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ドクター・ティースの冒険、再び!
投稿時刻 : 2026.06.02 21:33
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ドクター・ティースの冒険、再び!
浅黄幻影


(5)湖上/中原中也(『在りし日の歌』より)

 ポカリ月が出ましたら、舟を浮かべて出掛けましう。
 月夜の沼地には、誰が聞いたかそんな鼻歌が聞こえていくるという。ぼくも聞いた。確かに聞いた。
 その沼地というのは、街の外れから森の奥深くにまで続く大きなものだ。そしてその大きな沼地のどこかしら、一番入り組んでいる辺りに盗賊の根城があるらしい。
 奴らは数人ばかりの小さな集まりで、宝を貯め込んでいる。奴らは丈の高い草が鬱蒼と茂る沼地を知り尽くしているし、根城は岩や毒のしびれ草、ワニの巣が守ている。これまで何年も、盗賊たちは行商人の馬車なんかから巻き上げているが、ただの一度も捕まてやしない。またく、上手いことやている奴らだ。
 捕まていないものだから顔も見た人もいなくて、奴らは平気な顔をしてあちこちの街に出かけていく。月の明るい夜には酒を飲みに出かけに行く。舳先にランプをぶら下げた舟で、勝手知たる沼地を、ゆくり慎重に進んでいく。
――だから、ぼくは思うんだよ。奴らが陸に上がたところから逆にたどていけばいいんじないかて。宝をいただきに行こうじないか」
 学校の宿題を一緒にしていたバーバラとヴルフにぼくは言た。ヴルフは興味を持たようだけれど、バーバラは「え、本気で言ているの?」とぼくの話を疑た後、ぼくの本心を知て「無理無理!」と震える振りをした。
 一方で、ヴルフも「おもしろそうだ」とは思ているものの、出来ることなのかとは疑ている様子だた。
「でも、そんなの無理だよな。だいたい、テス、どういう経路を通ているかわからないんだろう? まして、月夜と言ても暗いなかであの沼地に舟を出すなんて……
「いや、ぼくはこの前、見たんだ! 月の明るい夜にちとキラキラ光るものが見えて、不思議に思て沼地に寄たら、奴らがいたんだ。女盗賊までいた。あの鼻歌まで歌ていたんだ、「ポカリ月が出ましたら、舟を浮かべて出掛けましう」て!」
 ぼくは盗賊たちが舟を留めて出ていく場所を確認していた。そして、そこにひとり残されて舟の番をしているやつがいるのも見ていた。
……つまり、テスはその番さえ何とかなれば、舟を乗て宝を奪て帰てこられると思ているわけだ。番のやつを何とか――つまり、ぶ倒すことができたとして、どうやて根城まで行ける?」
「そこでだよ、ぼくが見たキラキラしていたのは目印だたんだ。やつらの舟が沼地から出てくるとき、近くの岩が光ていた、ランプの明かりを受けてだ。だから、同じようにすれば道はわかるんだよ」
 ぼくの話を聞いたヴルフは次第に「ひとすると、ひとするかも」という気になたようだが、バーバラは「やぱり、無理」と言た。
「番をしている盗賊がいるのなら、無理でしう? こどもじあ勝てないし、大けがだたするよ」
 バーバラの言葉はもともだた。けれど、ぼくには勝算があた。ぼくはそれを話した。ヴルフは聞くなり「なるほど!」と言た。バーバラも「へえ!」と唸て、ここに来て気持ちが変わた様子だた。
「テス! いや、ドクター・テス! これならいけるね! 宝はいただきだ!」
「まあ……私もちと見に行こうかしら。あなたたちだけじ、心配だし」
 次の満月までには日があた。それまでにぼくとヴルフは必要なものを集めた。ナイフやロープは小屋のものを拝借した。宝を入れる大きくて丈夫なザクも手に入れた。バーバラは夜中に抜け出す策を考えていたが、こちらもなんとかなりそうだた。
「でも、持てないほど持て帰ろうとしちいけないよ。ミイラ取りがミイラになうからね」
 ぼくはぼくで、沼地の見回りやお父さんの仕事場の様子を見たりして、計画の段取りを進めた。
