐわかる。何か文句でも?」
「
…………
」
仕方なしに僕は彼女を家へ上がらせることにした。
案の定
……
と言
っ
ては悪いが、彼女の学力はかなり低い。これを鍛え上げるのは至難の業と言えるだろう。僕もそこまで頭がいいわけではないし。
それでも彼女が勉強熱心であ
っ
たおかげで、一日、二日、三日とやるうちに確実に成果が上が
っ
てい
っ
た。
蛍火もどこか楽しそうだ。勉強時間が終わると他愛ないことを話し合う。
やはり若い人が他にいないせいか、僕らはどんどん距離を縮めてい
っ
た。
そんなある夜。
夕食を共にしていると、花火の音が聞こえてきた。
「ドー
ン、ドー
ン」と低音が響く。僕はふと気にな
っ
て訊いてみた。
「あの花火
っ
てなんでいつも鳴
っ
てるんだ? ほとんど毎晩や
っ
てるけど、何のために?」
「あれはね、お別れ花火
っ
ていうの。この町の古いしきたりよ」
蛍火は淡々とした声音で説明してくれた。
「この町の人が一人死ぬ度、お別れ花火が上がる。あれが一種の弔いなの。昔は今より上がる頻度が少なか
っ
たんだけど、今はし
ょ
っ
ち
ゅ
う。それだけ爺婆どもが死んでるのよ」
「へえ」
お別れ花火とは、また変な考え方だ。仏教や神道にそんな弔いはないから、この街独自なのだろうな。
観光客たちはそれを「綺麗
〜
」とか言
っ
て見ているわけだ。そう考えると少し可笑しか
っ
た。
しかし蛍火は笑わない。それどころか少し暗い顔だ。
「今日は、私のババアが死んだの。あれはそのお別れ花火」
「
……
そうなんだ」
「誤解しないで。ち
っ
とも悲しくなんかないわよ。体が生きてるだけで、精神はと
っ
くの前に死んでるんだから」
彼女が強が
っ
ているのか、本当にそう思
っ
ているのか、僕にはわからなか
っ
た。
僕らはその後花火の音を聞きながら夕食を終えた。
「明日も来るわ。遺品整理があるから少し遅くなるかも知れないけど」
「いいよ。じ
ゃ
あ、また明日」
僕は手を振り、蛍火を見送る。
しかし来るはずの『明日』は、や
っ
てこなか
っ
た。
******************************
蛍火があまりにも遅いので心配になり、暗くな
っ
てから彼女の家まで行
っ
た。実際にお邪魔したことはないものの、場所は教えてもら
っ
ていたのだ。
扉を叩いたが、返事はなか
っ
た。
「何か急用でもあ
っ
たのか
……
?」
不審に思いつつ、僕は帰宅した。
――
そして蛍火が家から出てこないと聞かされたのは、次の朝早くのこと。
隣の家の老人がや
っ
てきて言
っ
たのである。
「ついてこい」
僕は案内されるままに、蛍火宅へ向か
っ
た。
家の前にはたくさんの老人が群が
っ
て、扉を蹴破ろうとしている。しかしうまく行かないようだ。
「娘
っ
子が出てこんのじ
ゃ
。一昨日の晩、お前さんの家から帰
っ
てきていたのは確認済みじ
ゃ
けん、丸一日呼んでも返事がない
っ
ち
ゅ
うことじ
ゃ
」
それは確かに妙だ
っ
た。
胸が早鐘を打つ。嫌な汗が噴き出た。
僕は前に出て力い
っ
ぱい体当たりし、扉を破壊した。そのまま一も二もなく家の中へ飛び込む。
……
本棚に押し潰された蛍火を発見したのは、それからすぐのことだ。
天井までの高い本棚が倒れ、その下から少女の白い生足が突き出している。あたりに本が散乱していた。
「蛍火! 蛍火!」
叫び、僕は蛍火を引きずり出す。
すると見るも無惨な彼女の体が現れた。明らかに息絶えていた。
「ああ
……
」
僕は地面に崩れるように座り込んだ。
頬を涙が伝う。次から次へと、とめどなく流れていく。
信じられない。夢だと言
っ
てくれ。これが夢であ
っ
てくれ。
しかし現実は無情で、ついに目が覚めることはない。蛍火が息を吹き返すことも、決してなか
っ
た。
******************************
遺品整理中、本棚の下敷きにな
っ
て亡くな
っ
た蛍火。彼女の短い一生は呆気なく幕を閉じた。
今夜は彼女のためのお別れ花火が、空を明るく彩
っ
ている。
黄色や赤、青に紫。様々な色が|灯り、夜空に花を咲かせていく。
窓からそれを眺めながら、僕は一人、想いに耽
っ
ていた。
ついこの間まで当たり前のように隣にいた彼女の姿はなく、僕の心はどこまでも空虚だ。
どうして彼女は死んでしま
っ
たんだろう。素直じ
ゃ
なくて、でも可愛くて。そんな彼女がどうして死ななければならなか
っ
たのだろう。
これが運命なのだとしたら、悲しすぎる。
「都会へ出て、大学に行くんじ
ゃ
なか
っ
たのかよ
……
。なあ、蛍火」
問いかけても返
っ
てくるのは静寂だけだ
っ
た。
空にひときわ大きな花火が打ち上がり、キラキラと輝く。
少女
――
花村蛍火の魂が花火とな
っ
て散
っ
たように僕には見えた。
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