よくあるお題系創作大会ですよ
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人を呪わば皿二つ
わんた
投稿時刻 : 2013.07.17 23:04 最終更新 : 2013.07.18 22:55
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- 2013/07/18 22:55:39
- 2013/07/18 06:14:11
- 2013/07/17 23:04:22
人を呪わば皿二つ
わんた


【お題:丑三つ時にわら人形を釘で打ち付ける】




「こんちわー、志乃さん聞いてよ。んもアタシ、我慢できない!! あ、とりあえず餡蜜一丁!」

 『甘味処 さんぼん』へ駆け込むなり、章子は鼻息が荒い。高校からの帰り道に寄たのは、時刻と制服を見れば瞭然だ。軒先の木製ベンチにどかりと腰を下ろしてまだ肩をいからせているあたり、ポニーテールをほどけばサイヤ人もかくやという髪型にすら変貌しそうである。

「はいはい、今日はまた、どうしましたの?」

 奥へ注文を通し、あらあらという顔で出てきた志乃は去年高校を卒業した。この店の一人娘で、家を継ぐために修行中……というより、看板娘として”未来の跡継ぎ様”を待つ日々と見える。街から離れてぽつんと建つ年季の入た木造の店舗に似合い、古風な印象を与える上品な娘で、仕事中に纏う紺色の浴衣がより一層雰囲気を落ち着かせた。

「明美のやつですよ! 今日返てきたテストが一点アタシより多かただけなのにさ、『せかく手加減してあげたのに残念だたねーてこきやがるの! つもいつも、事ある毎に挑発してきやが……、今日という今日は堪忍袋の緒が切れた!」
「ま……、それだけ意識し合うのは、逆に仲の良い証じありません?」
「いーや、あいつはそんなんじないですよ。仲良い振りしていちいち近づいてくるけど、『今日の弁当は質素だねー、私はダイエトするほど体型に困てないけどねー?』とか、購買部で並んでる時なんか『もと前へ詰めれるでしう? 章子にはつかえる物、無いもんねー?』とか、いちいち癪に障ること言てくるんですよ!」
「子供の喧嘩じないですか。微笑ましいわね……若いて、いいわ
……志乃さん、アタシとひとつしか違わない

 綻ばせた口許を袖で隠し、そろそろ出来るから待ててね、と志乃は店の奥へ消えていく。ひとり取り残されたやんち娘は、酒気を追い出す酔払いのように大きく息を吐き、風に揺られる木々を見上げるのだた。

 高台にある高校から表へ出れば、バスも走ているし、コンビニもある。しかし、こちらの裏側へ曲がれば緑が多く、店からは立派な竹林も見える。日の短い季節には、夕暮れに染また高い樹木がカラスの鳴き声を反射していたものだ。暑い今は、百舌の高鳴きが涼しげに響いている。

「はい、餡蜜お待ちどうさま」
「来た来た!」

 店内には数人、大人の常連客が居る。しかし、そこで女子高生が話に花を咲かせるのは、花が恥じらわなかたとしても本人たちには居た堪れないのであろう。学校帰りの女子たちは、みんな、表のベンチに座てひと時を過ごしていくのが、代々のしきたりとなていた。

「うん、ひんやりしておいしいー!」
「ふふ、ゆくり食べててね」
「なんでこう、甘いものてやめられないんでしうね」
「章子ちんはスマートなんだから、いいじないですか」
「嫌味ですか……

 半透明の寒天が、見た目にも冷たそうである。そこに裸にされた蜜柑の粒や、サイコロ状の白桃。お肌を綺麗にしてくれそうなビタミンがいぱい含まれるのが女子に好まれるのだろうか、餡蜜は『さんぼん』の人気メニなのであた。

「今日は章子ちん、ストレス溜まてそうだたから……とサービスですよ」
「あ、やぱり? なんだかいつもよりボリムある気がしてた」
「持てくる時にね、ち…………あずきを多めに、ね?」
「うわー、ありがとう志乃さん大好き!」
「あらあら……

 喜び勇んだ章子の食べぷりは、デザートと呼ぶより、エサにすら見えてくる程だ。話を弾ませながらも、匙は目まぐるしく器と口を往復する。あれよ、あれよと言う間に山が低くなるのを、また志乃は微笑ましく眺めているのだた。




「それで……、どう? 明美ちんと仲良くできそうかしら」

 器がそろそろ空になるという頃になて、志乃は少し表情を穏やかにすると、本題という風に問い掛け、章子の様子を窺う。途端、今まで咲いていた花は萎れてしまい、どうやら振り出しに戻てしまたようだ。

……いいえ。無理ですよ、もう。あいつだけはどうにかしてやらないと、気が収まりませんて」
「ま…………
「しかも、最近やたらと佐藤くんに擦り寄て、色目使いやがるし――――
……佐藤くんて、栃男さんのことかしら。章子ちん、栃男さんのこと好きなの?」
「え、いや、違う、違いますて! あ、佐藤くんはその佐藤くんで合てるけど、別に好きてほどじ……
……ん」
「ま、それは置いといても許せないんですよ。だからて直接殴るわけにもいきませんし、その…………てやろうかなて」
「呪う? あの、わら人形とか、ああいうのですか?」
「そう、そういうのですよ。それならあいつに何かあても、アタシのせいにならないし」
「なんだか、ちと陰湿な感じね……章子ちんらしくないですわ?」
「だ――――
「それじ、ちと待ててね」
「え…………

 志乃は席を立ち、店の奥へ戻ていた。拍子抜けした章子の目がそれを追たが、陽の当たるベンチからは店内がよく見えない。

 途中、入り口のレジにお客さんが立ち、会計を済ませた先はもう、志乃が何をしに行たのかを窺い知るのは困難であろう。出て行く老夫婦が章子の横を通り過ぎ、静かにぽつり、ぽつりと言葉を交わすのが遠ざかる。そよ風に木々のざわめく音が逆に大きくなり、土の匂いが運ばれてきた頃になてようやく志乃が戻てきた。志乃はまた、別の物を運んできたようだ。

「はい、これは私のおごりです」
「あ……わらび餅、いいんですか?」
「ええ。まだ食べられるんでしう?」
「そり、もちろん……

 いただきまーすと改めて手を合わせ、今度はゆくり味わて食べ始める。
 半透明の団子が積み上がた山は上部だけ平らになていて、そこにきな粉が山を作る。遠くから見れば、富士山のミニチアと思うかもしれない。頂上もまた平らな部分があて、そこに穴がある。穴に流し込まれた黒蜜は、マグマのように下まで続いているのだ。

 黒文字の楊枝を上の団子に突き刺し、きな粉をまぶす。蜜を掘り起こすように上の山を崩すと、火口からマグマはこんこんと溢れだし、地表へ襲い掛かるのだ。
 そのまま楊枝を口へ運ぶと、堪らず章子が歓声をあげた。

「おいしいー!! 冷たいし、甘いし、でも甘たるくないし!」
「うふふ、ありがとう」

 楊枝の往復は徐々に速くなていた。甘味処としては冥利に尽きるであろう。
 動きの激しい章子とは対称的に、志乃の口は穏やかに開いた。

「ねえ、章子ちん」
「なんふふか?」
「呪いのわら人形てね――――自分も危ないんですよ?」
……どうして?」
「あれは、呪いが跳ね返てくることもあるの。他人に見つかてはいけないし、毎夜繰り返さなければならないし、それに、若い女の子がそんな時間に出歩くもんじないと思います」
「う……

 早くも山が無くなりそうになると、残りを惜しむようにペースが落ちる。
 口に運ぶと口角が上がり、飲み込むと『へ』の字に戻た。

 考え込むようにそれを何度か繰り返し、最後のひとつにきな粉と黒蜜をふんだんに絡めてから口へ放り込む。やはり、口が綻ぶ。ひとつ嘆息し、ようやく観念したようにしべりだした。

「わかた、わかりましたよ。もう……。なんか、甘いもの食べて満足しちたし、呪うのはもう、いいかなーて」
「そうそう、我慢できなくなたらまた食べにきてね?」
……い」


 釈然としないまま、舌とお腹は満足してしまたようで、章子はとぼとぼと帰て行く。

 綺麗に空になたふたつの器をお盆に載せると――――

「明美さんもうちのお得意さんだから、喧嘩されては困るのよね


 志乃は表情を変え、妖艶に口角を上げるのであた。

「それに――――栃男さんのこと、ハキリされても困るわ。和菓子屋老舗の次男坊ですもの♪」




【回答:餡蜜金時にわらび餅を付けて落ち着ける】
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