 秘密の水路の奥や盗賊の根城がどんな風になているか、ぼくらは想像を重ねた。奴らが生活をするのに必要なものはそろているはずだ。お金や宝石だけじなく、何か不思議なものも持ているかもしれないと期待に胸を膨らませた。魔法のランプだてあるかもしれない。
 さてついに満月の夜、盗賊たちが我が物顔で沼地から出てくるときが来た。思た通り、奴らは深い水草のなかを女が鼻歌を小さく歌いながら進めてきた。ずいぶんご機嫌な様子で、やがて陸に着いた。奴らは舟から降りてきたが、女盗賊は「今夜はあたいが番だなんて!」と、その場で番をするように決またことに嘆いた様子だた。
 やがて男たちはどこかへ向かていた。まずは女盗賊を何とかしなければならなかた。ぼくらは計画通りにことを進めた。
 ひとり残された女盗賊のほどほど近くをランプを持たぼくは小走りに、けれどすぐに捕まえられる程度の速さで進んだ。
 案の定、女はぼくを呼び止めた。手にしていた酒瓶に気付いたのだ。
「そこの坊や、ちとおいでよ」
 ぼくは足を止めた。女盗賊はおいでというわりには自分の方から舟を下り、すぐにぼくの前に立ちはだかた。思たより素早い動きで、よく見ると大柄だし、月夜に目がギラギラ光ていた。
「それ、あたいにくれないかい?」
「でも、これはお父さんに……
「ガキは黙てよこしいいんだよ!」
 そう言てぼくの手から力ずくで奪い取たけれど、女は何を思たのか銀貨を一枚出してぼくに渡した。
「これで代わりの酒を買て帰んな。お姉さん、ちとここで番をしてなきならないんだよ。だけど、このことは秘密だからな? さもないと、ひどい目に遭わすよ?」
「わ、わかたよ」
 ぼくは恐れをなした風をしてその場から逃げ出した。単に酒瓶を奪われるだけでなく銀貨までもらてしまたけれど、これでよかた。ぼくはそのままヴルフとバーバラが待つ少し離れた茂みのなかへ潜た。
(ドクター・テス、上手くいたね!)
(ああ、銀貨までもらたよ)
 しばらくして近づくと、舟からは寝息が聞こえてきた。麻酔が効いてきたのだ。
「さすがは歯医者の息子、ドクター・テスだ!」
 この後は女盗賊を縛てバーバラがその番をし、ぼくとヴルフが根城に乗り込む予定だた。
 けれど、バーバラは外に出てからまともな言葉をひとつとして発していなかた。特に女盗賊とぼくが会てからというもの、顔色が悪かた。
……こんなに怖いと知ていたら、私、来なかた!」
 後ずさりし、不意に振り返るとランプのひとつを持て暗いなかを急いで帰ていた。
「どうしよう、女を見張る役がいなくなたよ」
 ヴルフは女盗賊が目を覚まして騒ぐのを心配していたが、ぼくは「すぐに帰てくればいいさ、宝はちとだけにしよう」と自信を持て言た。
 ついに舟を沼のなかへ出した。
 盗賊の舟が出てきたところへ進んでいくと、やはり、あちこちの岩にキラと光るところがあた。
「本当だね、テス。あ、あちが正解の道だね」
 ふたりで櫂を漕ぎ、竿で突いてを繰り返していた。ぼくらはそれはもうワクワクしていて、漕ぐ力にも気合いが入ていた。
 いくつかの分かれ道を見ながら進んでいた。けれど、盗賊の根城と思われるところにはなかなか着かなかた。時計は持ていなかたけれど、かれこれ一時間は漕いでいるような気がした。
「ねえ、根城はどのあたりにあるの?」
 ヴルフが心配して言たけれど、「ぼくだて、そこは目で見たわけじないから」と応えた。
「じあ、このまま見つからないかもしれないてこと? 気付かないうちに通り過ぎて、別の道に入たとか? こんな夜中じ無理なんじ……
 ヴルフは急に怖じ気づいたようだが、ぼくは今さら引き返せないと説得した。
「ここまで来て手ぶらで帰るわけにはいかないよ。次のチンスはないんだから」
 女盗賊はそう簡単には目を覚まさないだろう。仲間も朝まで帰てはこないはずだ。けれど、何事においても予想外というものは起こるものだから……と、少し不安が過た。
 そのことはヴルフには話さなかたけれど、ヴルフも弱気になりかけていた。
「じあ、宝は少し持ち帰るだけにしようね? でないと、見つかたら殺されてしまうよ」
 そういうことになた。
