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漱右になるのは君だ! 第一回赤シャツ文学賞
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おさない君へ
 投稿時刻 : 2013.07.28 12:57
 字数 : 3333
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おさない君へ
小伏史央


   
 国語の授業には必ず雑談が組み込まれている。それはA先生の怠慢に他ならないけれど、不思議なことに授業で遅れを取ているという感覚はなかた。遅れるもなにも、国語とはなにを学ぶ授業なのか、ぼくはまだ知りもしない。
 黒板には「坊ん」というチクの文字。夏目漱石の小説のタイトルだ。てきとうに開かれた教科書にも同じ文字が書かれている。教科書の印字された文字はもちろん綺麗だけれど、黒板のチクは薄汚れた路地裏を見る気分だ。
 ある程度時間が経ち、おそらくキリの良いところまで板書を済ませた後、Aはどかと椅子に腰を下ろした。教卓で頬杖をつく。
「宇宙て不思議だよな。壮大だ。おまえたちは宇宙について考えたことあるか? まだおまえらには早いか」
 あーまた始また。早速となりの席の子が、顔を伏せておやすみモードに入た。ぼくはシペンで教科書をつついて模様を作た。細かい虫の大群のような模様だた。
「月と地球をな、宇宙エレベータでつなぐんだよ」
 なんの話だかは知らないけど、Aはしたり顔で胸糞悪い話を続けている。授業終了のチイムが鳴るまでこれが続くのだ。というか宇宙エレベーてなんだよ規模が大きすぎるだろ軌道エレベータだよ。
 この前は自然選択を思い切り無視したダイナミクな進化論を披露してくれた。どうせ難しそうな学術書でも読んで中途半端に理解した気になているのだろう。取り入れたばかりの知識を子どもみたいにひけらかして、得意気になている。『坊ん』に出てきた赤シツという人物が、釣た魚をロシアの文学者だとか言ていたシーンを思い出す。Aは赤シツのような教師だ。

 お昼ごはんの時間。二人のクラスメイトと机をくつけておかずをつまむ。食べながらいつの間にか会話はAの悪口になていた。Aてほんと子どもみたいだよね。体はオトナ、頭脳はコドモ! みたいな。あははなにそれー
「Aは衒学的なんだよ。宇宙エレベータとかにわか感丸出しにして! この前『失笑』のもともとの意味とかドヤ顔で言てたけどさ、辞書は作るのに時間がかかるんだよ辞書がすべてじないよ! 言葉も自然選択されるんだよ国語の先生は国語やとけよ中途半端に受け売りの科学垂れ流すなてんだよ! だよ!」
 うー……
 あはは。Fは物知りだねー
「まあね」
 こういうとき無駄に照れたり謙遜したりしないのがコツだ。コツ。ぼくは最後の一口をくちに運ぶ。でもぽろと落ちてスカートについた。

 次の日も国語はあた。しかも他の教師が出張に行くということで特別今日は国語の授業が二度あることになた。そのメジな教科の担当教師は厚遇を受けて教卓で頬杖をついている。となりの子はやぱりおやすみモード。板書は済んだのだからAが注意することはない。
 今日のAは知識をひけらかすのではなくて数学教師の悪口のような陰言のようなものを言ている。いわく数学教師はデスクが隣で、よく話しかけてくるみたいで、彼は太てていわゆるオタクみたいで、そいつの話に付き合てあげていたら仕事の能率が下がて仕方ないのだそうだ。他の教師からは学校紹介の映像を作るよう頼まれているしまた他の教師からは生徒の成績を表にまとめるのを代わりにやてくれといわれている。みんなやり方がわからないとすぐ押し付ける。ネトで方法を調べればいいだけのことだというのに。……みたいな話が延々延々。自分が仕事のできる忙しい人間だとぼくたち生徒に主張したくてたまらないようだ。
「やりたいことがたくさんあんのに、みんな押し付けてくるんだ。Aさーん、これやてー。Aさん」
 おそらく他の教師の真似をしただろう口調は、前の席の連中になぜかウケていた。ぼくは目を瞑てシペンのノクのところを自分の額に押し付けた。芯が少し出たようだた。
 赤シツだ赤シツだ……。芯が出るたびに繰り返される言葉が、暗闇のなかで跳ね返た。
「なんだF、眠いのか」
 板書は終わて今は雑談の時間なのにAはぼくに話しかけてきた。目を瞑ている生徒はぼくの他にもいくらかいるのになんなんだこいつは。
 ぼくは聞こえなかたふりをして両腕で枕をつくた。

