第73回 てきすとぽい杯
 1 «〔 作品2 〕» 3  5 
静かな美術館
投稿時刻 : 2023.02.18 23:21
字数 : 1498
5
投票しない
静かな美術館
犬子蓮木


 美術館に来ていた。
 静かな空間、多くの絵が飾られている。人の数はそれなり。
 のんびりと絵を見ながら進んでいく。目的の絵は奥の方だろうか。
 まあゆくり行こう。
 目的はあれどそれ以外の絵も見ておきたい。
 壁に大きな絵がかかている。横にたくさんの線が並んでいる。壁に近づくと絵が視界に入り切らず、様々な色のラインが揺れているように思えた。
 この絵は、日本に行たときにも見たものだ。
 仕事で日本を訪ねた際、近くの美術館で見た。
 そういえばと思い出す。案内されていたオフスで、耳にイヤホンをさし、不機嫌そうな顔でノートPCに向き合ているやつがいた。そいつが美術館にもいたのだ。オフスにいたときの不機嫌そうな顔は代わり、絵に衝撃を受けていたようだたので、覚えている。
 ふらと周りを見るが 、さすがにそいつはいなかた。
 ここはアメリカだ。日本からはだいぶ離れている。
 わずかに残念な気持ちを感じながら、次の絵に向かう。
 今度は緑色の絵だ。絵の中の緑色は歪んでいて、規則性を感じさせない。
 今日の展覧会は抽象画を集めたものなので、ぱと見て、なにが描かれているかはわからない。絵の横に、書かれている説明文を読んでも、わからないものが多かた。
 まあ、それでいいんだ。
 なんとなく思うものがあればいいし、それがたのしい。
 じと見つめていると引き込まれそうになる。
 いい絵だと思う。ただ、ずとここに立ち止まているわけにはいかない。まだまだたくさんの絵があるのだから。
 重くなた足に意志を込めて動かし、次の絵に向かう。
 少しずつ、ゆくりと、たくさんの絵を見ていく。
 少しずつ、ゆくりと、いくらかの人がうごめく。
 絵の前に立つ人が邪魔なようにも感じれば、同じく絵からなにかを感じる友人であるようにも感じる。
 ひととおり、見てまわり、目的の絵の前にやてきた。
 
 青い絵だ。
 とても小さい。
 額の中で余白が大きく取られていて、絵の大きさ自体はペーパークぐらいしかない。
 雑誌で、展覧会の予定を見ていたときに、小さく写ていたこの絵に目が止また。今日の開催日まで、気になていろいろ調べた。
 この絵は普段、オランダの美術館にあるらしい。今回は20年ぶりぐらいにアメリカにやてきた。オランダには行たことがない。行たことのある国は、日本とカナダぐらいだ。もう少しいろいろな国に行ておけばよかただろうか。日本でもまだまだ見たいものがあた。京都には行たことがない。
 描いた人間は、そこまで有名な人ではないらしい。ノルウ人で、まだ存命ということだた。そんなに多くの絵を描いているわけではなく、検索してもそんなに多くの絵は見つからない。

 この絵を見ている人はいなかたので、正面に立た。
 青い。
 歪みの少ない絵。
 幾何学的といえばいいのか。
 冷たく。
 無機質。
 鼓動がはやまる。
 小さく、しかし大きさを感じる。
 ああ、そうだ。
 
 銃声。

 悲鳴。

 人々がわめきながら散らばていたようだ。

 僕は、絵を見ていた。
 絵には、弾痕、額のガラスに穴とひび割れ。
 僕の手には拳銃、伝わる熱と火薬の匂い。

「おい、銃を捨てろ!」警備員がやてきた。

 銃声。僕は再び、絵を撃つ。
 繰り返し。
 撃つ。

「銃を捨てろ。捨てないと撃つぞ」

 捨てない。絵に銃を向ける。

 銃声。

 穴が空いた。
 僕の体に。

 僕の銃はもう弾切れだた。むなしい音をたてたけれど、喧騒の中ですぐに消えた。
 僕は絵の前に倒れる。
 赤い血が地面に広がていく。
 
 僕は体を捻て、絵を見上げた。
 絵は穴だらけになた。
 いい絵だた。
 大好きな絵だた。
 だからこのままにはしておけなかた。

 もう体が動かない。
 だけどあの絵は、僕の心に深く残ている。      <了>
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない