第19回 文藝マガジン文戯杯「花火」
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残像
あち
投稿時刻 : 2022.05.22 22:54
字数 : 671
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残像
あち


 まるで花火のような人だた。
 混沌とした墨色の世界に、スパンコールのような作品を放ち消えて行た。消え方があまりにも静かだたから、ボクは今まで気づくことができなかた。
 目をつぶると思い出す。
 キラキラと光る色彩は一瞬だけ形を作り、全てと溶け合て人々の心を掴み光の先へと連れて行く。掴まれた心は互いに共鳴し合い幻を見る。現実から遠く離れた甘い誘惑。だけど一瞬で消える夢の世界。あの人が見せてくれた秘めた宝物。
 忘れられない幻を求め、ボクが行き着いたのは果てしなく広がる黒い海だた。
 ほんの少しのイメージを抱いて今日もまた海へ潜る。その海には、きれいな言葉、汚い言葉、危険な言葉、よくわからない言葉、たくさんの言葉が揺らめいて、大きく、小さく、早く、緩く、複雑に流れを作ていた。それらはグルグルと渦を巻き、腕に足にまとわり付いてボクの体を深く深くと沈めていく。見えない底へと沈めていく。のまれたら最後だ。流されたら上がてこれない。持てる限りの力を振り絞て泳ぎ切るしかない。
 小さく光るイメージを無くさないよう大切に抱いて、相応しい言葉、大好きな言葉、求める言葉を見つけては、1つ1つと小さな光に張り付けていく。あの日見た花火を思いながら、少しずつ少しずつ形を作る。ボクだけの形を作る。そして夢を見る。この黒い海に花火を上げることができたなら、何が起こるのだろう?
 今年も夏が来る。花火の季節だ。
 言葉の海に足を掴まれ這い出ることができないボクは、険しく切り立つ岩壁にしがみ付き空を見上げる。
 広がるのは今も変わらない墨色の世界。思うのはあの日の花火。
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