てきすとぽい
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第72回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
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恋から愛が生まれるとき
(
浅黄幻影
)
投稿時刻 : 2022.12.10 23:17
字数 : 1684
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恋から愛が生まれるとき
浅黄幻影
五年間、私たちは付き合
っ
た。出会
っ
たのは大学、私が三年の冬に研究室に入
っ
たときだ。一年年上の彼は私の指導をしてくれて、そのときに親しくな
っ
た。彼も私も大学の近くに住んでいて、夜遅くに実験機械の順番待ちで話すことが多か
っ
たからだ
っ
た。毎日のように五時間、六時間と研究室で時間を潰し(そして結果は三十分で出ることもあり)、あるいは遅くまでも
っ
とがんばるほかの人たちと話していた、おおらかな大学時代だ
っ
た。
彼がその気にな
っ
ていたのを知
っ
ていたし、私もそのつもりだ
っ
たし、そして私が大酒飲みなのもあり、酔
っ
た勢いで開いた私の家での三次会でふたりで飲み明かしたとき、私たちは付き合うことにな
っ
た。ボトルの大五郎から「おー
っ
と
っ
と
っ
と」とガラスコ
ッ
プに注ぐたびに笑い合
っ
たのはいい思い出だ。その夜にはつまみなんていらなか
っ
た。必要なのは酒で顔を赤らめて気を大きくし、体裁を整えようと髪を整えてつつも本当は気持ちを伝えるためのアピー
ルなものをして、最後に抱きしめ、虚ろな目で見つめ合
っ
てキスをすることだ
っ
た。
それから、ふたりとも卒業し、就職し、通い合いの恋愛の末に同棲を始めた。一緒の部屋にいると空気も違う。ひとりひとりの生活品から生まれる匂いとそれぞれの香りが混ざり合
っ
た、新しい生活の匂いだ
っ
た。大五郎は卒業し、ち
ょ
っ
とだけ日本酒を一升瓶で買
っ
てくるようにな
っ
た。
私たちの仲が冷め始めたのはいつだ
っ
ただろう。あれだけ一緒に抱擁とキスをして、テレビの前で肩を寄せて、スパゲテ
ィ
をゆでる横でソー
スをかき混ぜたのに、いつの間にか手をつなぐことはなくなり、お気に入りのマグカ
ッ
プは割れたのを機にそれぞれ別のものにな
っ
たり、ベ
ッ
ドで眠るときも向き合
っ
たり腕を回していたのが背を向けるようにな
っ
たり
……
。
それで、私はキレた。ある夜、夕飯を食べ終えると同時に私たちはけんかになりキレた。酒はだいぶ入
っ
ていた。
開け
っ
ぱなしの電子レンジの扉を思い切り強く締めて「あー
あ!」と嘆いて、ふたりが住むにしてはやや大きいソフ
ァ
ー
に身を投げた。私の悪態に、彼は何も言わない。当たり前だ、彼が悪いんだから、何も言い返さないのは当然だ。言うのなら私への謝罪だ。でも、彼は黙
っ
ている。キ
ッ
とにらみつけると、彼はにらみ返さない。彼の目の色は困惑していた。私とどうや
っ
て和解するか困
っ
ているのだ。彼は何も言わない、言い返すことも謝ることもできない。
午前零時を過ぎ、食器もそのままのテー
ブルを挟んで私たちはまだ対峙していた。言うことは何もない。けれど、ピリピリした空気で充ちている。たくさん飲むのに適している大五郎を台所の隅から持
っ
てきて、コ
ッ
プに注いで私だけや
っ
ていた。彼といえば、ず
っ
と突
っ
立
っ
たままだ。
でも私も少し後悔し始めた。キレる必要なんてなか
っ
たんじ
ゃ
ないだろうか。冷めた関係を温めるのにキレるのはどうなんだろう。そんなことをして、傷は修復されるのか? 修復しようとしてハンマー
で殴るようなものでは?
「
……
悪か
っ
たよ」
や
っ
と彼が口をきいた。午前一時だ。
「それだけ? 言うことはそれだけ?」
私はまたキレてしま
っ
た。これには彼もむ
っ
とした様子だ。
「そうだよ、悪か
っ
たよ。謝るよ。ごめん。
……
それだけだ」
彼は風呂に入ると言
っ
てバスルー
ムに向かおうとした。
私はカ
ッ
!とコ
ッ
プを置いて、彼に駆け寄
っ
て手をつかんだ。彼はもう話すことはないと言
っ
た。
「もういいだろ、一時だ。さ
っ
さと寝てしまおう。この話は終わりだ」
「謝るとか、悪か
っ
たとか
……
それだけじ
ゃ
ダメ! も
っ
と、も
っ
と怒
っ
てよ!」
私は思い切りキレて、思いの丈をぶつけた。なんで怒らないの? 怒らないと私たちの気持ちの行き違いの原因がわからないじ
ゃ
ない! この場はなんとなくやり過ごせるかもしれないけど、火種はず
っ
とこのままだよ? それじ
ゃ
ダメなんだよ、も
っ
とさ、も
っ
と言い合おう? も
っ
とけんかしよう!
それで私たちは思い切りけんかをした。でも、それはた
っ
た五分のことだ
っ
た。けんかが終わ
っ
た私たちは思い切りいい笑顔をしていて、ふたりの間に生まれていた距離はぐ
っ
と縮ま
っ
たんだ。
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