静かな美術館
美術館に来ていた。
静かな空間、多くの絵が飾られている。人の数はそれなり。
のんびりと絵を見ながら進んでいく。目的の絵は奥の方だろうか。
まあゆ
っくり行こう。
目的はあれどそれ以外の絵も見ておきたい。
壁に大きな絵がかかっている。横にたくさんの線が並んでいる。壁に近づくと絵が視界に入り切らず、様々な色のラインが揺れているように思えた。
この絵は、日本に行ったときにも見たものだ。
仕事で日本を訪ねた際、近くの美術館で見た。
そういえばと思い出す。案内されていたオフィスで、耳にイヤホンをさし、不機嫌そうな顔でノートPCに向き合っているやつがいた。そいつが美術館にもいたのだ。オフィスにいたときの不機嫌そうな顔は代わり、絵に衝撃を受けていたようだったので、覚えている。
ふらっと周りを見るが 、さすがにそいつはいなかった。
ここはアメリカだ。日本からはだいぶ離れている。
わずかに残念な気持ちを感じながら、次の絵に向かう。
今度は緑色の絵だ。絵の中の緑色は歪んでいて、規則性を感じさせない。
今日の展覧会は抽象画を集めたものなので、ぱっと見て、なにが描かれているかはわからない。絵の横に、書かれている説明文を読んでも、わからないものが多かった。
まあ、それでいいんだ。
なんとなく思うものがあればいいし、それがたのしい。
じっと見つめていると引き込まれそうになる。
いい絵だと思う。ただ、ずっとここに立ち止まっているわけにはいかない。まだまだたくさんの絵があるのだから。
重くなった足に意志を込めて動かし、次の絵に向かう。
少しずつ、ゆっくりと、たくさんの絵を見ていく。
少しずつ、ゆっくりと、いくらかの人がうごめく。
絵の前に立つ人が邪魔なようにも感じれば、同じく絵からなにかを感じる友人であるようにも感じる。
ひととおり、見てまわり、目的の絵の前にやってきた。
青い絵だ。
とても小さい。
額の中で余白が大きく取られていて、絵の大きさ自体はペーパーバックぐらいしかない。
雑誌で、展覧会の予定を見ていたときに、小さく写っていたこの絵に目が止まった。今日の開催日まで、気になっていろいろ調べた。
この絵は普段、オランダの美術館にあるらしい。今回は20年ぶりぐらいにアメリカにやってきた。オランダには行ったことがない。行ったことのある国は、日本とカナダぐらいだ。もう少しいろいろな国に行っておけばよかっただろうか。日本でもまだまだ見たいものがあった。京都には行ったことがない。
描いた人間は、そこまで有名な人ではないらしい。ノルウェー人で、まだ存命ということだった。そんなに多くの絵を描いているわけではなく、検索してもそんなに多くの絵は見つからない。
この絵を見ている人はいなかったので、正面に立った。
青い。
歪みの少ない絵。
幾何学的といえばいいのか。
冷たく。
無機質。
鼓動がはやまる。
小さく、しかし大きさを感じる。
ああ、そうだ。
銃声。
悲鳴。
人々がわめきながら散らばっていったようだ。
僕は、絵を見ていた。
絵には、弾痕、額のガラスに穴とひび割れ。
僕の手には拳銃、伝わる熱と火薬の匂い。
「おい、銃を捨てろ!」警備員がやってきた。
銃声。僕は再び、絵を撃つ。
繰り返し。
撃つ。
「銃を捨てろ。捨てないと撃つぞ」
捨てない。絵に銃を向ける。
銃声。
穴が空いた。
僕の体に。
僕の銃はもう弾切れだった。むなしい音をたてたけれど、喧騒の中ですぐに消えた。
僕は絵の前に倒れる。
赤い血が地面に広がっていく。
僕は体を捻って、絵を見上げた。
絵は穴だらけになった。
いい絵だった。
大好きな絵だった。
だからこのままにはしておけなかった。
もう体が動かない。
だけどあの絵は、僕の心に深く残っている。 <了>