推敲バトル The First <前編>
〔 1 〕«〔 作品2 〕»〔 3 〕…〔 5 〕
僕の知らない女の子のこと
投稿時刻 : 2013.06.16 22:24
字数 : 2664
1 2 3 4 5
投票しない
僕の知らない女の子のこと
犬子蓮木


 冷蔵庫がでてきた。
 彼女の口から冷蔵庫がでてきたんだ。なにを言っているかわからないと思うけど、僕だってわからない。彼女は何事もなかったかのように冷蔵庫をあけて、中から炭酸水を取ってくれた。
「口ゆすいで」
「えっ……」
「はじめてのキスなのに、変な味じゃイヤでしょ。さっきマックいったし」
 ここは河原。僕らは中学生。はじめてのデートで、はじめてのその……キスの雰囲気になった瞬間だった。夕方で少し影になったところなので周りに人はいない。
 僕と彼女と冷蔵庫。
 それだけ。
 そんな状況だった。その冷蔵庫は彼女の口からピッコロ大魔王よろしくでてきたんだけど。
「あの、この冷蔵庫ってなに?」
「シャープのSJ-WA35Y。最新型だよ。どっちもドアがついてて……」彼女は扉を左右から一度ずつ開け閉めする。「なんとプラズマクラスター付き!」
「ぷらずまくらすたぁー……」僕は感嘆の声をもらす。「え、あのそうじゃなくて」
「なに? 電気なら心配ないよ。充電バッテリー付けてるから」
 いや、そういうことでもなく。いや、それはそれですごいけど。
「なんで冷蔵庫?」
「だから口をゆすいで欲しいなって」
「そ、そうじゃなくて!」
 つい声が大きくなってしまった。
 彼女がすこし悲しそうな顔する。
「ねえ、もしかしてあたしのことほんとは嫌い? あたしと……あたしみたいなブサイクとキスするのとかイヤ? だからなんとかごまかして逃げようとしてるの? それなら言ってよ。今日、遊んでくれただけでうれしかったし」
 そんなわけない。僕だって楽しかったし、好きだし、してみたいことなんていっぱいある。
 だけど! そんなとき口から冷蔵庫が出てきて冷製でいられるほど、ほど……なんだ? 普通じゃないとか? これで落ち着いているほうが普通じゃないよな。違う。そんなことはどうでもいい。泣きそうな彼女をなぐさめないと。
「好きだよ。僕だって君のこと好き。だけどね……」
「だけどなに?」
「冷蔵庫って口から出せるものなの!」
 彼女はキョトンとしている。
 それから笑い出した。
「なんだそんなこと」彼女はおなかを抱えて笑い続けている。「女の子はね、みんないろいろ出すんだよ。そっかー。男子は保健の授業別だもんね」
 彼女がそっと僕に体をあずける。それから持っていた炭酸水を口にふくで、はきすてて。同じペットボトルを僕にも寄越した。
「もういいよね?」
「うん……」
 僕はごくりとつばを飲み込んでソレを受け取った。

 翌日。いろいろあって、だからといって変わりはなく学校。僕も彼女も同じクラスで、だけど付き合っていることなんかは内緒にしている。だからクラスではそんなに話さない。挨拶だって特別したりはしない。
 昨日はいろいろ衝撃だった。味がどうとか言っていたけど、僕にとってのファーストキスは冷蔵庫の思い出しか残っていない。女子ってみんな冷蔵庫を出せるんだろうか。男子はみんなあんな経験をしているんだろうか。知らなかった。だってネットでエロ動画見ても冷蔵庫出すシーンなんてないし、漫画読んでてもみんなそんなことしていないじゃないか。
 僕はどうしても頭がぐるぐるだったので、給食を食べ終えての昼休みの時間に、友達に聞いてみることにした。そいつはよくモテる奴で、恋愛経験が豊富な友人だから、きっといろいろ教えてくれるだろう。
「……なあ、女の子って口から冷蔵庫だすのって普通?」
「なんの冗談? ねぼけてんの?」
 出さないのか?
 僕は少し恥ずかしくなりながらも、小声で昨日のことを説明した。こいつは良い奴だから僕のことをバカにしたりはしない。からかったりはするけど。
「ああ、それか」
 そいつは笑った。声が大きかったので、ちょっと周りに聞こえないようにしろって止める。
「俺の知ってるのだと本だしたりとかはいるね。恋愛小説だしてシーンをなぞったり。あとはガムとか、口臭が気になるんだって」そいつは続ける。癖なのかじょじょに声が大きくなっていく。「冷蔵庫出す奴は見たことないな」
 残響。僕は頬に衝撃をくらった。どうやらいつのまにか近づいてきた彼女にビンタをくらったらしい。
「サイテー!」
 彼女は顔を赤くして泣いている。
 教室がざわざわとうるさくなる。
 チャイムがなった。休み時間が終わりということ。先生が時間通りにはいってくる。几帳面な人。いつも廊下でチャイムを待っているんだ。普段はそれでみんな席に付く。だけど今日はそうはならなかった。みんな空気に浮かれていて、先生もなにかを察して、僕が彼女に歩み寄ろうとして、けれど彼女は教室から飛び出してしまった。
「えっ」僕はやっと声を漏らす。
 クラスの女子が、僕のやったことが酷いことだって遠巻きに言っていた。どうやら何を出すかはすっごいプライベートな情報で、周りに言ってはいけないものらしい。そんなものが知り合いにばらされることなんてありえないことだって。
「追いかけなよ」メガネでいつもクールな委員長が一言だけつぶやいた。
 クラス中が「そうだそうだ」と盛り上がる。
 先生も「お前は今日、欠席だな」と勝手に僕を休みにした。
 なんだこれ。なんだこの空気。僕はすがるようにして友人を見た。そいつはウィンクして親指つきあげ言った。
「グッドラック」

 僕は教室を出て彼女を探す。どこに言ったのだろうか。なんとなくわかっていた。そこはまだ少ししか付き合っていない僕と彼女の中でそのきっかけとなった場所だ。
 うちの学校には校庭の真ん中に松林がある。1周200mほどと結構な広さで、校庭を大きいものと小さいものに分断していて、体育会系の部活はそこの周りをランニングするのが日課になっている。
 そこの松林にはオカルト的な伝説があって、僕と彼女はそれがきっかけで付き合い始めた。
 今は授業中。大きい方の校庭では、体育をやっている。だから松林の裏側のほうにあたりをつけて僕は走った。玄関を出て近づくと林の影に冷蔵庫が見えた。さらにその影にしゃがみこんで泣いている彼女を見つけた。
「ごめん!」
 僕は息を切らして近づいて、ただひたすらにあやまった。
 許してくれないだろうか。僕のしてしまったことはとても酷いことだって、まだよくわかってなかったけど、彼女の様子を見てすこしずつだけど理解しはじめていた。
 彼女が泣き腫らした目でこちらを見上げる。
 とてもかわいかった。
「泣かないで。許してくれるならなんでもするから」
「ほんとうに?」
「うん」
「あたしのこと好き?」
 うなずこうとした。「好き」って言おうとした。だけどそうはしなかった。やっぱりそうじゃないよね。
 僕はただ冷蔵庫をあけて、炭酸水を取りだした。
← 前の作品へ
次の作品へ →
1 2 3 4 5 投票しない