 ――てぶけどう?
 ――うー……
 ――なんか自分物知りですーて感じあるくない?
 ――あー確かにあるよね。わざわざ難しい言葉使たり。
 ――そうそう。
 ――読んだばかりの本に影響受けてそう。
 ――というか、「ぼく」て、ねえ……
 ――おかしいよねー。たぶんアニメの影響だろうねー
 ――えーてオタクなの?
 ――たぶんね。

 この世の中赤シツばかりだ。みんな一丁前に体裁保てきもちわるい。ドア越しの二人の会話はスカートについた残飯のシミだた。ぼくはそのまま教室に入らずに保健室に行てそれで目を閉じた。軽く拳をつくて自分の額をこづく。こづく。
 そうだぼくは「坊ん」になて赤シツを思い切り痛めつけてやろう。「山嵐」はいないけれど。ぼくが赤シツをこらしめてやろう。知識をひけらかしてばかりで小心者で人の悪口を本人のいないところでしか言えないような本人の前では良い人ぶている優しい声を出している赤シツをぼくが痛めつけてやる。ぼくが。
 どうやて痛めつけよう。ぼくに腕節はない。殴るなんてことはきとぼくにはできないだろう。そうやてあれこれと考えているうちに、チイムが鳴て保険医の先生が授業行かなくていいの、と聞いて、ぼくが答えあぐねている間にぼくは教室に行かなくてはならなくなた。次は今日二度目の国語だ。

 あ、F。どこ行てたのー
「別にー
 二度目の国語の授業は、要するに余分な時間なわけだから、Aは端から授業をする気がなかたようだ。最初からチクを掴むことなく椅子に座て、いつものように教卓に頬杖をつく。今日は自習。Aの声を聞いて早速となりの席の子は机に突伏した。
 あはは。女のくせにだらしないなー
 となりのとなりの男子が、そう言う。おやすみモード状態の子のことを指して言ている。
「おいおい。それはジンダーだ」
 Aが、男子の発言にちかいをかけてきた。
「女じなくてもだらしないだろ。自習しろ自習」
 ジンダーだ、というときのあのしたり顔。ぼくはぎと目を閉じて開けた。ぱちぱちと白いもやが走る。虫唾が走た。なにがジンダーだ。むやみやたらに言いがかりつけやがて。この男子が「山嵐」になてくれるだろうかと少し期待したがどうやらAの指摘になんとも思ていないらしい。自習しろよ自習、とAの口真似をしながら突伏したままの彼女の頭をつついている。なんだこいつら。拳を握る。目を瞑て額をこづいた。もう一度こづく。味のない感触が跳んで落ち着く。
「おい、F。おまえ具合わるいのか?」
 今度はぼくにちかいをかけてくる。
「いいえ。ぼくは大丈夫です」
 大丈夫じないのはおまえのほうだ。皮肉を込めて言たつもりが、Aはきとんとした様子で、
「F、女が『ぼく』て言うものじないぞ」
 と言てきてぼくは頭に血が上て目の前が熱くなて沸点に達して蒸発して白くな
「ジンダーだ!」
 と叫んだ。
 この赤シツめが。

 ――あれは傑作だたよね。
 ――Aの顔見た?
 ――恥ずかしそうだたね。
 ――あ、F。帰るの?
「うん。ばいばい」
 ――ばいばい。
 ――ばいばーい。
 ドア越しに廊下に座る。
 ――Fがさ、ジンダーだ、の後になんか言てたじん。なんて言てたの?
 ――……ンダーなくてジンダーね。たぶん赤シて言てたんだと思うよ。
 ――赤シツ? なにそれ。
 ――いま習てるやつじん。『坊ん』の。
 ――うん?
 ――てやぱり影響すぐ受けちうんだね。Aを赤シツに喩えたんじない?
 ――なんつーかブンガクテキだね……
 ――純粋なんだよ。聞いた知識ひけらかして? おさない感じで可愛いと思うよ。

 廊下を歩いているあいだ誰ともすれ違わなかた。下を向くとぼくの脚がただぼくだけの脚が見えてしまう。
 下駄箱に手をかけて祈るように目を瞑た。そのままその手の甲に額をくつける。くつける。くつける。いちいち頭が重たかた。
 誰が赤シツなのだろう。
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