(改題)Uの刺激 Punk enainara Cake kueyo
「さあ、ユー
コくん!」
店長マルヲの号令に、ユーコは気を引き締めた。
ゆーこと聞かないユーコ。その二つ名に恥じることなく、ユーコは天邪鬼で知られる販売スタッフだ。
機嫌を損ねるとポテトチップスの袋を逆さに並べ、観たいドラマがあれば夕方の六時に『蛍の光』を流してしまう。
が、いつもはそんな自由奔放ぶりに眉をしかめているマルヲも、その日だけは顔つきがちがっていた。
まるでブッチとサンダンスのように、二人は親しげだ。
仙台郊外の新興店、スーパー・マルヲの事務所内だった。
決して広くない室内には、のぼりや什器といったセールスプロモーション用のツールが並べられている。
「いよいよですね、店長。ついにこの日が来ましたね」
形のいい細い顎の前で、ぎゅっと右手の拳を握ると、ユーコは気合のこもった眼差しをマルヲにを向けた。
窓の外では隣接する公園の桜が艶やかに咲き 誇っていたが、異様な熱気に包まれた事務所内は真夏のようだ。
「ついに? ついにだって、ユーコくん」
「はい。プロジェクトPCT発動ですね。必ず地域の話題になると思いますよ、店長」
「いや、ついになどと言うのは、まだはやい。今日この日から、我々の伝説がはじまるのだよ、ユーコくん。当店の命運は、君にかかっているんだ。さあさあ、共に小売業の新たな境地を拓こうではないか」
景気づけの言葉に、合点です、とユーコは威勢よく応じたが、小売業の新たな境地にはさらさら興味がない。
あえて言えば、純粋に利害が一致したのだ。大手をふって悪さができる。生きていて、これほど痛快なことはない。
「店の未来をかけた、一大イベントですね。不肖、ユーコ、いかせていただきます!」
けけけ、と笑うとユーコは敬礼し、太陽よりもまぶしく目を輝かせた。
これだ、この目だ。
一種の畏怖を抱きながらも、マルヲはそう思う。
東北一の商業都市、仙台。その地での競争は激化をきわめ、教科書通りのサービスでは、生き残りつづけることは困難だ。
ともかく話題性がほしかった。そこで注目したものがある。店で悪さをしている時のユーコの無邪気な瞳。これほどの存在感を放つものは、東北では平泉の黄金堂くらいだろう。
ユーコとの出会いが、マルヲの商才を刺激したと言ってもいい。
客に媚びない。
このコンセプトは、新鮮かつ強いのではないか。
伸び悩む売り上げ報告との睨めっこがつづく中、マルヲは一つの決断を下すことにした。
まるでマリー・アントワネットのような、ユーコの行動パターン。それを経営方針の基盤にすえるのだ。
名づけて「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない」商法。
略して、PCT。
表向きは「パフォーマンスでチャンスを掴むぞ、東北」としているが、そのパフォーマンス第一弾がついにはじまる。
徹底して客をコケにした企画。
具体的には、エイプリルフールにかこつけたくじ引き大会だ。
架空の木星旅行を謳い、客に三万円以上の買い物をしてもらう。
商法違反を恐れぬ悪魔のアイディアである。
店の命運どころか、身を滅ぼしかねないイベントなのにも関わらず、魔性に囚われたかのようにマルヲは満足げだ。
「あ、そうだ。店長」
事務所を出ようとしたところで、ユーコは爽やかに振り向いた。
「今度は笹かまぼこを消しゴムで作って売ってみましょうよ。それと、買い物カゴがいっぱいの客はウザイんで、重量で追加課金することも検討してください。一見客離れが進みそうですけど 、全然そんなことないですから。レジの行列が解消されて、きっと人気店になりますよぉ~」
呆れるほど悪知恵が働く女だった。
客商売の意識など1ミリも持っていないにちがいない。
まさに殿様商売ならぬ、女王様商売。
もしくは、赤シャツ商売か。
事務所を出ると、水を得た魚の如く、ユーコはスキップでくじ引きブースへ向かった。
途中、客の目を盗み、カゴの中の黄桃の缶詰を白桃の缶詰とすり替える。
その様子を、マルヲは頼もしく見詰めた。
ユーコを自由にさせていれば、何かが起こる。
小売業の革命だ。
クレーム上等、どんとこーい。
その数分後。
マルヲはまた閃いた。
これをネタに小説を書いてみよう。
まずはセルフパブリッシングだ。
事務所にあるパソコンのブラウザを立ち上げ、早速アマゾンに繋いだ。
しめしめ、類似のストーリーはないようだ。
俺は金脈を手に入れた。
マルヲは怪しく双眸を光らせると、ふだんは使わないテキストエディタに「Uの刺激」と打ち込んだ。
参考文献
ヘリベ マルヲ著「Pの刺激」
http://www.amazon.co.jp/dp/B009XZQBTM