ヨダレと投票券
最近の表の世界ではとかく街頭をがなり散らして回る白い生き物が目立
っていた。
一度あいつをぶっ殺して、あれに食われたニンゲンども助けてやろうかとも思ったが、ニンゲンの目に晒されるのはどうも気がとがめる。俺はニンゲンの平和が好きだ。やいのやいのと騒がれるのも厄介だ。
しかし、最近はとくにひどいのだ。へんてこな四本足どもはどこの道も我が物顔で往来するが、特にあの白くて背の高い奴は例外に目立つ。なんでもここら一帯のニンゲンの言葉で、
『○○党に清き一票をお願いいたします!』
――などとニンゲンを咥えて叫ばせているが、俺から見れば噴飯物というやつだ。どうやってあの白くてうるさくて、へんてこな四本足の奴がニンゲンの政治に携えるというのだろうか。
おっと、甘く見てもらっちゃ困るが俺は何百というニンゲンどもがコッカイギジドーと呼ばれる巨大なバケモノに食われるのを知っている。だがあの四本足どもがコッカイギジドーの餌食になったなんて話は一度も聞いたことがない。さらに言えば、へんてこな四本足の中でもあの白いのはいけない。なんと言っても白くて背が高くて目立つし、他の四本足と違って四つ角で止まってがなりたてる。それが類のないほどにうるさい。コッカイギジドーだってあのうるささには食欲をなくすに疑いない。それに味だってニンゲンの方がいくらかましだろう。
しかし、ニンゲンどもはどうしていつまでも、あんな四本足どもを我が物顔でのさばらせているのだろう。俺などは、ニンゲンどもに温厚を通り越して危機感まで感じる。四本足の犠牲者はほんのちょっとらしいが仲間を食われながらのうのうと素通りできる神経が俺にはさっぱりと理解できない。もし俺の兄弟たちがあの白いのに食われたなら俺は絶対に許しはしない筈だ。あのへんてこな体を八つ裂きにして、黒いへんてこな四本足を引きちぎって、ニンゲンたちの往来にさらしてくれる。そう考えると少し気分がよい。さて集合の時間だ。
あの魯鈍な四本足どもは細い路地までは入れない。その細い路地を俺は走ってゆく。
「おう、ヒゲにょ」
呼び止められて顧みたら四丁目のシロだった。兄弟たちの中では随分な古参で俺も謙らねばならない、わかりやすくいえばちょっとえらい存在だ。
「シロのオジキ、集まりの具合はどうでふかいや」
そう聞くとシロは長い髭をもにょもにょとさせ
「そりゃあ言ふに及ばずだへ、ヒゲにょ」
「ちげえねえ」
俺は耳の下を足で掻いた。裏の世界はニンゲンの世界とはちと違う。コッカイギジドーなどというバケモノに支配されたりはしない辺りがやはり素晴らしい、俺は兄弟たちが誇らしかった。
「シロのオジキ、『投票券』が零れ落ちそうだぜ」
めざとく俺がそう言ってやるとシロは口をあぐあぐとさせて投票券の噛みごたえを確認した。途端に白の口から涎があふれる。
「すまねえにゃヒゲの」
「これを落としちゃ話にならねえですけね」
シロにそう言いつつ俺は口の中に入ったツバでベトベトになった投票券を確認した。噛みごたえを確かめているうちにやっぱり涎が溢れてとまらねえ。
「おい、それを食うんじゃねえぞヒゲの。ケンリのホウキだからな」
おっと、と俺は涎をぐびりと飲み込む。これこそが俺たちの清き一票ってやつだ。俺は口の中のカリカリを甘噛して路地の隅を走りだした。