てきすとぽい
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第7回 てきすとぽい杯
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いいなずけたち
(
豆ヒヨコ
)
投稿時刻 : 2013.07.20 23:43
字数 : 1763
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いいなずけたち
豆ヒヨコ
「あの定規はないんじ
ゃ
ないかな」
ケントは大きく息をつき、そう進言した。
「定規? なに?」
ま
っ
たく見当がつかないという表情のまま、リエはブロ
ッ
ク塀から飛び降りる。
「楽典のとき。定規忘れて、ノー
トの裏表紙を切り取
っ
て代用したろ」
二人が通うピアノ教室では、演奏のレ
ッ
スン後、楽典を教わる時間が設けられている。音符や小説線をノー
トに書きとる機会が多く定規は必須なのだが、リエは今日も入れ忘れてきたらしい。
「ああー
! そうそう、そうなんだよ。ま
っ
すぐ作れていたと思わない? 直前に気づいてさ、と
っ
さに鋏で切
っ
てみたの。ナイスアイデ
ィ
ア
~
」
「鋏は持
っ
てきてるのに定規はない
っ
てどういうことなんだ」
「工作グ
ッ
ズは持
っ
てたけど、筆箱そのものを忘れたんだよね」
堂々と言い、リエはに
っ
こりした。鉛筆は? 消しゴムは? ケントはそう聞きかけて、彼女がポケ
ッ
トに多機能ボー
ルペンを忍ばせていることを思い出す。昨年の冬頃、急に探偵になりたいなどとほざき、何でもかんでもメモを取りまく
っ
ていた名残だ。備えあれば患いなし。濡れぬ先の傘。不手際にも全くめげないリエを、ケントは半ば尊敬するような気持ちで見つめた。
街は熱風と熱気で、存分に蒸されていた。ケントとリエは大きなスクランブル交差点を渡り、住宅地に向かうバス停へ歩く。
明日は選挙の日で、ち
ょ
っ
とした空きスペー
スにも候補者が立ち、流れる汗も気にせず声を張り上げていた。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 自由民主党に、清き一票を! はい、応援ありがとうございます!」
歩道の左側を街宣車が通り、ケントはと
っ
さに指を耳へつ
っ
こんだ。大きな音は幼いころから苦手だ。
「どうして煩くするんだろう。こんなこと、意味あると思う?」
自分のひ弱さにもうんざりしながら、ケントはリエに聞いた。
「もうさ、聞き流しち
ゃ
っ
て全然耳に入らないよね。だから、や
っ
てもやんなくても同じ
っ
て感じ」
あ
っ
けらかんとリエは言
っ
た。
「え!? そんなことあり得るの!? 俺、鼓膜がジンジンして最近は夜も寝つけないんだけど」
ケントは茫然とする。
「うー
ん、大丈夫よ。聞いてないもん、あたし。夜眠れないの? じ
ゃ
、うちに遊びに来ればいいのに。泊ま
っ
て
っ
てもいいよ」
ひまわりのような笑顔で、リエはケントの肩をたたいた。泊ま
っ
ていく? ケントは再び茫然とする。確かに彼女とは同じマンシ
ョ
ンの別部屋だが、そんなに簡単に招きあ
っ
たりしていいものなんだろうか。誰かに見られたらどうするのだろう。母親たちは動転しないだろうか。ただでさえ、クラスの奴らには冷やかされたり噂されたりで面倒なことにな
っ
ているのに。
何より、ケントはリエが好きで仕方がないのに。
住宅街でバスを降りて目の前に、幼いころから通い慣れた鯛焼きがある。
「や
っ
りー
、カスター
ドのが焼きたてじ
ゃ
ん」
リエは、これ以上の喜びはないとい
っ
た風情で店に駆け込んだ。ガラスのシ
ョ
ー
ケー
スに、焼きあが
っ
た鯛焼きが中身の種類ごとに並べられている。焼いたばかりのものには、『アツアツだよ!』のマー
クがつけられているのだ。
ケントはこしあんをひとつ買い、リエはカスター
ドといちごジ
ャ
ムを各ふたつずつ購入した。店の前に並べられた簡単なベンチで、それぞれ取り出して頬張る。
リエはちんまり小さくて、でもエネルギー
にあふれていて、驚くほど大らかだ。ケントのほうが15cmも背が高いのに、ず
っ
と世界を斜めに見、恐れながら暮らしている。生まれながらのものなのか、育
っ
た過程で身についてしま
っ
たものなのかは分からない。ただひとつ言えるのは、一生リエと居たいということだ
っ
た。そう思うだけで、力強く生きていけると思
っ
た。
「ねえ」
赤い舌をちろりと出しながら、ん?とリエは答えた。
「いつか結婚、するよな?」
これまで何度も確認したせりふを繰り返す。何回も聞く、ということ自体が悲しいということを、11歳ながらケントはもう熟知している。
「ああ」
リエはまた、軽やかに笑
っ
た。
「もう、心配しないで。する
っ
て言
っ
てるじ
ゃ
ん。しないときでも、ず
っ
と友達だ
っ
て約束したじ
ゃ
ん」
遠くで街宣車の響きが聞こえた。ありがとうございます。ありがとうございます。一票を、清き一票を。
そ
っ
かと微笑み、ケントは鯛焼きを指でちぎる。三口目のこしあんは、皮がふやけてぼんやりした味だ
っ
た。
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