 舟の上での討論も終わり、ぼくらはまた舟を進めた。また数十分が経た頃、どうも同じところを何周かしているような気がしてきた。それは本当だた。心配になたヴルフが傷をつけた岩に再び出会てしまたのだ。
「盗賊もバカじないてことだよ、テス、帰ろうよ……
「いや、さきはこの岩を右に行たんだ、次は左だ」
「バーバラみたいに、ぼくも帰ればよかたかも」
 ヴルフは漕ぐ手を止めてストライキをしようとした。けれど、「協力してこの場を乗り切らないと」「そんなことをしても盗賊に出会たら殺されるだけだぞ」と説得した。それで、舟は再び動き出した。けれど、ぼくらはだいぶ疲れてきていて、進み具合は最初の半分ほどになていた。
 疲れと焦りで気を揉めていたところ、やとのことで盗賊たちの根城へとたどり着いた。粗末ながら壁と屋根のあるボロ家だた。
 よろこびで大声を出したい気持ちを抑えて、ぼくらは舟を留めた。
 なかは真暗で、人気はなかた。ここに来て誰か番がいたらどうしようとは思ていたところだた。足下を確認しながら進んでいくと、がたついたテーブルや椅子があるなかに大きな木箱がいくつも積んであり、これはと思てふたを開けるとなかには金貨がザクザク詰まていた。
「テス! これだけあたら何だて出来るよ!」
 先ほどまでのへぴり腰はどこへ消えたか、ヴルフは金貨をザクに詰め込んで舟に運び込んだ。それだけでは十分でないと、そのあたりにあた袋にも入れられるだけ入れ、舟にいくつも詰めようとしていた。
「そんなには無理だぞ、すぐに帰るんだろ!」
 ぼくが言ても、ヴルフは「もう少しだけ!」と言て、二人分のザクの他に抱えきれないほどの金貨を舟に積んだ。
 夜はとくに深い時刻になていた。そろそろ陸地に早く戻りたいところだた。けれど、すかり櫂を漕ぐ手も重くなてしまた。疲れ切てしまたのだ。金貨を降ろす、つまり沼地の底へ放り出すかという話をしたけれど、ヴルフはすかり金の亡者だた。
「いやだ、絶対にいやだ!」
 しかし、陸までもう少しというところで舟は動かなくなた。力を込めても、うんともすんとも言わない。
「絶対にダメ!」と言うヴルフの制止を振り切て重い金貨を捨ててはみたものの、もう舟は動かなかた。もしかしたら、泥や水草が舟に絡んでしまたのかもしれなかた。
 動かない舟の上で、ぼくらはこの失敗について考えた。
 もう夜明けは近かた。おそらく、岸辺には盗賊たちが集まて何が起こたのかを知ているだろう。舟を用意されたら、こんな入り口からすぐの場所、すぐに発見されてしまうだろう。
「でもでも、バーバラが大人たちを呼んでくれたら!」
「そうだな、きとそうしているはずだ。なんとかなるさ」
「でも、そうしたらこの金貨は取られち……
「それどころじないよ、命がかかてるんだぞ?」
 そして実際、ぼくらはその日の昼くらいに大人たちに救出された。盗賊たちは捕まていた。そしてぼくらは大人たちからこぴどく怒られた。夜に出歩いて危険なことをして命も危なかたんだぞ、とそれはきつくかだ。同時に陰でよくやたと仲間たちから賞賛されもした。月夜の冒険は、そうして幕を下ろした。
 でも、これですべてが終わたわけではなかた。
 大人たちに救出される前に、ヴルフとぼくは持ていた金貨をすべて沼に沈めた。ヴルフが隠していたポケトの最後の一枚まで、すべてを捨てた。
 そして、
「盗賊の根城にはまたくいけなかたよ!」
 そう言て、根城のことも光る岩のこともすべてを秘密にした。盗賊の根城が本当だと知た大人たちは、最初は金に目を眩ませて舟を出したけれど、ついに根城を見つけることはできなかた。そのうちに、盗賊の宝のことはすかり忘れられてしまた。「そんなもの、あるわけないよ」とまで言う始末だた。
 けれど、木箱に山積みの金貨が沼地の奥に眠ているのをぼくらは知ている。ぼくらの冒険はまだまだ終わていない。
 もう少し、あとほんのちと大人になたらまた舟をこぎ出そう。そして、あの鼻歌を口ずさもうじないか!
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